第25話 月曜日 午後 ~ 火曜日

 

 健太は命令通り1時45分までにエルフガインコマンドに出頭した。

 そして2時15分には体育館の床に這いつくばっていた。


 「かっ……」ろくに息継ぎもできない。酸素を求めて喘いだ。

 「ほれほれその程度でへばってねえで、立て」

 健太は萎えた両腕を床に突っ張ってなんとか身体を起こし、立ち上がった。足が震えてふらついた。

 「まだ準備体操じゃねえか」

 久遠は舌打ち混じりに言い捨てた。竹刀を床に突き立て、その上に両腕とあごを乗せてのんびりしている。

 「こっ……」甲子園に行くんじゃねえぞ。そう言うつもりだったが声にならない。

 「しょうがねえな。ルームランナーに乗れ、軽くランニングだ」

 健太は無言で従い、のろのろと走り始めた。


 土曜日から始まって三度目だが、訓練は日ごと厳しさを増した。あとあと気付いたことだが、自衛隊式の体育訓練では軽いランニングが「休め」という意味らしい。


 「おまえはぜんぜん身体ができてない。無駄な贅肉をそぎ落とすまではちょっと荒っぽくしなきゃならねえんだ。ま、若いから多少無理はきく。しばらくは毎日二時間基本メニューに従ってもらう。一週間もすればもっと楽になるはずだ」


 まだ始まって20分しか過ぎてないのに二時間か……。健太はうんざりした。


 発汗スーツを着せられているので全身ずぶ濡れになっていた。久遠は背中に「どけ!陸自だ!」と大書きされた黒いジャージ姿だ。中学時代嫌っていた万年日焼けしていた日体大出身の体育教師に似ている。

 (それだけでもムカつくわ!)

 「島本博士の注文でな、兵隊はいらないんだってよ。自分で判断できるだけの脳みそは残せってんだから難しい注文だ。おまえさんを命令に絶対服従する兵士に仕立てるだけなら簡単なんだがな~」


 これが『フルメタルジャケット』じゃないってのか?健太は歯を食いしばった。


 果てしなく続くと思われたトレーニングメニューが終わり、健太はようやく解放された。心身ともにぼろぼろになっていた。

 トレーニングの終わりに久遠がハンドグリップを放ってよこした。

 「そいつを握れ」

 強力なバネは片手ではとても曲げられないほどだった。健太はしばらくむきになってハンドグリップを握り続けた。



 次の日、健太は休み時間にもハンドグリップを握り続けた。


 「なにやってんの?なんだおめえ、鍛えてんのか?にあわね~」

 廉次が健太の机の上のハンドグリップを拾い上げた。さっそく試していたが、やはり一度も曲げられない。

 「なんだよこれ……最初からこんな強いの使うの無駄だぜ?もっと弱いのから始めるんだよ」

 身体を鍛えたことなんぞない漫研部員のくせにいっちょまえな意見を開陳してくれる。健太はグリップをひったくり、満身の力を込めて一度だけ曲げて見せた。

 それから溜息をついてすぐ机の上に放り出した。

 「な?」

 なにが「な?」なんだ。

 そのとき横から手が伸びてグリップを乱暴に拾い上げた。

 「お?」

 健太と廉次が驚いて振り返ると、髙荷マリアが立っていた。

 冷めた眼でグリップを眺めていた。ついで健太を見据えたが、その眼は軽く健太を嘲笑しているようだった。

 「な……なんだよ」

 マリアはグリップを握った手をまっすぐ健太に突きつけると、苦もなく屈伸させてみせた。バネの反発で弾けさせることもなく、腕がプルプルすることもなく、ゆっくりと三回。

 健太も廉次もそれを声もなく見つめていた。

 「――ま、せいぜいがんばんなよ」

 そういって健太の膝にグリップを放り捨て、高荷マリアはさっさと廊下に立ち去ってしまった。

 「くそッ……!」

 「なになにアレ?なんで髙荷が?なにがあったの?」

 「べつになにもねーよ!」しかし心は千々ちぢに乱れていた。ムキになってハンドグリップを握り始めた。

 「べつにってさ……あの髙荷だぜ?誰とも口きかないのに」


 廉次が騒ぐのも無理はない。

 礼子先生と髙荷マリア。我が校の宝と言われるほどの双璧美人だ。それがこのクラスに集中しているのだからまさに奇跡と言える。かたやふんわりタイプの先生、かたや今世紀最後のスケバンと言われる女だ。

 髙荷からだれかに話しかけるなんてことはまず無いから、いまのは大事件なのだ。



 健太たちが個人的な大事件に遭遇していたちょうどその頃、日本海でも本物の大事件が進行していた。

 厚木基地に新設された自動警戒管制……すなわちジャッジシステム管制センターに情報が押し寄せていた。

 「ウソだろ?こんどはフィリピンだと?」

 「はい、台湾海峡を一隻のタンカーが北上しています。台湾軍によると船籍不明でしたが、マニラから出航した船で、三時間まえ中国海軍艦とランデブーしたようです」

 「フィリピンは友好国だったはずだが……〈ゲーム〉のおかげで鞍替えしたのか?」

 「分かりませんが、港とかいろいろ握られていますから……」

 「タンカーの予想進路は?」

 「現状だと沖縄かと」

 管制官は顔をしかめた。鎖国以来、もっともなりふり構わず媚中に走っているのが沖縄だ。米軍跡地にはすでに特定外国人が居座っているという。

 「あそこの県知事もグルだと思うか?」

 「そう想定するのが妥当かもしれません」

 「――とにかく、今度こそ妙ちきりんなメカを上陸させるわけにはいかん!各部署に厳重警戒を伝えよ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る