第23話 月曜日 午前
そんなわけで、学校再開の日。
健太は机に突っ伏していた。
「浅倉ぁ!生きてたんか!」
中学からの友人である国元廉次が健太の肩を叩きながら言った。
「死んでるよ~」健太は顔を上げず答えた。
「なになに?めっちゃお疲れ気味でどうしたん浅倉、失恋?」
健太はゆっくり頭を上げた。
「土日はちっとトレーニングしてたんよ……」
「え~?なにそれ。つうかあのロボの話しようぜ!浅倉も見たっしょあの巨大ロボ!そういや全校避難のとき浅倉居なかったよな?まさかアレ見てなかったとか?」
「いや操縦してたよ」と答えたかったが、それは〈政府極秘案件〉だ。
「信じらんねーよな?マジであんなモン作ってたのかよって。ひっさびさだぜおれの税金が有効に使われてるの確認したの」
「おまえは税金払ってないだろ」
クラス、いや学校じゅうで先日の戦いに関するやりとりが交わされていた。みんな楽しそうだ。TVで戦争勃発を憂う知識人とは大違いだ。
「で、浅倉見れたのか?」
「あ?うん、見た。凄かったなあ、あの……」
「巨大ロボ!」国元が叫んだ。「すげえよなあ!テレビで言ってたの見た?自衛隊の最新装備だって!あんなもん誰にも知られず作れるもんかね?なんていう名前なんだろ。公募とかするかもなあ」
(エルフガインという正式名称もあるんだ。言えないけど……)
健太の席は窓側の真ん中あたり。髙荷マリアの席は窓際のいちばんうしろだ。クラスで浮いている人間らしく「アニメの主人公ポジ」をキープしている。
健太は努めてそちらに顔を向けないようにしていた。だが髙荷の存在感は輻射熱のように背中に感じていた。
時間になり、礼子先生が教室に現れた。
起立――礼。
「おはようございます!」礼子先生はいつもと変わらない調子で挨拶した。
健太はそちらのほうも見ないようにしていた。そうなると机の木目を眺めているしかない。
礼子先生が本日は半ドンだとクラスに告げると、まばらな歓声が上がった。
「――先日の件はたいへんでしたけれど、さいわい学校に被害はありません。生徒やそのご家族に怪我をした人もいませんでした。明日からは通常時間割に戻ります」
「先生は合同避難しなかったんですかぁ?」
「えっ?ああうん、先生車で、下校中のひとに注意しているあいだに避難が終わってたの。別の場所の避難誘導に従って笛吹峠のほうに行ってたわ」
健太はうつむいて先生の不器用な説明を聞きながら、嘘が苦手なんだなと思った。
いったい健太たちはいつまで欺瞞生活を続ければいいのだろう。
島本博士によれば、べつにすべて公表してもいいのだけど、と言うことだった。
ただし、健太たちはたいへん煩わしい思いをすることになる。いまの生活もかなり制限され、根本から変わってしまう可能性もある……さらにセキュリティー的にも負担が増える。
「わたしも内緒話は嫌いだけど、いまはできるだけ正体を隠したほうが良さそうね。どうする?」
それで健太はしぶしぶ二重生活を始めることに決めた。
礼子先生もおなじ判断を下したのか。
久遠一尉は彼なりに公表には反対だと言った。彼は自国のセキュリティー感覚をまったく信用していない。鎖国政策で外国人がいなくなったとしても、まだモグラ工作員は国内に潜伏していると考えていた。
しかも大勢。
授業が終わり、健太は教室をあとにした。
購買と学食はやっているようだ。行ってみるとけっこう賑わっていた。やはり巨大ロボとUFOの話で盛り上がっている。
会話の輪に無邪気に飛び込めないのがなんとなく悲しい。しかしいま会話に加われば、のらりくらりと調子を合わせて嘘を並べるしかなくなる。
結局購買でハムカツロールとツナサンドを買い、自販機のイチゴ牛乳で済ませることにした。
どこで食べようか思案しながら中庭を横切っていると、グラウンドに出る短い通路の壁際で礼子が待ち受けていた。
「浅倉くん」
「れ……若槻先生!」
「少しお話があるの。お時間大丈夫?」
「はあ」
先生が鍵を差しだした。「はいこれ」
「なんすかこれ?」
「屋上の鍵よ……鍵屋さんでこっそりスペアを作ってもらったの」
(おお!)健太の脳内でチリンという音が再生された。アイテムゲットのSEだ。
屋上に出るドアは鍵がかかっていて、普段外には出られないのだ。
「屋上なら他に人はいないでしょう?先生さきに行ってるから、こっそり上がってきてね」
「了解っす!」健太は自分でもどうしようもないほど元気よく答えていた。若槻先生は戸惑ったような笑みを一瞬だけ浮かべると、校舎に戻った。
(あの夢は正夢だったのか!?)
健太は昼メシを大急ぎでかっ込んで、礼子のあとを追った。
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