第4話「三面鳥」
少しばかり視界が開けると、大木が周囲に点々と立ち並び、その一角に前のパーティの野営の残骸が残されていた。
広場に足を踏み入れると、獣臭と腐卵臭が一気に強くなった。
短剣を抜き、逆手に構え警戒を強める。
生暖かい空気が一帯に立ち込むような気がしたが視界に入る景色は変わらず、木々のざわめきだけが駆け抜けていく。
「もう既に縄張りの中、か」
頭上に、複数の羽音。
「しっ」
振り返り様に孤を描いた短剣は空を斬る。
羽音の主は全部で三羽、顔の数で表せば六つで眼球ならば十二個だった。
空を切り裂く羽音がした。
身を木の影に隠していた個体が脚の鉤爪で横薙ぎの一閃を振るう。
ゆうに3mは超える巨体からの攻撃は受け止めることはせずに左の手甲を使い後ろへ流す。
前傾姿勢となった胴に、順手に舞わした短剣を刺突するが空中に退避された。
自分の不意の攻撃がいなされた後でも、次の退避行動までが素早い。
厄介だ。そう直感した。
「勘弁してくれ、どうせ報酬も出ないんだ」
地上に下りた三面鳥達は先の個体を先頭に、扇形に陣取り、こちらの出方を
先頭がにじり寄る、それに合わせてこちらも後退する。
脚に何かがぶつかり、視線の隅でそれを捉えれば、折れた木の枝で吊るされた飯盒と焚き火の残骸であった。
とすれば数m後ろにはもう樹海が広がっている。
(…鳥類とまともに樹海でやり合う程、 馬鹿ではな
い。 ここでやるしかない)
腰の短剣を左手で抜き、前傾姿勢をとり臨戦態勢を整える。
が、左手の柄を握る感触に違和感を憶えた。どうやら先程の攻撃で巻いた鉤爪に腕を擦られたようで、掌に血が滴っている。
前方にも、違和感。
見れば、先頭が前に出たことによる、左右陣との遠近感が変わっていない。
後ろの二羽が包囲するように動いていた事に気づかなかったことに歯噛みし、つい舌打ちが漏れた。
「取り乱すな、その暇があるなら敵を見ろ」
浅い呼吸を繰り返し、ざわついた心を落ち着かせる。
先頭の三面鳥が痺れを切らし、ゆっくりと、こちらに感づかれぬように、前足を後ろに下ろし、攻撃の予備動作へ移っていくのが見えた。
(行くか)
左手に持った短剣を、宙に置くように前方に投げる。
空いた左腕を振るい、掌の血液を四散させる。
と同時に、飯盒を吊った枝に右脚を踏み込んだ。
「ふんっ!」
梃子の原理で宙に浮かんだ飯盒を蹴りぬき、陣形の後方へ飛ばす。
三面鳥の意識が一瞬だけ、宙に浮いた短剣と飯盒に移った。
だが十分だ。
粉塵が舞う。
地面を蹴りこみ、前方の三面鳥に一瞬で距離を詰め、その勢いで胴に刺突を浴びせる。
急所を何度も突き刺し、深く刺した短剣を上に流せば臓腑の感触が刃を通して伝わってきた。
痛みに怯んだその隙を見逃さずに、右手には腰から最後の短剣を抜き、左手には浮いた短剣を捉え、二対の眼球を挟み込むようにこめかみからくり抜いた。
怪鳥の奇声が、鼓膜をつんざいた。
動脈から吹き出す青色の鮮血が、雨のように降る。
「ふぅー」
呼吸を整え、即座に両対の目から短剣を抜き、向かってくる後方の二体へ意識を向ける。
突進してくる二羽の速度は特段速いわけでもない。
だが真に警戒すべきは、その視野の広さであった。
二対の頭と眼球を持ちながらも、三面鳥の脳はその伸びた首元に存在する。
他の生物の二倍の視野角を持ちながらも、その情報過多によって肉体が混乱することもない。
そして極めつけは、群れによる集団狩猟。
高い索敵能力を持ちながらも、単独での狩りよりも集団で行うほうが効率が良いことを彼らは知っている。
こちらがいくら裏をとろうとしても、二匹は互いの死角を埋めるようにして、こちらを常に警戒している。
(とんだ手違いだ。ここまでの知能と図体のデカさ、間違いない、
本来ならば初心者でも楽に達成できる依頼で、あのパーティが無惨に壊滅したわけだ。
なぜ初心者用の依頼で
(逃げるが最善。だが逃げるにしても、どうせ樹海
を抜けなければならない。
その時、自分達の土俵でただ逃げるだけの獲物を
奴らが見逃すか?
否だ。
ならばやはり奴らの土俵で奴らを殺すしかない。)
算段は整った。
もう一度、刺突すると見せかけ三面鳥が距離をとった隙に、体を百八十度ひっくり返す。
樹海へ向かって、ひたすらに走った。
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