第16話 「主審」


 「やったか!」


 防衛省の地下室でだれかが呟いた。官僚たちが椅子から尻を浮かせ画面に身を乗り出した。

 「やっつけたな?そうだろう?」

 官僚たちはおお、とため息を漏らし、まばらな拍手が起こった。


 天城塔子は黙って画面を見続けている。自衛隊関係者にとってはなにも終了してはいない。

 果てしない事後処理、検討会という名の反省会、そして罪のなすりあいが控えている。とくに敵を上陸させてしまったことについてはだれかが重い責任を押しつけられるだろう。

 とはいえ、この戦争にはひとつだけ良いことがある。勝敗がじつにはっきりと、迅速にジャッジされるということだ。


 「おい見ろ!始まった」だれかが呟いた。

 モニター画面は停止したエネミー01とその側に立ちすくむエルフガインを捉えていた。破壊された敵機の頭上に光が差し込んだ。カメラが後退して二体のロボットとその周囲まで映した。エルフガインの頭上二〇〇メートルほどの高さに三個の多面体が出現していた。

 「うわっ……あれまじで……UFOなのか?」


 夜の帳が落ちようとする空の一遍が突然明るくなり、健太はエルフガインを思わず後退させた。


 「なんだ?なにが起こってる?」

 『落ち着け、心配ない』

 光の中に三個の多面体が浮いていた。ふたつのピラミッドを底辺でくっつけたような形だ。それが三個、大きさはよく分からないが二階建て住宅ぐらいはあるだろう。

 「落ち着けったって、なんなのアレ?」

 『たぶん……「主審」ジャッジだろ』

 答える久遠の声はためらいと投げやり感が滲んでいた。


 主審。

 メディアが唱えている新しい宇宙人地球飛来説にかならず登場する名前だ。コンビニ売りの本から夏のUFO特番まで、あらゆるところで議論されている異星人の呼び名。


 グレイとかレプティリアンなんて宇宙人は、根底にじつは存在なんてしてないという共通認識があるからこそ無邪気にいる/いないの議論ができるものだ。つまり娯楽に過ぎない。

 「主審」も同系列に語られるべきものであって、実在しているなんて言われても困惑するしかない。

 破壊されたエネミー01の残骸から、まばゆくエメラルドの光を放つガラス片のようなものが浮き上がった。


 さつきが言った。

 「バイパストリプロトロンコアの破片だ……」


 その破片が三個の多面体のちょうど中心に掲げられると、ひときわ光が強まって、破片が完全な球体になった。

 「カナダのコアが破片に呼応して現れたんだわ……」


 島本博士の言葉に、その場にいた誰もが息を呑んだ。あれが本当にカナダから引き寄せられたのなら、瞬間移動ということになる。

 球体の輝きが薄れてゆく。

 光の減退とともに、表面に四角い模様が浮かび上がった。驚くべきことにそれは国旗だった。カナダ国旗。

 バイパストリプロトロンコアの性質はいまだすべて解明されてはいないが、それが生物的性質を有していることは知られていた。コアのそれぞれにDNAと似たような固有波動があり、それがコアの所有者を規定する。ご丁寧にもコアの内部には国旗のビジュアルデータまでが収められているらしく、それでコアの所有先は一目瞭然になってしまう……どの国が勝ち、負けたのかもじつに分かりやすく明示されてしまうわけだ。

 コアの表面からカナダ国旗が揺らめいて消え去り、変わって日の丸が現れた。


 いまごろ、太平洋に隔てられたかの国では、バイパストリプロトロン反応炉がすべて停止しているはずだ。国内消費電力の九〇パーセントを瞬時に失ったのだ。大停電。

 久遠は歯を食いしばり、カナダ全土がパニックに陥る様子を想像した。この戦争は、勝ち負けも明確なら負けた側のペナルティーもはっきりしている。


 所有者を変えたコアが、ゆっくり地面に降下し始めた。

 「浅倉くん、受け止めてちょうだい」

 『りょ、了解』

 エルフガインの両腕がコアに差し伸べられた。直径五メートルほどの球体を巨大な鉄(まあ八割は超硬質プラスチックとカーボンコンポジットの塊だが)の拳が受け止めた。

 


「終わった……」

 健太は汗だくの額をぬぐった。全身汗まみれだが、へんてこなスーツのクールドライ機能が働いているおかげで不快ではない。その場にへたり込みたいところだったが、変型したパイロットシートにくくりつけられなかば宙づりとなっていてはそうも行かない。


 『浅倉くん……無事ね?』

 「え?博士……はい、なんとか……」

 そこで健太はずっと忘れていたことを突如思いだした。

 エルフガインに乗っているのは健太ひとりではない。

 「そっそうだ!若槻先生は無事なんですか!?ほかの……髙荷は……?」

 「あなたより元気だから安心しなさい」


 そう言われても気が気ではない。オンライン回線をチェックしてぎょっとした。パイロット回線はずっと繋がっていたのだ。

 なんで戦っているあいだみんな黙っていたんだ?

 髙荷あたりは口汚く罵りそうだったのに……礼子先生だって悲鳴ひとつあげなかった。

 黙り込んだ健太の疑念を感じ取ったか、島本博士が続けた。

 「あなた以外の四人は、合体後は耐圧ジェルが充填されたカプセルの中に封じ込められてた……だからたとえゼロ距離で原爆が爆発しても大丈夫だったの。じつのところ、エー……彼女たちは戦闘中、エルフガインを動作させる重要な役割を担っていたのよ。きわめて繊細な動作入力をシステムに伝えるという、大切な役割よ。なんでだれもひと言も喋らなかったのか不思議に思った?それはみんな眠ってたからよ……エルフガインを円滑に動かすために脳を使わなければならないから」

 「それってつまり……先生たちは、部品みたいなものだっての……?」

 なるべく穏便な説明を心がけたつもりだったが、健太は本質をずばり捉えていた。声に幾ばくか嫌悪感が滲んでいた。

 「まあ……そうね」さつきはしぶしぶ認めた。

 弁解口調で続けた。「近いうちにシステムドライヴァーも意識を保ち続けられるようにする予定だけど、いまのところあなた以外はみんな眠ってたの」


 想像してたよりシビアなメカなんだ……。


 健太は改めて疲労感を覚えた。本物の死闘に打ち勝ったという実感が沸いてきた。

 アドレナリンを燃焼し尽くした身体が虚脱状態に陥りかけていた。


 「それはともかく」健太はぼんやり水分補給用のストローでもないかと辺りを見回しながら言った。「このロボからどうやって降りるのか知ってる?」


 エルフガインが山の中腹の巨大な穴に収容されてゆく。分割されたメインモニターがその様子をさまざまな視点から捉えていた。

 土台がしっかりしていない建造物を特大のエレベーターで地下に降ろすのだ。普通の土木作業であれば数日かかりそうだが、建造物自体が勝手に歩いてバランスをとり続けるので、非常に手早いが、そのぶん危険な作業になる。マスコミがだんだん大胆になって距離を詰めてきたので急がなければならなかった。


 「ぶざまな戦いだったけど、とりあえず勝てて良かった」

 「結果オーライですよ。次の出撃ではもう少しましになりますよ」

 「健太くんたちを鍛えてくれる?」

 「やりますよ」そして付け加えた。「面倒くさいけど」

 「よろしくね。さて……それでは戦士たちをちょっと出迎えてこようかしら」


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