第18話 敵


 健太たちが案内された部屋には窓が無く薄暗かった。


 壁の一面に一枚ガラスがはまり、その奥にあるもうひとつの部屋が見えた。刑事物ドラマでよくある、尋問部屋のようだった。

 ガラスはおそらくマジックミラーで、明るい向こう側からは鏡に見えるのだろう。その向こう側の部屋にはテーブルとパイプ椅子が四つ。パイプ椅子のうち三脚に大柄な男性が座っていた。


 男たちは白人ふたりと黒人ひとり、いずれも坊主頭で、座っていても肩幅が広く大柄に見えた。迷彩服の上着のすそをズボンにたくし込んでおらず、ボタンも外していた。

 あとで知ったことだが彼らは金属製品やベルト、紐のたぐいをすべて取り上げられていたのだ。みな仏頂面でテーブルを指先でとんとん叩いたり、ペットボトルの水を飲んだりしている。いかにも軍人……しかも敗軍の兵らしい。


 健太が尋ねた。「あのガイジンが、敵?」

 「そうだ」

 たしかにわざわざ日本までやってきて戦闘をふっかけたのだから、ああいう軍人が乗っていたと言われれば納得するしかない……だがなんとなく意外でもあった。

 「どこの誰なの?なんで攻撃してきたんだ?」

 「あいつらはカナダ陸軍の兵隊だ。少なくともそう名乗った。言ったのはそれだけのようだが」

 「カナダ?おれカナダのロボットと戦ったの?」健太は我が耳を疑った。「なんでカナダ?」

 久遠がちらりと健太を見た。「オレが知りたいくらいだよ」


 島本博士が護衛もつけずひとりで尋問部屋に入ってきた。両手をポケットに突っ込み緊張した様子もない。兵隊たちになにか話しかけているが、英語なので健太にはなにを言っているのかさっぱりだ。

 カナダ人たちは立ち上がりもせず、博士のほうに無感情な顔を向けているだけだ。誰も喋らない。

 「博士はなんて言ってるの?」

 「おまえあの程度の英語も分からんのか?」

 健太は恥ずかしそうに言った。「日本のこーこーせいは普通分かんないんだよ」

 「そういやそうだったけ……博士はな、あの兵隊たちに、おまえたちの国はもう降伏したんだから、兵隊としての義務は果たした。我々に協力しろと言ってるんだ」

 「カナダが日本に降伏した?」

 「まあじつはまだなんだが……数日後にはそうなる……」

 久遠が言葉を途切れさせ、博士の言葉に注視した。「おいおい博士……」

 「なに?博士なんて言ってるんだ?」

 「おまえたちカナダ軍を倒したパイロットに会わせてあげようかって言ってるんだ!」

 「え?ってそれオレのこと?」

 「まあおまえもそのひとりだな……」

 「おれもって……あのまさか女の子たちを対面させようってんじゃないよね?」

 「そのまさかだと思うな」

 「英語分かんないのに」

 「それは心配ない」

 

 五分ほど過ぎると、健太たちの部屋に二階堂真琴と近衛実奈がやってきた。寄りによって年下ふたりか!実奈ちゃんは手にクリームソーダを持ち、柄の長いスプーンでアイスクリームを食べていた。

 「わーおっかなそうな兵隊さん」

 「無茶だ!やめたほうがいいよ……」

 「はやく挨拶しよーよ」

 「実奈ちゃん!やばいって!二階堂さんもさ……」

 真琴は首を振った。

 「いいえ浅倉さん、相手をしっかり見据えることも必要です」

 真琴の毅然とした答えに健太は困惑した。ふたりともなぜかあのでっかい兵隊を恐れていない。

 となれば、健太もおろおろしてばかりいられない。内心「オレ馬鹿だな」と思った。(でも時には虚勢を張らなくちゃならないこともある)

 「博士が呼んでますよ」真琴が言った。見ると、さつきがこちらにさりげなく視線をよこして頷いていた。

 「あの……ちゃんと安全措置みたいなのは施されてるんだよね?」

 久遠は複雑な笑みを浮かべて「まあな」と言った。


実奈が廊下に出て隣の部屋のドアをノックした。実奈は返事も待たずにドアを開け中に足を踏み入れた。健太たちもあとに続いた。

 三人の兵隊が憮然とした恐ろしげな顔でこちらに注目していた。その圧力で健太は腰が引けてきた。しかし立場上実奈や真琴のうしろに控えるなんて出来ない。

 島本博士がいまも壁により掛かり、兵隊たちに何ごとか話しかけていた。やはりあとで聞いたのだが、だいたいこんな会話が交わされていたのだ。


 「この子たちがあんたたちを倒したパイロットよ」

 「……ジーザス」黒人が呻いた。「ガキじゃねえか」

 「あんたたちと同じく適性者なの。わたしたちの複雑なロボット兵器……エルフガインを動かすのに必要な」

 坊主頭の白人ふたりは兄弟――というか双子のようだった。目鼻立ちがそっくりおなじだ。無言のまま、酷薄そうな薄青い眼で健太たちを見据えていた。その双子のかたほうが言った。「呪われた悪魔ども……アサクラの発明品を使ってるんだな」

 「悪魔はどっちなのかなおっさん。あんた罪のない一般人を何百人も殺したんだよ」

 実奈が流ちょうな英語で応じ、健太はたじろいだ。

 ひょっとして喋れないのおれだけ!?


 次の瞬間に起きた出来事は健太にはほとんど理解不能だった。

 白人の双子が突然椅子を蹴って立ち上がり、健太に向かって襲いかかってきた。あまりにも恐ろしい光景で健太は声を出す暇さえなくその場に竦んでいた。

 健太の両脇から実奈と真琴が素早く躍り出た。

 真琴は大柄な白人の両腕を避けるように低く突進してその懐に飛び込み、男の股間に肘打ちを食らわせた。男が「ぎゃっ」と短く呻いた。それでも真琴に掴みかかろうと身体をひねった。真琴は床に転がりながら、いつの間にか手にした小刀を一閃した。男は踵の腱を断ち切られていた。突然からだが支えられなくなって無様によろめき、その場に尻餅をついた。

 真琴は男の背中に膝を突いて両腕を揃えるとその上に片膝を置き、もうかたほうの膝を男のこめかみに当てて押さえ込み、その首筋に小刀を当てた。

 「アキレス腱切りやがったな!くそったれ!」

 「動いたら首も切ります」

 「おまえなんなんだ?ニンジャか!?」


 いっぽう、実奈は持っていたクリームソーダをもうひとりの男の顔に投げつけていた。ほんの一瞬ながら男の殺気を殺ぐには充分だった。

 男は両腕を振りかざして威嚇する熊のような格好のまま、身動きできなくなっていた。

 「ぐっ……」

 男の顔に汗が噴き出していた。歯を食いしばり、渾身の力を振り絞って動こうとしている。

 だが動けない。

 実奈は両手を後ろに組んでのんびりした足取りで男に近づいた。

 「どうする~?」言いながら男のまわりを歩いていた。

 男は呼吸ができないように見えた。


 久遠もいつの間にか拳銃を両手で構え、まっすぐ黒人に狙いをつけていた。

 (シグ・ザウエルだ)健太はどうでもいいことを思った。(実弾……?)

 誰かが他人に銃を向けるなど映画の中だけの話だ。実際に目の前でおなじ光景が繰り広げられると衝撃的だった。

 黒人は座ったまま両腕をあげていた。

 「よせ、おれは関係ない。なにもしない」努めて落ち着いた声で言った。

 「どうかな。おまえもCIAじゃないか?」

 「ヘイ!おれはマジでカナダ陸軍中尉だよ。それにおれにも小さなガキがふたりいるんだ。子供に手は出さない」

 「信じてやる。だがしばらく手は上げたままで」

 「実奈ちゃん」島本博士が異様に穏やかな声で呼びかけていた。「テイラー大尉が死んでしまう」

 実奈はちらりと島本博士に不満げな顔を向けたが、そのうちに男が「ぐはッ!」と喘ぎながらよろめき、その場に這いつくばった。

 「ごめんなさいね」博士がポケットから手錠を二丁取り出し、ひとつを真琴に放ってよこした。ふたりともじつに手際よく双子に手錠をかけた。

 健太はようやく口を開いた。「あ・安全だって言ったろ!?」

 「安全だったじゃねえか」まだ両手で銃を持ったまま久遠が答えた。「もう行っていいぞ……それから救護班を寄越すように言ってくれ」

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