第19話 世界じゅう全部が敵!!


 カナダの兵隊たちの姿が見えないところまで来ると、健太はようやくホッとひと息ついた。

 大きな食堂かカフェラウンジみたいな場所で、大勢の職員が食事していた。

 (そういえば夕飯の時間か)

 驚いたことに、島本博士と学校で面談してからまだ5時間しか経過していない。ひどく遠い昔のことのように思えた。

 その島本博士が現れ、健太のそばに立ち止まって訪ねた。

 「どうだった?浅倉くん」

 「どうって……なんだか変な感じですよ」

 「混乱しているようね。無理もないけれど」

 「あいつらなんで襲いかかってきたんですか?もう決着は着いてるのに」

 「あの双子はおそらくカナダの兵隊を装ったCIAの殺し屋でしょう……エルフガインのパイロットを殺せばあとあと有利になると判断したのよ」


 殺す……?

 おれ殺されるところだったのか!?

 遅まきながら健太は愕然とした。この世に生まれて十六年ちょっと、面と向かった誰かに殺されそうになった経験は初めてだ。

 これが兵隊ってもんか。

 胸中に嫌な感覚が広がる。普通に暮らしていれば一生縁のない感覚だ。

 エルフガインに乗ってやるかやられるかの対決を繰り広げていたときとも違う、生々しい嫌悪感だ。あの白人が襲いかかってきたときのしたり顔を思いだし、健太は顔をしかめた。


 隣のテーブルで真琴と実奈が新しく注いだジュースを飲みながら談笑していた。

 あんなことがあったばかりなのにケロリとしている。


 あの子たちは健太とは違う。殺されかかったのはむしろあの双子の白人だった。実奈に至っては明らかに超能力を使っていた……。


 おれはいったい何に巻き込まれちゃったんだ?


 「島本博士……おれぜんぜん分かんないんですけど、いったいなにが始まったのやら」

 「そう?明白だと思うけどなあ……戦争が始まったのよ」

 「戦争って……あれが?なんでカナダのロボと戦うんですか?」

 「カナダだけじゃない」

 「それじゃあどこと戦うんです?」

 「全世界よ」

 「え……」

 「世界中が敵。あなたはこれから地球上の名だたる国を相手に戦うことになる」

 「そんな……」健太は弱々しく引きつった笑みを浮かべた。「無茶な」

 「無茶なのはたしかだけど戦ってわたしたちが勝利しないと地球は滅ぶ。あなたがおじいさんになるまでに確実に滅亡するの」

 「マジで……?」

 「確実に」

 「それじゃおれ、戦い続けなきゃならないのか……?」

 さつきは健太の肩をぽんと叩いた。

 「ご飯食べて休みなさい。空きっ腹でくよくよ考えても良いことなんかない。一晩眠って、それから今後のことを考えましょ」さつきはテーブルに片手を着いて立ち上がった。くたびれているように見えた。それで、健太も自分がだいぶ疲れていることに気付いた。さつきが立ち去ると、健太は椅子にもたれて溜息をついた。


 「浅倉さん」

 名前を呼ばれて首を巡らせると、真琴が健太に穏やかな笑顔を向けていた。

 「えーと……二階堂さん」

 少女が笑顔で頷いた。

 「なにか飲み物持ってきましょうか?」

 「ああ、えー……」健太は辺りを見回した。セルフサービスの食堂だった。「いや、ちょっと休んだらメシ食べるから。ここで食べて良いんだよね?」

 「ええ、券売機で食券を選んで……でもお金はいりません。……今日は大変でしたね。でも浅倉さんのおかげで勝てました」言葉を途切れさせないよう気を遣っているのを感じた。

 おなじチームに属しているもの同士なのだから、なるべく早く仲良しになりたいと思っているのか。健太は一度に大勢の知り合いを作るのは苦手だったが、年下の女の子の真摯な気持ちには応えなくてはと思った。

 「いや、こっちこそ……さっき助けてくれたろ?すごい強いんだね。ありがとう」

 「どういたしまして」真琴はにっこり笑ってこくりと頷いた。つまらない謙遜をすることなく自分の能力に対する賛辞を素直に受け止める。自分にある程度自身があるからこそ自然体で振る舞えるのだろう。

 「実奈だって助けてあげたでしょ~?」横から実奈ちゃんが身を乗り出してきた。

 「ああ、うん、ありがと……」

 「実奈エスパーなんだよ。すごいでしょ?」じつにあっけらかんとした口調でものすごいことを言ってのけた。

 「や、やっぱあれそうなの?」なんと言うべきやら見当も付かず途方に暮れた。実奈は健太の反応を伺っているように見えた。「エスパーの知り合いは初めてなんだ。なんか格好いいな」

 「何それ格好いいって」実奈は笑った。「あの双子のお兄さんたちもそうだから。テレパシストっていうの?だから博士はわざと対決させたわけ」

 「あいつらが襲いかかってくるって分かってて!?ひでえ話だな……」

 「ひどいよね~?人使い荒いんだもん。クリームソーダ飲むあいだくらい待ってほしいよ」

 「仕方ないんです。何もかも慌ただしい状況ですから、手段を選んでいる暇がないんでしょう」

 なんと落ち着いた見解なのだろう。

 右も左も分からずまごついているのは健太だけのようだ。なんとなく話題を変えるつもりで尋ねた。

 「ああそういえば、ふたりとも英語ぺらぺらなんだ。すげえなあ……」

 「あたしも喋れるけど」

 背後の声に健太は驚いて振り返った。

 「髙荷さん」

 「マリアお姉ちゃん」

 そう、髙荷マリアだ。健太にたいして素っ気ない態度なのは真琴も実奈も気づいているから、ふたりとも口をつぐんでしまった。健太は内心舌打ちした。せっかく会話が弾んでたのに。

 「よ、よう……」

 「あんた……まだ居座るの?」

 健太は頷いた。

 「やれると思ってるの?」

 「やってみるさ!」

 「気楽に言ってくれる……」

 そう言い捨てて髙荷はきびすを返し、向こうに行ってしまった。


 健太は忌々しげに溜息をついた。「なんで突っかかってくるかな」

 真琴が応えた。

 「髙荷さんは……浅倉さんの前任の人と親しかったから……」

 「前任?ストライクヴァイパーの?」

 「そうだよ、御堂さくらお姉ちゃん。自衛隊から来たの」

 「御堂隊長は長い間わたしたちを率いてくださったんです。自衛隊のほかの人たちがわたしたちを邪魔者扱いしても、隊長だけは違いました。でも三ヶ月前事故に遭われて……引退しました。それで同じく自衛隊から派遣されてた東山さん……ヤークトヴァイパーパイロットも辞めてしまって……」

 「そっそれで先生を急遽リクルートしたのか!?」

 真琴はすまなそうに頷いた。

 「わたしたちみんな隊長にお世話になりましたけど、髙荷さんは実のお姉さんみたいに慕っていましたから……」

 「それでおれのことを邪険に思ってると?」

 「そうかもしれません……それに、島本博士はもともと浅倉さんを第一候補として前々から念頭に置いていた節がありました。そのこともお気に召さなかったようですね……」

 「そうなんだ……」

 事情はなんとなく分かったものの、健太自身に落ち度があるとは言えない。


 (逆恨みもいいところだ)

 とはいえ健太はあくまで呑気な性格だ。

 (ガッコでいちばん美人の女生徒に恨まれるってのも、それはそれで乙かもしれんな……言うなればツンデレのデレ抜きだな) 



 でもそれより

 いまは膝の上に座った礼子先生のおしりの感触を思い出しながらシコりたい。



                  ――第二話 完――


                  つづく!          


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