第17話 雑多なパイロットたち


広大な地下基地の中央では大勢の作業員が走り回っていた。特大のガントリーがエルフガインに取り付き、所定の位置に固定していた。


 全高80メートルのロボットはたとえ静止していてもきわめて不安定な物体だ。わざとそういうふうに設計されているのだ。でないとろくに歩くこともできなくなる。

 関節のモーターが止まって油圧が落ちていても、独立構造の各部はゆらゆら揺れ動いている。完全に固定されるまでは二百メートル以内は接近禁止だ。基地が異様に広いのはそうした理由のためだった。


 固定作業が終わると、天井近くのやぐらがゆっくり移動しながら放水して、エルフガインの表面を洗い流した。


 警戒態勢が解かれた次第、丸一日かけて合体を解く作業が始まる。果てしない点検作業だ。

 エルフガインは戦闘兵器としては艦船に近い耐久性をもつ。つまり航空機のように数時間動かすたびに総点検せずとも稼働させられる。理論的には三百時間ぶっ続けで作戦行動可能だ……もちろんパイロットのほうはそんな長時間耐えられないのだが、作戦地域までの移動など単純動作なら無人のリモートコントロールでもなんとかなる。だから帰投のたびに念入りに点検する必要はかならずしもないのだが、どのみち規則でやることになっている。まこと日本人気質と言えた。


 とはいえ現在はまだ警戒中であり、まずは修理と応急処置が優先される。

 放水が終わると、マシンの各部から黄色い雨ガッパと安全ヘルメット姿が現れた。水が滴り落ちる機体から小走りで離れ、待機していた作業員に出迎えられた。拍手と歓声、そして肩をどやされながら、ガントリー脇のエレベーターに乗った。


 変わって安全距離に待機していた修理要員が一斉に動き出した。何度もパンチを繰り出しマニピュレーターは青い球体を握ったまま動かなくなっているし、股関節も相当ダメージを受けていた。


 島本さつき博士もまだ深刻そうな顔だ。

 「補給はどうすべきかしらね……」

 久遠馬介はしばし上を向いて考え込んだ末に言った。

 「余裕はありそうですから応急処置を先に済ませましょう。同時にやると予期せぬアクシデントが起こりますから。なにもかも初めてづくしだから、無理は禁物です」

 「そうね……」

 健太たちパイロットが地上レベルに降り立った。すぐさつきたちの姿を認め、こちらに歩いてきた。そのうちの一人、若槻礼子が一人抜け出して小走りに近寄ってきた。

 「ひと悶着ありそうだ」久遠が呟き、一歩後退した。

 「島本博士!」

 「はいはい、よくやってくれたわね……」

 「とぼけたこと言わないで!いったいわたしになにをさせたのよ!冗談じゃないわ……!」

 「とぼけていませんよ。あなたの適性は見抜いていたわ」


 健太は途方に暮れていた。なにが何だか分からないうちに事態は終わっていた。だというのに若槻先生がいつもの温厚な態度をかなぐり捨てて腹を立てている。

 (まあ無理もないけど……)


 「ねえねえ」

 二の腕をうしろからつつかれて健太は振り返った。まるっきり子供らしい女の子がいた。健太とおなじデザインのパイロットスーツを着ているからにはエルフガインのパイロットと思われた。

 髙荷マリアは離れたところに退屈そうに突っ立っている。もう一人、やはり年下と思える女の子がいる。

 エルフガインのパイロットは健太以外全員女性なのか。

 (なんてこった!)

 「ねえ自己紹介。わたしは近衛実奈だよ!浅倉健太くんでしょ?」

 「ああ、うん……」

 「浅倉さん、初めまして」

 近衛実奈より少し年上と思われるショートボブの女の子が丁寧にお辞儀した。

 「二階堂真琴です。よろしく」

 「実奈もよろしくね~」

 「お、おう!」健太はまごついた。年下の女の子なんてどう接すればいいのかまったく分からない。


 やり合っている女性ふたりを避けて久遠がやってきた。

 「おまえさんたち、よく頑張ったな。実奈ちゃんも二階堂さんも、髙荷もな」

 髙荷がようやく口を開いた。

 「もう解散していい?ミーティングはひと息ついてからで構わないでしょう?」

 「ああ」久遠はちらりと島本博士のほうを伺った。「……いいよ。お疲れ様」

 「実奈ちゃん、真琴ちゃん、行こう」

 「うん!クリームソーダ飲もう!」


 解散と言われても健太はどうしたらいいのか見当も付かない。所在なくその場を去ろうとしたら、久遠に肩を掴まれた。

 「おっと、おまえさんはもうちょい待ってくんな。あと……」ふたたび島本博士の様子を見ると、顔を真っ赤にした礼子が足早に立ち去るところだった。

 「あーあ、行っちゃったか……」久遠は短く刈り込んだ頭を搔いた。

 さつきは久遠に向かって悪びれた様子もなく肩をすくめた。

 「怒ってるようッすね」

 さつきは白衣のポケットに両手を突っ込んでのんびり健太の傍らに歩いてきた。

 「まあ少し様子を見ましょう。……浅倉くん、お疲れ様。初陣なのになかなかだわ」

 「そりゃどうも」だまし同然で健太を巻き込んだ相手の賞賛を素直に受けられず、健太は素っ気なく応じた。

 「さっそくなんだけど、あなたが倒したエネミー01のパイロット、無事だったみたいよ。そろそろ連行されてくる頃だけど、見に行く?」

 「えっ……」ついさっき、激昂してめちゃくちゃに破壊した敵ロボットをまざまざと思いだした。

 あの破壊でパイロットが無事だったとは。

 いやそもそも人間が乗っていたなんて考えもしなかった……。


 健太はなんとなくホッとしている自分に気付いた。さつきに向かって頷いた。

 「見たいです」

 さつきは口元を大きく笑み拡げた。「勇気あるじゃないの。それじゃ、久遠くん?」

 「こっちだ」

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