第三章『女の子とリアルスパロボプレイ中だけどけっこう辛い』

第20話 土曜日 初勝利二日後

 

 放課後、校舎屋上――


 若槻礼子が憂い顔で健太と向き合っていた。


 「こんなところに呼び出してごめんね浅倉くん、先生ほかに相談できる人がいなくて」

 「いえ、いいんです。先生ずっと悩んでたじゃないですか」

 礼子は頷いた。

 「これからの身の振り方をどうすればいいのか分からなくて」

 「エルフガインに乗りたくないんですか?」

 「ウウン」礼子は首を振った。「だって高校よりお給料高いんだもの……」

 「それじゃいったいなにを……」

 「あの――」先生は曖昧に手を振った。「あのパイロットスーツが……先生苦手で」

 「ああ……アレ」

 「アレよ!先生敏感すぎてあんなの耐えられないの!」言い辛いことを吐き出して礼子は恥ずかしそうに顔をうつむけた。「冷たいのがヌルって……あ、あんなところに」

 健太はゴクリと喉を鳴らした。

 先生を繋ぎ止めるにはどう言えばいい?うまく立ち回れよおれ!

 「ああの、先生、おれが手伝ってあげようか?あのスーツにはやく慣れるようにさ。どうすれば良い?」

 礼子が眼を見開いて健太を直視した。

 「そんな……悪いよ浅倉くんに迷惑かけるなんて」

 「いやおれはぜんぜん迷惑じゃないから!先生がもっと高い給料ゲットするためなら、おれ……」

 「浅倉くん……!」

 礼子が抱きついてきた。

 健太は全身で受け止め礼子の香りを肺にいっぱい吸い込み――



 ハッと目が覚め、健太は見慣れない部屋の天井を見上げた。


 (ここどこだ?……)

 顔を横に向けると大きな窓とベッドサイドテーブルの時計が目に入った。ベージュのカーテンの向こうは明るい。朝6時。

 (あ~そ~だ……おれ武蔵野ロッジで独り暮らし始めたんだっけ……)

 生々しすぎる夢を思い返して健太は舌打ちして毛布をひっかぶった。

 (いますぐ夢のつづきに戻るんだ!)

 しかし生々しすぎたゆえすっかり目が冴えていた。二度寝を断念した健太は「くそっ」と言い捨ててベッドから出た。



 武蔵野ロッジに引っ越ししたのは昨日――学校が臨時休校になった金曜日だ。この宿泊施設はエルフガインコマンドから1㎞くらい、学校とは7㎞くらいの立地だ。川縁の綺麗な芝生の庭に建つ三階建てのちょっとしたお屋敷だ。

 ゴルフ場のスタートハウスに似た黒基調の壁、一階は豪華な玄関とガラス張りのテラス。二階と三階はホテル形式のワンルームが赤い絨毯敷きの廊下沿いに並んでいる。

 健太が割り当てられたのはその二階の一室だ。12畳くらいで大きなベッドとテーブルセットとソファがあり、浴室トイレ付き。50インチのテレビはCS、BS、配信とネットまで備え、ウォークインクロゼットまであった。

 そしてなんと、メイドがいた。正真正銘、メイド服を着たメイドだ。


 そのメイド、香坂さんがエントランスホールで健太を迎えた。

 「武蔵野ロッジにようこそ、浅倉健太さま」

 長い黒髪をうしろで結った20歳くらいの美女にお辞儀され、健太は恐縮するしかなかった。

 「今日から浅倉さまのお世話をさせていただきます、香坂と申します。よろしくお願いいたします」

 「はあ、よ・よろしくおねぁいしゃス」もごもご返事してしまった。

 「荷物をお持ちしますね。さっそくお部屋にご案内しましょう」

 2~3日分の着替えと学生服と「お宝」を詰め込んだスポーツバックを断る間もなくもぎ取られ、健太はますます困惑した。


 当初は島本博士と祖父にいきなり言い渡された引っ越し要請を渋っていたのだが、「案外いいかもしんない」と思い直した。


 香坂さんはほんとうに健太の食事や洗濯の用を引き受けるらしい……

 (いやさすがに洗濯はなあ……)

 豪華な部屋に通されたあとは武蔵野ロッジをひと通り案内された。

 地下には夜だけ営業している大浴場とスポーツジム、ランドリーがあった。大浴場のガラス戸を開けるとコンクリの階段があって庭に出られる。庭には差し渡し15メートルくらいのひょうたん型のプールまであった。

 (めっちゃ豪華じゃん……)


 案内を終えた健太は自室に戻った。

 ベッドの端にドスンと腰を下ろし、だだっ広い部屋を見回して途方に暮れた。


 (マジでこれからここで生活させられるんか?)

 

 しかも、その生活が続くかぎり、健太はエルフガインで戦わねばならないのだ。

 その事実が意識にじわりと染みこむと健太は絶望感を覚えた。


 (勝ち続けなきゃならないって?)


 でないと地球が滅ぶのだ、という。


 (それ無理ゲー過ぎるだろ……)


 テニス、野球、オリンピックのありとあらゆる競技でもいい。「トーナメントを勝ち進む」という感覚が健太には分からない。帰宅部なので過去にスポーツに打ちこんだ試しさえなかった。


 (どうやったらモチベ維持し続けられるってんだよ……)


 金曜はそんなことを考えてモヤモヤしながら終わった。そして土曜日。健太はまだモヤモヤした気分のままだった。

 香坂さんが作ってくれる朝飯は七時半。まだ時間があったのでとりあえず観たくもないテレビを付けた。開戦以来地上波は特番で埋まっている。

 


  ――開戦か!?


  ――日本国内で初の戦死者


  ――戦禍に混乱の埼玉県でUFO目撃報告多数寄せられる


  ーー関東平野に現れた巨大人型ロボットは自衛隊の新兵器!?


  ――政府は事実関係を否認


 健太が戦った戦争の特番だというのに観ててもなにも実感がわかない。奇妙なことに誰も「エルフガインがカナダのロボに勝った」と言わないのだ。コメンテイターも解説者もむしろ戦争が始まってひたすら迷惑そうな論調だった。

 ネットはそうでもないが、昨日からネットミームと化したエルフガインを茶化すことに終始していた。おもに「あのロボに名前を付けよう」というムーブが盛り上がっていた。

 第1候補は『サイタマロボ』だ。


 溜息を漏らしてテーブルに目を向けた。健太のスマホは昨日新品に交換され、それがテーブルに放り出してあった。

 エルフガインコマンドから送られた支給品だ。見たこともない機種、黒いゴム枠に囲われた小さい画面……控えめに言ってもダサい。

 そのスマホがいきなり鳴りだして健太はギクリとした。立ち上がって応答した。

 『よう、起きてるか?』

 久遠くどう一尉……健太たちの「隊長」だった。

 「あ~、はい」

 『メシ食ったらただちに出頭しろ』


 健太が「分かりました」と答えるまえに通話が切れた。

 

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