第3話 「シャルデの森」

この世は善意だけでは回していけないし、善意ととれるような行動も、どこかに打算的な側面は必ずある。

そうやって疑うのが、死が間近に存在するこの世界で、長生きするコツだ。


もちろん自分も例外ではない。

エバンの姉の捜索を引き受けたのはキャロルからの印象をよくするためという理由もあるが、死んだパーティが受けていた依頼がおいしいものだったからだ。


三面鳥は、森や樹海の奥に生息する1m程の一対の顔を持った怪鳥で獲物を捉えた場合手頃な樹の枝などに突き刺し保存する。

だが、魔力が通っている物質や獲物の肉を嫌い、春先の繁殖期となるとコボルトやゴブリンなどの夜行性の魔物と縄張りを共有し卵を守るといった特徴もある。


この時期になると繁殖期の魔物達による被害が増加し、同時期に増える新米の冒険者達が自身の力量を測るにはうってつけの依頼とされている。


そして、重要なのは、三面鳥は魔力の籠った防具を嫌う、ということだ。


すなわち傷の少ない防具が残されている可能性が大きい。



ギルドの倉庫に置かれた共用の短剣を三口と大口の麻袋、火鼠の毛皮でできたアイテムポーチ、そして一瓶しかない自前のポーションを装備し、街に向かって南に位置するシャルデの樹海へと足を向けた。


道中、何組かの冒険者パーティとすれ違った。


「…ねぇ、本当に私が報告するの…?」

耳の長い女が先頭を歩く男に聞く。

「そりゃあそうだろ。今日はリー達が駆けつけてくれなきゃ俺らは今頃ゴブリンの巣の中で死んでたさ。」

「それは、そうだけど」

「わはっ、リーは優しいな。別に俺らの報酬なんて気にしなくていーって」

「じゃあ、お言葉に甘えて…」

「おう、その意気だ。堂々としてろよぉ?」

「ねぇ、ガルダ。あんた臭いわよ?リーちゃんを口説くのもいいけどまずは風呂に入ってくれないかしら」

「後ろでゴブリンにビビってた奴がよく言うよ…」

「ちょ、ラウル!」



聞こえてくる会話はどれも一仕事を終え、戦友の無事を喜び、達成感を分かち合う和ましい雰囲気であった。


そこに種族間の確執はない。

初陣の街と呼ばれる帝国領シャルデ、基本的な信仰の自由を認め、人民革命を経験した帝国領では異種族同士で組まれたパーティを見かけることはそう珍しくない。


かつては自分達もそうだったように。



樹海に入れば、そこにはどこか鬱屈としていて不気味な雰囲気が漂い、吐く息は周囲に溶け込まずに霧散する。

消臭のため、首元や耳の後ろなど、肌が直に露出している部位をシャルケ草を揉みこんでおく。


パーティ編成をしていれば、斥候による接敵回避、魔術師による魔力探知など様々な索敵方法があるが、ソロとなるとよほど早急に片付く格下の敵でなければ接敵することすら危うい。

魔物や魔獣とて只の動物ではない。長引く戦闘の結果、周りを囲まれる恐怖は身を持って認識している。


しばらく舗装路に沿って行くと、それまでは澄んでいた空気から酷く爛れた腐卵臭が漂ってくる。

周囲に人気がないことを確認して、道を横に外す。悪臭の元を辿れば、おびただしい数の靑卵蝿せいらんばえが漂っている。


「意外と浅いな…」


青い卵を植え付けられた一回り大きい樹木の後ろに回り込むと、異臭が背筋を這いずり視界が赤茶けた。

遺体は腐敗の進行具合から死後約一週間といったところろで、魔物の血で青黒く変色した短刀を手に持ち、木の幹に持たれかかりながら事切れていた。

鳥類の魔物に食い荒らされたのか、小さな嘴型に切り取られた部位が散見される。防具の種類と防具に埋め込まれた識別プレートから女性の冒険者ということだけが判別できる。


リストを見ればこのパーティの後衛、祈祷士リスティーニャ・ローテルと防具の特徴が一致した。

銅のプレートを胸プレートから外し、アイテムポーチにしまうと中から布切れと薬丸やくがんを取り出す。


薬丸を飲み込み、口と鼻を布で覆う。相変わらず蒸した雑巾のような味だ。

ぐずついた上半身から防具を取り外し、そのまま再利用できる物と一度窯炉で製錬し直す物に仕分けていく。


手につく腐肉の感触と時折視界に入る靑卵蝿が、ただただ不快だった。


作業を続けていると、からりとした感触が指に触れる。防具の懐から取り出してみれば、それは金属製で星と三日月の紋様が施された小さなペンダントであった。


ぱかりと半分に割れたペンダントの中には埋め込まれた写真が二枚入っていた。

一つは持ち主が子供の時に撮られた思われる家族写真。

そしてもう一つは、まだ小さい弟を抱きあげる、利発そうな女性が写っている。

だがその写真に映る彼女の優美さは、目の前の死体からは消え失せていた。


「約束どおり、これは届けさせてもらう」


返事のない死体にそう言い放ち、ペンダントを握り、取り外した防具を用意した麻袋に詰め込んだ。


次の遺体を見つけに行こうとした所で、不意に手にしたペンダントに目がいった。

肌身離さずに持っていたのだろうか。

首輪の部分の装飾は剥がれかけており、写真を嵌めたガラスには、何度も指でなぞった跡が残っている。


「家族、か....」


二つに開いたペンダントを、ぱきりと半分に割る。

一つはそのままポケットしまい、もう一つを死体の元あった場所に戻した。


「じゃあな」


気を取り直して、残る遺体は二体のことを考える。慣れたとはいえ、人一人分の回収に費やす時間は短くはない。

日が暮れれば夜行性の魔物が活動を始める、それまでには樹海をでなければならない。気づけば地面に伸びる影の長さは短く、樹海からでもその姿が拝める程には日が昇っている。

麻袋の容量と日の高さに一抹の不安を覚え、足早に探索を続けた。


二体目は存外すぐに見つかったが、その回収時間はさらに倍を要した。

というのもローブに身を包まれた遺体は樹の枝に、深々とその身を埋めており、識別プレートを回収するだけでも骨が折れた。

リスト上の回復魔術士、ミリーナ・エルリッヒの文字に斜線を引く。


何も珍しい話ではない。

夢を抱き意欲に溢れた若者が、その心半ば、とすら言えない場所で石に躓きその物語に幕を閉じる。

どの世界にもありふれた、後味の悪い冒険譚だ。

生きている間にどれだけ幸せな物語を夢想しても、死んでしまえば後に残るのは後悔すら宿さない肉の塊とそれに群がる死体漁りが一匹。


「本当にハイエナとはよく言ったものだ」


こびりつく憐憫と自嘲を追い払い、五感に集中しながら長草が鬱蒼と生え、およそ道であったとは思えない舗装路を慎重に足を運んだ。


だが最後の遺体は、日が頂上に昇ろうと、その血痕すら確認することは出来なかった。



三体目が中々見つからないことに苛立ち頭を掻きむしり、見落としがなかったかどうか思考を巡らせる。


嘴型にくり抜かれた遺体。三面鳥とゴブリン。早贄と成った魔術士。短刀と神杖。見つからない三体目。


そしてこれらに対して先程から微かに感じる違和感。


そして、その違和感はいつの間にか憶測へと移り代わっていった。

確たる証拠はない。

だが推測や憶測とは厄介なもので、その推測に至るまでの筋道さえ自分の中で構築できてしまえば、どれだけその推測がずさんで、その結果に確証がなくても、自分さえその矛盾に気が付かなければ、それは只の真実に成りさがる。


自分の憶測が間違っていることを願いながらも、どこかその成否を確かめたくない自分がいる。


その矛盾を捜索依頼はパーティ全員のプレートがないと満了しないという、俺の為に作られたようなギルド規定のせいにして奥へと進んだ。

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