「死体漁りの勇者」
森の中で、冒険者の死体を
この世界では、死体の纏っていた防具や装備品を売って飯を食べる奴がいる。
元の世界のゲームや漫画に詳しかったわけではないが、剣と魔法の世界で、死体漁りを生業としている元勇者なんてのは俺だけなんじゃないだろうか。
そんな思考が頭をよぎる。
小さい頃、親戚の家でよく遊んだマリオでは、敵に当たってしまったり、穴に落ちてミスをすると、間抜けな効果音と共に残機が一つ減って、最初からやり直しになった。
Xしかやったことがないドラクエだってザオリクを唱えるか、教会に戻れば全滅しても生き返ることができた。
だがやはり、冒険者の死体からは乾いた吐瀉物のような匂いがする。
俺が知るファンタジーの中では、過激な描写を防ぐ為に実際に人が死ぬシーンは描かれなかったし、死んだとしてもその死体がその後どう腐っていくかなんて、まだ純粋無垢だった頃は考えなかった。
自分が死体を回収して生きていくなんて、その頃の俺は思いつきもしなかっただろう。
滑稽な話だ。
「これで、終わりか」
鼻腔を刺激する腐乱臭に、そこらを漂っていた意識が目線に移り、樹の根に横たわる死体に合わさった。
いつも通り、見慣れた光景だ。
ギルドから捜索依頼の出された冒険者達を探し出し、装備品を回収する。
その際、死体が身につけた防具の剥がした方にはちょっとコツがある。
例えば前腕や脛に付けられた防具は一番始めに取り剥がす。
そうすると胸や胴体の装備を外す時に突っかからない。
だが人間の身体は死後何日か経つと腐敗ガスが発生し、身体中が膨張してしまう。
そうなった時の対処法は二つある。
断頭か、ナマス切りか。
首を一刀両断にしても装備品の取り外しは可能だが、それだと効率が悪くなる。なのでそうした場合は膨れ上がった全身の静脈を切り刻み、ガス抜きを行う。
余談だが、この腐敗ガスは引火性であるため、ガスの量にもよるが作業中は火気厳禁を徹底しなければならない。
底が破れそうなほどに重くなった麻袋を背中に担ぐと、荒く結われた麻縄がぎちりと肌にくい込んだ。
今日集めた装備品は全て合金で出来ていたが、流石に五人分ともなると中々の重量になった。
「こんな重労働で報酬が見合わないブラックな仕事、日本にだってなかったぞ」
誰にも聞かれることのない愚痴を零し、樹海の匂いと死臭が混ざり、煮詰まった下水道のような香りを纏ってシャルデの街へと足を向けた。
「ちっ。くせぇな、また
死体漁りを終えて街へ戻ると、すれ違いざまに街の門兵から舌打ちを頂戴した。
獣人の受付嬢から聞いた話だと、こびりつくような死臭は、一度身体に染み付くと中々落ちないらしい。
今日のギルドの受付担当者は誰だろうか。
できれば冒険者下りのあの獣人にお願いしたい。
どうも最近、また俺のよからぬ噂が流れたようで、先程の門兵ように露骨な態度を取られることが多くなった。
酷い時にはギルドの従業員や冒険者達からまで冷めた目で見てくるようになり、こないだは獣人の受付嬢以外の従業員がこぞって俺を依頼受注を無視してくるという横暴もあった。
街の連中の評価は別にどうでもいいが、ギルド連中には良い印象を与えておかなくては仕事に支障が出てしまう。
「だが、俺の評価が低いのはすこぶる当然だよな」
三番街の裏店で、銀貨数枚の袋を受け取りながら思う。
別に彼等の評価は間違ってなどいない。
捜索依頼といっても、遺留品の所有権はもちろんその親族にある。
死んだ冒険者に身寄りなどがいなかった場合などに限り、遺留品が譲渡されることはあるが、それは稀である。
基本的には遺体が装備していた物は自分の物にはならないし、ましてや売り払うなどはもってのほかだ。
だがそれは建前である。
ギルドの長の交わした契約。
それはギルド所属の冒険者の防具を街の裏店、ひいては元締めのマフィア達に売る代わりに、マフィア側の情報を定期的に流し続けること。
その契約がある限り、誰かが剥ぎ取る現場でも見ない限り、ギルド側も表立って俺を糾弾することはできない。
だが冒険者の彼等にとって俺は死体にたかる蝿であり、街に点在するマフィアと大して変わりはない。
そんな俺が冒険者名簿から除籍されていないだけでも御の字といったところだろう。
そう、例え俺が冒険者でなくなったとしても、この死体漁りは続けなければならない。
それが街のマフィア側との契約内容であるし、何より有栖のためだ。
「多重債務ってのは、こういう事態のことなのかもな。公民の授業、ちゃんと受けてりゃ良かった」
三番街の三叉路を左に進み、二番街にある双眸亭へと帰ってきた。
「ただいま、有栖」
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