第21話 土曜日 午前九時。

 


 三年前に在日米軍が撤収したため、国内の米軍基地はすべて空き地になった。

 横田も厚木も一応は自衛隊管轄となっていたが、施設を維持する予算などなかったから主要滑走路以外は放置状態だった。


 健太の母親である浅倉澄佳の財団は南埼玉疎開政策と同時に旧米軍基地跡地を一部買収した。そしてエルフガインコマンドから旧横田基地までJR八高線沿いに幅50メートルの特殊道路を敷設した。

 ヤークトヴァイパーを横田まで走らせるためだけに作られた道路だ、

 その道路が今朝、初めて使用された。


 道路沿いには県警とともに朝霞駐屯地から派遣された普通科連隊と16式機動戦闘車が配置され、物々しい雰囲気だった。


 『ヴァイパー3およびヴァイパー4接近中!〇八四五時ポイント通過予定、オクレ』


 16式の砲塔コマンダーズハッチにもたれかかって無線を聞いた車長がぼやいた。

 「ほんとうにあんなバケモンが通過するんかねえ……」

 車体ハッチから身を乗り出していた操縦士が言った。

 「田中が一昨日直接見たそうですよ?五千トンの怪物が動いて、ミサイルと大砲撃ちまくったあげく、あ~……合体、したのも」

 車長はヘッとせせら笑った。「アニメじゃねえんだからよう――」


 埼玉方面からキーンという得体の知れない音が聞こえて、車上のふたりは首をめぐらせた。

 「アレか?」

 地面を介して振動が伝わってきた。

 この道路はじつのところ土が剥き出しの更地に過ぎない。この三年間、草ぼうぼうで不法投棄された産廃が転がり、一部は子供やチンピラの遊び場になっていた。自衛隊員たちはそうした連中と「反対派」を侵入させないため警備に付いていた。

 振動とともに粉塵が巻き上がっているのが見えた。

 予期したエンジン音は聞こえず、キューンという高周波音がますます強まってゆく。そしてバリバリポキポキという石を踏み砕くような破裂音が加わる。

 そして、隊内でさんざん噂された超重戦車が姿を現した。

 「おいマジかよ、速いぞ!?」

 駅を通過する特急電車なみの速度で接近してくる巨体に車長は目を丸くした。そしてその車体幅に気付いた。ほとんど道路を塞いでいるように見えた。

 「ちょっ安全距離っていってたじゃねえか!」

 「いや、ギリギリ大丈夫なはず――」

 じっさいには超重戦車は10メートルの安全マージンを保って通過したのだが……ふたりには鼻先を鉄の子山が掠めたように見えた。時速一〇〇㎞で通過したのであっという間だった。ものすごい振動と騒音で二七トンの16式がゆさゆさ揺すぶられた。


 ふたりは呆然としたまま、黄色い粉塵の霧に消えてゆくヤークトヴアイパーを見送った。

 「ぶったまげたな……あんなもんがほんとうに実戦したんか?」

 「われわれが護衛する必要、あったんすかねえ……」



 驚愕の度合いは横田の仮設演習場に集まった人間も同様だった。基地祭で使われた観覧スタンドに居並ぶ陸自将官と与野党政府関係者は滑走路跡地に悠然と姿を現したヤークトヴアイパーの威容に言葉を失った。

 「いったい、あの巨大戦車はなにで動いてるんだ?」

 「電動モーターです。ヴァイパーマシンは五台とも電気で動いているそうです」

 「だからあんな音なのか……」

 「ちょっと待てよ!空飛んでたのもいたろ?アレも電気なのか?」

 「電気タービンエンジンだそうで……」

 「そんなものいつのまに実用化したんだ?あんなデカブツを動かせる電力キャパシタなんぞ――」

 「浅倉博士のバイパスナントカ反応炉だよ!だから『ヴァイパーマシン』と呼ばれてるんだろ」

 

 つづいて一分後、全高30メートルの人型ロボットが道路沿いに配置されていた16式機動戦闘車を引き連れて姿を現すと、もったいぶらずに五台全部お披露目しろと文句を言っていた野党幹部も黙り込んだ。

 超重戦車も巨大ロボットも滑走路の向こう、二百メートル離れた芝生に留まっていたが、観覧者はすでに身の危険を感じていた。何人かは安全ヘルメットをしっかりかぶり直していた。

 

 『本日は早朝からご足労いただきまことに感謝です』観覧スタンドに向かって紺色のスカートスーツの若い女性が話し始めた。マイク付きの安全ヘルメットを被っていた。

 『えー、皆さんがいまご覧になっているのが、先日埼玉で繰り広げられた戦闘に参加した機材、ヤークトヴァイパーおよびスマートヴァイパーです。いずれも統合機動戦術システム〈エルフガイン〉の一部を構成しています。

 それではさっそくですが、模擬射撃演習を実施いたします。皆様にはたいへん恐縮ですがスマホ等による撮影は、どうかお控えください。希望される方には演習後ブリーフィングで資料を配布させていただきます』


 観覧席の両脇には大きなプロジェクタースクリーンが設営され、それぞれ野原を映し出していた。一枚は旧厚木基地、もうひとつは富士演習場を映しだしていた。画面の中央にはスクラップ車両が並んでいた。

 ヤークトヴァイパーの巨大な砲塔が旋回して、砲塔上部に担いでいる2門のリニアキャノン――見た目は超特大の鳥の羽根のように見えるそれが射撃を開始した。



 射撃演習が終了して、茫然自失の体から醒めた観覧席の面々は、ブリーフィングルームに席を移す間もなく議論し始めた。

 野党幹部が叫んだ。

 「あんなのは、いくらなんでもオーバーキルだよ!」

 「なに言ってんですか?あの超重戦車があと十両――いや五両あれば、国土保全は万全ですよ!」

 「ありゃあ戦略兵器だ!射程百キロメートルの大砲にミサイルだぞ?衛星迎撃ミサイルも装備できるって言ってたじゃないか?場所次第では韓国や北に――下手したらウラジオストゥクに届いてしまう!」

 「それが問題なのはあんたがた野党だけだろ……」

 お喋りしているのは与野党の民間組。この臨時火力演習を要求したのは彼らだ。自衛隊が故意に「超兵器を隠匿していた」という難癖を付け、なかばパニック状態で要請してきたのだ。

 10人あまりいた自衛隊関係者は軒並み無言で、仏頂面をうかべて腕組みしている。

 その一団に辻井陸将補――おととい島本さつきと一緒に浅倉健太の学校を訪れた人物――もいた。彼も「実物」を観たのは初めてだ。改めて島本さつき……そして健太の母、浅倉澄佳の偉業を噛みしめていた。

 しかし、自衛隊高官の誰も、〈エルフガイン〉を手放しで賞賛はできない……したくても立場上難しいが、大半は自衛隊の装備すべてが過去の遺物になったという事実を受け止められずにいる。

 与党の若手保守派が言ったように、ヴァイパーマシンがあと何台かあれば日本は安泰だ。しかし――辻井は皮肉なうす笑みを浮かべた。

 マスコミも与野党も、あのモンスターマシンが遠隔操縦だと勝手に思い込んでいる。事実関係を確認する問い合わせ先が分からないからだ。

 

(あの戦車を一般女性が操縦していると知ったら、どんな騒ぎになるか……)

 

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