第2話「生業」


冒険者ギルド。

この世界において、依頼者から直接仕事を貰わない冒険者とは、切っても切り離せない組織で、各国各所に配置された商会ギルドによる依頼の斡旋や冒険者の育成、果てには連合国家の提携組織としての役割など、その影響力は多岐にわたる。


だが、こいうった街の冒険者ギルドはほぼ似たり寄ったりな物である。

木組みの平屋、掲示板の前で頭を抱えるパーティ、受付嬢への報告がセクハラじみた中年男性。

その雑踏の中を素通りし、手空きの受付に向かう。


「おはようございます!今日はどのような御用ですか?」


張り付いたような愛想笑いを浮かべ、小麦色の獣耳を揺らす受付嬢。

これでも規範通りの手続きをしくれるのは彼女くらいだ。

心象はなるべくよくしておきたい。

反射的にこちらも愛想笑いを浮かべながら、受付台に羊皮紙を置く。


「捜索依頼だ」


受付嬢の柔和な笑顔に一瞬陰りがさす。

彼女はそれを誤魔化すように、慣れた手付きで台の下から手続き書類と羽ペンをこちらに差し出した。


「…はん、"パーティ殺し"は今日も大忙しかい?」


隣の受付から嬢にあしらわれ、手持ち無沙汰となった小太りの中年が薄ら笑いを浮かべながら立ち去って行った。

気に留めることすら癪に触るような奴に構う暇は無い。


宿屋の主人に渡されたリストに載っているパーティは全部で三組。

いずれも冒険者ギルドで最後に依頼を受注してから二週間以上、依頼の成否の報告すら行なわれていないパーティである。

リストの上から三つ目に目印をつける。


こいつらが最後に受けた依頼は、三面鳥とゴブリンの討伐。

編成は祈祷士、回復魔術士、盗賊の三人で識別階級は全てブロンズ


特段、高価な物を所持をしている奴はいなかったが、三面鳥の依頼を受けていたとなれば話は別だ。


「森の方から回る。もちろん、遺体が付けていた物の所有権はその親族にある。識別プレートの回収が俺の仕事。捜索に掛かった出費は全て自費。

これでいいな?」

「…はい、確かに誓約書を受け賜りました。

どうぞお気をつけて」


明らかに無愛想となった受付嬢に用紙を渡したところで、毎度お約束のそいつは現れた。


「ねぇ、まだそんな依頼せこせこと続けるつもり?」


後ろからの苦言に振り返ると、透き通る紅をなびかせた少女が、不機嫌そうに仁王立ちで行く手を阻んだ。


「お前か…」

「何よその顔、文句でもある?」

「いや、特にはない。いい天気だ、お互いに今日も頑張っていこうじゃないか。それじゃ」

「ちょっと」


どうにもめんどくさい予感しかしなかったので、早めに会話を終わらせようとしたが、少女はどうも逃がしてくれそうにない。


「キャロル、もうよそう」


その仲間と思しき青年が嗜めるように駆け寄るが、赤毛の少女、ギルド名誉会長の娘、キャロル・ロゼリアは相変わらず薄っぺらい虚栄と胸板を精一杯、張ってこちらを睨んでいる。


「ねえ、きいてる?いい加減一匹狼気取るのやめたらって言ってんのよ」


気づけばギルド内の冷ややかな注目がこちらに集まっている。


「…お嬢がまた"パーティ殺し"をご指名だとよ」

「はん、てめぇの力量じゃ魔物一匹すら狩れねぇ奴が、権威にはハイエナみてぇに群がって腹見せてやがる。気に食わねぇ」


口の端をだらしなく汚し、昼間からエールを煽る二人組。大方、依頼とナンパに失敗した愚痴溢しだ。


「けれど噂によりゃあ、奴は夜の相手は一流らしい。何しろ犬だからな、舐めるのはお得意ってわけだ」


下衆共の下卑た笑いは嫌にギルド内に響く。

そろそろこういった手合いとも一度白黒をつけなければ今後の仕事に支障が出かねない。

何より、今は目の前の怒り狂った闘牛がどこに噛みつくか分かったものではない。


「いい、俺なら慣れてる」

「っそういう問題じゃないでしょ!」

「悔しいが、奴らの言い分も一理ある。

俺自身、今の俺じゃあお前と釣り合いそうにないと思ってる。ありがたい話だがまた今度にしてくれ」


息を吸うように嘘をついた。

ただ経験上こう言った方がこいつはすぐに引き下がる。


一度キャロルのパーティから追放された俺を、リーダーの彼女が再度誘うようになってから約半年。

それからというもの、周りからの風当たりが余計に強くなっている。

それも至極当然の話で、客観的に見れば俺は毎度毎度、一番難易度の低い捜索依頼を請け負っている、いわば負け組の冒険者という認識が強い。

それなのにギルド長の娘からのパーティ勧誘を何度も断っていれば、何か裏があると思うのが普通だ。


個人的な好意を少なからず持ってくれるのは有難いが、それを仕事にまで持ってこられてしまうと、正直言って困る。

だが強情で頑固な性格は父親譲りのようで、もはやテンプレとかしたやり取りを何回も繰り返している。


「なによ、今日はまだ何も言ってないじゃない…」


だだを捏ねるような態度をとるキャロル。こうなるとこいつはガキみたいな顔をして拗ね始め、面倒くさいことこの上ない。


「あの件のことなら、もう水に流してあげてもいいのに…」


ギルドの出口へ向かうと、誰にも聞こえないような小声で、キャロルが呟いた。


「分かったわよ、でもそれならこっちにも考えがあるわ」

「いい加減にしてくれ、俺も暇じゃないんだ」


流石にしつこいキャロルを振り払おうと、振り返る。

少し乱暴かもしれないが、こうでもしないとこいつは引き下がりそうにない。


腕に少し、力を込める。


「この子のお姉さんを、捜してあげて」


腰あたりで振り払った手は、ひょこりと顔を出した思わぬ障害物によって、遮られた。


「何だ、このガキは」


男の子だった。

まだ10にも見えない幼い顔立ちは、不安をその顔に映している。


「うちの施設の子よ。...ちょっと複雑な家庭の子でね、うちで保護してるの。3週間前までは冒険者のお姉さんが定期的に様子を見にきてたんだけど、最近は連絡すらないのよ」


聞きたいとはガキの身の上話ではなく、なぜ子供をギルドに連れて来ているのかという所だったが。

まぁいいだろう。


「そうか、それで?」

「それでって、あんたね」


明らかに不満そうな顔を作り、キャロルの声音が少し上がる。

その変化を敏感に受けとったのか、キャロルの裾を握りしめた子供が不安そうに彼女を見上げる。

キャロルは「大丈夫よ」と、あやすように男の子に微笑みかけると、真面目な顔に戻った。


「私だって、言いたくはないけど、その可能性が低いってことは分かってるわよ。でも...」


周りに聞こえないようキャロルが耳うちする。


「なら、無駄に希望も持たせるようなことはするな。後々事実を知ることになるのは、そのガキだぞ」

「それも分かってる、わよ」


苦虫を噛み潰したような顔で、キャロルは眉をよせた。


「そこまで分かってるなら、俺に何を望む。死体を傷つけるなって言うなら、それは約束できない。俺も仕事だ、回収出来るものは回収させてもらう」



その後も淡々と事実を述べていくと、キャロルの威勢は明らかに衰えていった。

お人好しのこいつのことだ。最後に姉と顔を合わせてからちゃんと葬儀をさせてやりたい、要望はそんな所だろう。

このガキには少し同情するが、だがやはり一人分の回収分を手放すだけのメリットが俺にはない。

ただでさえマフィアから回収物を増やせと命じられているのに、ここで情に流されて、一人分回収し損ねたと知られれば、俺の信用に関わる。

構成員としての立場を考えるなら、この話は聞かなかったことにしてこの場を立ち去る。

それが正解だ。


どう考えても板挟みなこの状況にため息が漏れる。


「だが、ギルドからの信用も取らなきゃいけないってのが、ままならない所だよな」


誰にも聞こえないように呟いて、キャロルの横で怯えるガキの視線まで、腰を落とす。


「お前、名前は」

「...エバン、ローテル」

「よし、エバン。お前の姉貴が実は腹違いで苗字が違う、なんてことはないな?」


こくりと頷くエバン。

警戒心たっぷりなのかエバンはキャロルのスカートの後ろに隠れたまま、こちらを睨んでいる。

まぁ名前が分かれば後はどっちでも構わない。


「キャロル、あまり期待はするな。俺にも立場がある、せいぜい形見の一つが精一杯だ。それでもいいなら依頼として受注しよう」


それまで俯いていたキャロルが、ふわりと髪を揺らして喜んだ。


「ほんとにやってくれるの?ホントのほんと?」

「別に形見の一つくらいなら、どうってことない。信用できないなら契約でも誓約書でも持ってこい」

「そうじゃなくて、今までならメリットがないとか何とか言って断りそうなのに...。ううん、これは邪推ね。やっぱりあんた、子供には優しいのよね」


キャロルは無理やり俺の手を握ると、嬉しそうにぶんぶんと振った。

腕が痛いので、早く離してほしい。


「それじゃあ任せたわ、フェイズ」


俺の手の代わりにエバンの手を握ると、キャロルは周りの仲間と少し話し合いをした後、ギルドの出口へと向かっていった。

そのすれ違いざまに、彼女が言った。


「ねぇフェイズ。やっぱりあんた、うちに戻りなさいよ。あの一件のことは、私もう気にしてないから、ね?」


「...」


その問いかけに俺が黙っていたのが気まずかったのか、キャロルは「またね!」と軽活に笑って走り去っていった。


だが彼女を追って俺の横を通り過ぎていく仲間の視線は氷のように冷たいか、そもそも視界にすら俺を入れていないか、その二つだった。


「そう簡単に許されていいもんじゃないんだよ。俺がお前にしてきた事は」


たとえ彼女がそれを許してもだ。


リストに記載されているリスティーニャ・ローテルの文字に赤線を引き、ギルド内の様子を見に振り返る。


浴びせられる視線の種類はどれも同じで、見飽きたものばかりだった。

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