第15話 決着


 健太は剣を構え、エルフガインを突進させた。


 三㎞の距離をわずか十五秒で縮めた。勢いを保ったままエルフガインの右腕を大きく振り上げ、エネミー01の球体面に斬りかかった。だがエネミー01はその瞬間を見計らったように横に動き、なにかストロボのような鋭い光線を浴びせかけた。

 モニターの遮光機能が追いつかず健太は目がくらんだ。エルフガインのソードがなにもない山の分水嶺を叩きつけ、5メートルあまり突き刺さった。

 「くそったれが!」

 健太は涙でにじんだ目を袖でぬぐいながら、エルフガインを敵に向けた。

 エネミー01の触手がエルフガインの左腕に絡みついた。エルフガインが左手首をひねって触手の束を掴んだ。


 健太は戦闘で逆上せあがった頭の隅で「おや?」と思った。

 先ほどからやや違和感を覚え続けていたのだが、健太の操縦は歩く/走る/方向/旋回といったごく単純な入力を行っているに過ぎない。残りの複雑で微妙なニュアンスの動作は、コンピューターが補足しているのだろうか……。

 それにしても、あまりにも健太のイメージ通りに動く。


 スロットルを引くと、エルフガインは左手に掴んだ触手を引っ張り始めた。取っ組み合いになると機体コントロールシステムが歩行移動系のコマンドから上半身の動きに切り替わるらしい。敵との相対距離によってコマンド入力が変わるのは格闘ゲームのような感じか。

 あれこれ考えながらも身体は勝手に動いていた。なんせタコみたいな化け物と取っ組み合いの真っ最中なので必死だ。

 エルフガインがちょっと動いただけであたりはもうもうたる粉塵が立ち昇る。これは予想していなかった。

 目視だけに頼っていると簡単に目前の敵を見失いそうだ。だからといって視界が晴れるまでじっとしてはいられない。

 健太の両足と連動しているサーボ機構付きのフットアシストを踏み込むと、エルフガインがエネミー01の半球面に片足を踏ん張り、触手を何本も引きちぎりながらようやく身体を離した。そのまま後ろ向きにジャンプした……エルフガインの背中と足の裏に仕込まれたジャンプロケットが点火して、9600トンの機体が浮き上がった。

 「うおッ!」

 一気に高度300メートルまで放り上げられて健太はびびった。

 しかし子供の頃に覚え込んでいた反射動作はこんなときも勝手に発揮され、左手はトラックボールを転がして武器をセレクトしていた。

 背中の四連装キャノン……バニシングヴァイパーとヤークトヴァイパーに装備されていた大砲だ……が肩口にせり落ち、バイパストリプロトロン粒子を纏った砲弾をエネミー01に叩き込んだ。立ち上がろうとしていた敵がふたたび山の中腹にくずおれた。

 ジャンプロケットがふたたび咆吼してエルフガインは地面に――比較的――ふわりと着地した。

 『飛び退きざまに一発叩き込むとはやるな坊主!敵はグロッキーだ!だがこれからは距離を取れ。やつは自爆する可能性がある」

 「じ、自爆ぅ?」

 『よく聞け、チェーンネットをセレクトしろ。そいつを叩き込んでやつを地面に釘付けにしやれ』

 健太はただちに言われたとおり武器をセレクトした。

 エルフガインが左腕を持ち上げてまっすぐエネミー01に向け、袖の内側からミサイルを発射した。ミサイルは五本の鉄杭に分かれ、回転しながら極細のチェーンネットを展開した。鉄杭はエネミー01の周囲に打ち込まれ、半球ひとつをチェーンネットで覆って地面に釘付けにした。健太はさらに二発のチェーンネットを打ち込んでエネミー01の動きを完全に封じた。


 「やったよ!」

 『よっしゃ!』

 「ンで、次はどうする?」

 『メインモニターの視覚モードをニュートロン検出に切り替えろ』

 健太がそうするとモニター上の景色が一段暗くなった。

 もとより夕闇が迫ろうとしていたが、モニター画面はデジタル補正が施され昼間のようになっている。それが暗褐色のフィルターをかけられたようになり……画面の中心に捉えられたエネミー01は緑色のシルエットとして浮かび上がっていた。

 その中心部が白熱したように光り輝いていた。

 『見えるよな?やつの一部が光り輝いているだろう?そいつが反応炉……やつの動力源だ。その部分をロングソードで貫け!』

 健太はエルフガインを慎重に前進させた。

 「爆発したりしない?」

 『大丈夫だ。派手な火花が散るだろうが、反応炉をぶっ壊しても誘爆はしない……急げ!』

 「やったるわあぁぁぁぁ!」せかされて健太は思わず絶叫した。

 エルフガインを走らせてふたたびエネミー01との距離を一気に詰めた。

 「うらあッ!」

 敵が繰り出してくる触手をソードで薙ぎ払った。

 エネミー01は巨大なふたつの半球を高速で回転させはじめた。その半球の縁にはぎざぎざのチェーンソーが仕込まれていて、忌々しいことに健太が放ったネットを切り刻んで自由になろうとしていた。さすがに往生際が悪い。

 力任せにソードを振りかざしているうちにだんだんヘタってきた……ソードを保持する単分子繊維の基部が壊れたのだ。ばらばらの白銀に戻ったソードをパージした。

 高速回転するチェーンソーが迫ってくる。

 「うざってェんだよっ!」

 ハニカム構造の球体表面を何度も殴りつけた。だが球体の裏側に生えている触手がショックアブゾバーの役目を果たしているためたいして効かない。

 球体の裏側に腕を差し込んで持ち上げた。恐ろしげなチェーンソーが健太の乗る頭部のすぐ側をかすめた。

 「ひっくり返っちまえ!」

 球体を一気に裏返した。とたんにミサイルの束がエルフガインに叩き込まれた。炸薬の少ない対空ミサイル、それにゼロ距離だったために爆発はそれほどでもなく、エルフガインの装甲はほぼノーダメージだ。

 しかしモニターいっぱいに炸裂する爆発を見た健太は、物理的衝撃と共に少なからぬ精神的衝撃を受けていた。

 相手に撃たれたのだ。健太を殺そうとする明確な意志で。

 拳銃で撃たれた人間もこんなショックを受けるのだろうか……その瞬間健太が感じたのは、思いもよらない理由でだれかに文句を言われたときみたいな、はっとするような驚き……

 そして猛烈な苛立ちだった。

 血中に大量のアドレナリンが溢れた。


 このくそ野郎吹き飛ばしてやる!


 それは実際には思考というよりは、言葉にならない白熱した光だった。我を忘れるとはこういうことか。だらだらした高校生活ではついぞ経験したことのない激しい怒りだ。

 冷たい怒りに突き動かされるままエルフガインを操り、脆弱な球体の内側を殴り、メカニズムを引きちぎり、さらに殴り続けた。

 ゲームと違ってどこが弱点なのか簡単に見当が付かない。それがさらに苛立ちを増幅させた。こいつはどうすれば死ぬんだ!


 『坊主、もういいぞ』


 静かな声をかけられ健太はぎょっとして我に返った。

 ようやくチェーンソーの回転が止まっていることに気付いた。

 久遠の声は腹が立つほど平静で、それがかえって良かったのだろう、健太は一気に熱が冷めるのを感じた。


 エネミー01は機械のはらわたをさらけ出した残骸に変わっていた。


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