第28話 金曜日 夜


  一週間があっという間に過ぎた。


 第二警戒態勢の緊張感も薄れ、健太はあれほどつらかった訓練にも慣れ始めていた。人間、余裕が生まれるとあれこれ考え始めるもので、健太も新兵が陥る危険領域に踏み込んでいた。


 (――おれなにやってんだろ……)


 今日もまたショッキングな事実を知らされた。

 健太はなぜほかのメンバーと一緒に訓練しないのか?そんな疑問を何気なく口にしたのだが、久遠一尉の答えは素っ気なかった。

 ほかのメンバーは健太のレベルを一年以上まえにクリアしている。

 若槻先生?彼女は別だ。戦車は操縦が簡単だからな。

 つまり、健太はいま補習授業中ということだった。

 そうなると、基地内で真琴ちゃんたちと滅多にかち合わないことまでが健太の疑心暗鬼に油を注いだ。

 避けられてるんじゃないか、一人前になるまでまともに声をかける価値もないと思われてるのか……


 自分が病原菌にでもなった気分だ。


 むなしさと脱力感と相変わらずの無力感。軽いホームシックも重なり、健太の心は殺伐とした荒野をあてどなくさ迷っていた。

 健太は人が信念と呼ぶものを見つけられずにいた。要するにブレていた。


 それに加えて、自 家 発 電 ができない。


 環境が変わり、ホテル住まいのような生活がこれからずっと続くのだ。

 (こんなんでシコれるわけないじゃん!)

 無駄に元気な高校二年生にとってそれは切実な事態ではあった。

 毎夜寝しなになるとそれで頭がいっぱいになり、仕方ないので疲れにまかせて早々と寝てしまう。その結果睡眠時間だけは増大して夜中に目が覚めてしまう。そして人生全般について考え込む、という悪循環が形成されつつあった。

 過酷な運動のおかげで身体的にはここ数年間でもっとも健全になっているにもかかわらず、それがかえって精神の空回りに拍車をかけている。



 体育とシミュレーター訓練を終え、健太は食事をとったあと武蔵野ロッジに直行せず、広大なエルフガインコマンド内をうろうろしていた。

 どこになにがあるのかきっちり把握しているべきではないか、とかそれらしい理由ひねり出してはいたが、ようは子供っぽい好奇心の発露に過ぎない。なんせ「地下の巨大秘密基地」なのである。徘徊したくなるのが人情というものだ。


 基地は日を追うごとにわかに騒然となっているようだった。二四時間フル操業らしく、食堂も一〇人くらいのグループが入れ替わり、立ち替わり忙しげに飯をかき込んでは立ち去ってゆく。

 健太が誰なのか知ってか知らずか、ひとり目的もなくうろついていても、誰も気にしていないようだ。もっとも、エルフガインコマンドのロゴを背中にプリントしたジャンパーと安全ヘルメットを被っていたら人の判別は容易ではなかろう。地下深い基地の中はつねに肌寒いくらいの気温で、上着は必須だ。


 セキュリティー上の処置なのか、案内図のたぐいはごく少ない。それもたいていは矢印と「G6」「AS2」といった記号のみで、どんな施設がどこにあるのか行ってみなければ分からなかった。


 恐ろしく広いので、たいてい壁沿いの洗面所のそばに作業員待機施設が設けられていた。待機施設には自販機や毛布が備えられ、迷子になってもすぐには死なずに済む。

 そして日本の施設らしく、基地の一角に小さな神社が造られていた。

 神社と言ってもこぢんまりとした祠と小さな鳥居のある3メートル四方ほどの敷地だ。それでも明るい砂利敷きに石畳、マツの茂みに竹の柵などで異質な空間を作り出していた。水を張った黒曜石の水盤には小銭まで投げ入れられている。

 安全祈願のための神社のようで、エルフガインの勝利を祈願するためではないらしい。これもまことに日本的と言える。

 どこかべつに必勝祈願の祭壇もあるのか。なんにせよ、健太は祭壇に向けて手を合わせた。


 エルフガインパイロットとしてほかに適任者が現れたとしたら、それはそれで健太に課せられた使命も消滅して、気楽な生活に戻れる。

 だいたい全世界の主要国を相手に戦い勝ち続けるなんて、途方もない話もいいところだ。そうしないと人類が滅ぶって?無茶苦茶すぎて信じろというほうが無理というものだ。


 それで、その誰かさんが健太と取って代わり英雄になって、健太はそれをテレビで見るのか?

 (それもちょっと納得いかない……)

 功名心とか、そんなものではなかった。健太もまた男の子ということだった。


 礼子先生に「残念だけど、またいつか会おうね」などと言われたくない。

 そのためにはストライクヴァイパーのシートにしがみつき、悪あがきするしかないのだ。


 だが目標は果てしない高みに思え、冷静に考えれば考えるほど気力が萎えてくる。


 健太は基地中央にそびえ立つエルフガインを見上げた。

 ほんのちょっとでも高揚感を覚えるのは このスーパーロボットを眺めているときだ。

 (おれのロボット)

 この前の演習で一時的に合体を解かれたが、いまはまた合体状態に戻されていた。補修作業が遅れているのだ。武器換装も合体状態で有効な箇所から進められている。作業チームも試行錯誤段階なのだ。

 (こいつを他の誰かに委ねるなんてできないよな?)


 だけども――

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