第29話 土曜日


 まるまる一週間にわたって久遠一尉の野球部的シゴキに耐えると、やはりそれほど苦でもなくなった。どうも精神的ストレスの原因は運動に対する根深い苦手意識に過ぎなかったらしい。

 (くそったれめ!)

 健太は文系だ。従って運動部のマゾ的運動は唾棄すべき日本文化だと確信していたから、未だに釈然としなかった……身体は明らかに軽くなっていたけど、意に反して自分が作り替えられてしまったように感じた。

 腹立たしいことに、健太はこの新しい身体を気に入りはじめていた。

 (認めたくないものだがな!)


 訓練後、エルフガインコマンドの食堂で大盛りチャーハンと唐揚げを平らげ、武蔵野ロッジに帰ろうとしていた健太は、近衛美奈とバッタリ出くわした。

 「アレー浅倉クンだ~」

 「ああ、近衛さん久しぶり」

 「わー顔も腕も湿布と絆創膏だらけじゃん。久遠一尉にしごかれてんだ」

 「ま、まーねー」

 「てゆうか近衛サンなんてやめて!美奈って呼んで!」

 「そ、それじゃ、美奈……ちゃん」

 「おっけー!そしたら美奈も「お兄ちゃん」て呼ぶね~」

 「お兄ちゃん――」

 健太の中でなにかが蠢いた。お兄ちゃん。脳内でリフレインした。

 国元は泣いて悔しがることだろう。

 「あー気に入ってるでしょ~」

 「ま、ちょっち……」健太は余所見した。「でもほんと久しぶりじゃん、どっか行ってたの?」

 「種子島!おみやげはない」

 「種子島って……九州だっけ?ロケット打ち上げでも観に行ったん?」

 「違うよぉ、美奈がロケット打ち上げるからその打ち合わせだよっ!」

 「え?美奈ちゃんが……?」

 「エッヘン」

 「スゲーなぁ……さすが天才」

 美奈はにっこりした。

 「なにバカなこと言ってんの?ってリアクションされるのがフツーなんだけどお兄ちゃんは違ったね。ちょっと嬉しいぞ」

 健太は軽く失笑した。「ま、ここ一週間アタマ良い人ばっかり会うからな~」

 「ケンキョさ学んでんだね」美奈が背伸びして健太の頭をナデナデした。

 正直、癒やされた。

 「――でもロケット打ち上げってそれ、エルフガインに関係あること?」

 「いい質問だねえ。まだ極秘だけどお兄ちゃんには教えていいか――」


 その時、例の警報が頭上に響いた。

 

 「このサイレンて、敵の襲来お知らせだよな?」

 「そだよ!美奈たちは今すぐエルフガインにゴーだよ!」

 

 情けない話だが、健太は勝手知ったる美奈のあとに付いて司令所まで駆け上がった。

 

 発令所では久遠一尉が待ち受けていた。

 「おう、わりと早かったな」

 「敵っすか?」

 「そうだ。パイロットスーツに着替えたら廊下の突き当たりの第一エレベーターで作業区画まで降りて、直接エルフガインに登場してくれ」

 「了解」

 「おっと、浅倉、おまえはちょっと待て」

 「え?なんで」

 「女子が着替え中だ」


 三分後、高荷と美奈ちゃん、二階堂真琴が着替えを終えたと連絡があり、健太はロッカールームに向かうことを許された。

 「あの、若槻先生は?」

 「遅刻だ。先に済ませろ」


 健太がパイロットスーツに着替えていると、健太とほかの四人のロッカーを隔てているラバーカーテンの向こうに慌ただしい気配がした。

 「先生?」

 「ああ、浅倉くん。先生遅れたみたいね」

 「出撃は20分後だそうだから慌てることないすよ」

 「そうなの、良かった。この服着づらいのよ……ねえ」

 ガサゴソいう物音、衣擦れ……健太はまた耳をそばだて、礼子がどんな状態なのか想像してしまった。

 「あんもう!ブラも付けちゃダメなんだった……」

 健太は慌ててロッカーの中を整理しはじめ、先生のささやき声を打ち消すフリした。

 カーテンの合間から礼子が顔だけ覗かせ、言った。

 「あの……浅倉くん」

 「おれなにも聞いてないすよ?」

 「はあ?いやちょっと手伝ってくれない?なんか自動で閉まるはずのファスナーが動いてくれないの」

 健太はゴクリと喉を鳴らし、礼子のほうに振り返った。

 先生はパイロットスーツ装着完了寸前の状態で、肩と背中が剥き出しだった。

 「は、ハイ」

 健太はそーっと近づき、重そうなソケットやらなにやらが付いているスーツの背中を見た。

 「あ、コレ。先生の髪がセンサーの邪魔してんじゃないかな……」

 「やだそうだよ!……もーやんなっちゃう。先生要領悪くて」

 礼子は両手を頭に回してうしろ髪をかき上げた。

 その結果、ずり落ちないように押さえていたスーツを手放してしまった。重いスーツが腰のあたりまでストンと落ちた……

 「やっ……!」先生は慌ててスーツを引っ張り上げた。

 しかし、一瞬の閃光のごとく、先生の背中とおしりの始まるところくらいまでが健太の網膜に焼き付いた。

 スーツを肩に引き上げる直前に思わず健太のほうに腰をひねったため、小気味よくふるんと弾む横乳までが、見えた。見えてしまった。つか見ちゃった。

 遅まきながらあさっての方向に顔を逸らした健太に、礼子が言った。

 「あっありがと、もう大丈夫」

 「ハイ」

 礼子が恥ずかしげに微笑んでカーテンを引こうとしたが、つぎの瞬間アレが作動して、礼子はハッと息を呑んで爪先立ちになった。

 先生のおしりがキュッとなった。


 (おれもスーツになりたい……)


 先生はちょっと泣きそうな顔で爪先立ちのまま、ヨチヨチ歩きでシューターに向かった。

 「あ、先生、今日はそっちじゃないから!」

 「え?……ああそうだ合体したまんまで――ンッ……はあ……」

 先生は想い溜息を漏らした――すばやく健太を振り返った貌がなんとも言えない表情だった。羞恥、弁解、忌々しさ……それらがないまぜになってひどく艶めかしい……

 

 エレベーター内では終始居たたまれない様子でうなだれていた。


 健太はカテーテルのおかげで爆発を免れた。


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終末ロボ☆エルフガイン さからいようし @sakaray-yousi

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