第13話 世界情勢っぽいなにか
関東圏移住優遇政策と同時に、政府は政府機能の一部移転も実行していた。それで現在防衛省は愛知県に居を移していた。
県庁と名古屋市庁舎が隣接する通りの向かいに新造された十二階建ての省舎、その地下八階の会議室。モダンな艶のある黒い壁で統一されたその部屋に十二人の政府関係者が詰めていた。半分は制服組、残りは関係省庁から派遣された次官級だった。
楕円形の大テーブルを囲んだ面々は、壁の一角を占める巨大モニターのマルチ画面を食い入るように見つめていた。
「たまげたな。本当にその、合体、……というのか、したようだ」
「しかしあんなの動けるのかねえ」
喋っているのは背広組だ。スマホやミニノートも眺めつつ落ち着きがない。
制服組は腕を組み、黙って中央の画面だけを見つめていた。エルフガインコマンドから送られてきたライブカメラの映像だ。
マルチモニターはほかにNHKのニュースと民放の臨時放送を映している。情報作戦室から送られてくるインターネットの抽出情報も画面隅にスクロールしていた。
政府がいまのところ声明を発表していないため、報道番組は事実関係だけを繰り返している。しかしネットワークによれば、大衆はだいたい正確に現状を認識しているようだ。
「ほんとうに、〈ゲーム〉が始まっちまったのかね?」
「いや……事実確認はまだなので」
「とにかく総理が二の足を踏んでるというなら、せめて官房長官か防衛大臣あたりが声明を出すべきじゃないか?」
「それがねえ……ちょっと愚図愚図していてね。テレビ局が「専門家」を呼んでつまらないコメントさせる前にしたほうがいいんだけどねえ」
「バイパストリプロトロンと浅倉博士について、マスコミやネットはまだなにも?」
「キーワード検索にも引っかかってない」
「案外鈍いな」
「なあに、国民は生活が上手く回っていりゃ、石油で回っているのか得体の知れないエネルギーで回っているのか気にしやしないよ。フクシマのあとでさえそうだ。要は「放射能」とか「環境汚染」ってマジックワードがなきゃ注意を引かない」
制服組の一人が鼻を鳴らした。しかし背広組は気にしていないようだ。
制服組は四人が陸自、一人が空自、もう一人が海自の連絡将校だ。エネミー01の攻撃対象がおもに土の上だったため、今回は陸上自衛隊が大人数を割いている。
「天城さん」背広の一人が陸自のひとりに声をかけた。
「なんでしょう?」
「コマンドからの報告だがね、敵はカナダではないかという分析、ありゃあ本気なのかい?」
「現在、あの戦闘車両……ヤークトヴァイパーが撃墜した無人機を回収しています。分析を急がせますが――」
「うん、それ急がなきゃならんでしょう。だけどね、たとえカナダという結論になったとして、それは受け入れがたいんじゃないかなあ……」
(だからなんだというの?)
陸上自衛隊中央即応部CTC(カウンタータクティカルコマンド)の
気に入らないなら敵を別の国に変えられるというのか。政府が公式声明を出し渋っているのは、敵はカナダでしたと国民に伝えるのが嫌だからなのか?
塔子自身はエネミー01がカナダ製ではないかという島本博士の報告が妥当だと思っていた。このおぞましき未来戦争の、目を背けたくなるような面が早くも露出したに過ぎない。
「はやく慣れるべきでしょうね……このゲームでは敵は思いもよらないところからひょっこり現れると。我々は台湾を味方に付けているだけ恵まれているのです。敵の如何によらずできるだけ早く、国民を安心させるコメントを出すべきでしょう」
分かりきったことをわざわざ告げる精神的疲労を感じながら、とにかく言った。とはいえ政府が今回も後手に回り、結果的に批判を浴びるだろうとは、塔子も、この背広組でさえも承知している。
八年前、バイパストリプロトロンが世界にもたらされたとき、それが異星人からもたらされたという事実をいまだに伏せているのだ。
そのことに幻滅したのは彼女だけではない。
その重大な事実は、世界中の国家政府が示し合わせて機密とされた。このときばかりは驚くべき協調性を発揮したわけだが、それは面倒ごとを後回しにしたいというきわめて官僚的思考の結果だ。
超エネルギーバイパストリプロトロンはそうして、出所を伏せたまま世界に普及した。厳密に言えば普及したのではない……ある日突然、ブルーに輝くエネルギーコアが40あまりの国に出現したのだ。G8、それにくわえてある程度発展した、一定の人口を有した国にだ。
そしてその使い方をいち早く見抜いたのが若き天才浅倉澄佳博士だ。
多くの人々がバイパストリプロトロンを開発したのは浅倉博士だと勘違いしているが、その誤解は放置されたまま現在に至っている。
とにかく浅倉博士はコアからエネルギーを取り出す方法を見つけた。
そしてその技術を独占しようとする日本政府の意向を無視して世界中に拡散した。
ひとつの国にたった一個のバイパストリプロトロンコア。それだけで一国の消費電力すべてがまかなえる。
もう電気を生み出すために石油や石炭、ウラニウムを燃やしたりダムを造る必要はなくなった……。
恐るべきエネルギー革命。
世界経済に与えた打撃はだれも想像できないところまで及んだ。とくに「大損をこいた」のはアメリカ合衆国、EU、中国、それに日本など、先進国だ。
従来型のエネルギー産業がすべて用なしになり、大量の失業者が路頭に溢れた。
反面、電力はほぼ無料となった。
日本はその経済的混乱からようやく立ち直ったところだ。
浅倉澄佳はその混乱の大罪人扱いされるどころか、その後およそ五年間にわたり日本を引っ張る影のリーダーとして君臨した。たしかに大勢に恨まれていたが、改革者とはそういうものだろう。
いっぽうで世界の大半を占める経済後進国や貧困国にとって彼女は英雄だった。
日本国内では、バイパストリプロトロンからもたらされる無限の電力の管理を旧電力会社に任せ、ちゃっかり「電力消費税」を徴収させることで企業の反発を最小限に抑えていた。それでも電気料金は一/三以下に下がっていたが、本当は無料なのだ。
大量に電力を消費する他企業……たとえば製造業や鉄道会社などには
世界中が恩恵を受け、この惑星は平和になると思われた……。
ところが、浅倉澄佳暗殺事件によってすべてが暗転した。
「反バイパストリプロトロン」を掲げるテロ組織の存在、そしてなかば公然の秘密と化した異星人説――もとより関わっていた人数が多すぎて機密扱いなど無理もいいところだったのだが――浅倉澄佳の乗った飛行機が太平洋上で撃墜された日からまもなく、妙なメールが世界中の電子端末に送信された。
そのメールにはある〈ゲーム〉のやり方と、ルールが記されていた。
差出人は
〈ゲーム〉の内容は恐るべきものだった。すなわち――
世界中に存在する四十個のバイパストリプロトロンコアをひとつにまとめよ。
さすれば地球人類に新たな道が開かれる。
戦ってコアを奪い取り、次のステージに備えよ。
馬鹿馬鹿しいと一笑に付されてもおかしくはなかったが、パラノイア的思考を常とする各国首脳部にとってはそう簡単には片付けられなかった。
だいたい現存するアカウントすべてにメールが一斉送信されただけでもじゅうぶん脅威であり、夜も眠れなくなるほどだった。
いったい「次のステージ」とはなんだ?
西欧諸国の伝統的な疑心暗鬼が頭をもたげた。突如もたらされた都合の良すぎるエネルギー源、その正体はいったい何なのか?ひょっとしたら我々はとんでもないブツを掴まされたのではないか?
日本人に陣頭指揮を執られて面白くない米国やロシアが、反バイパストリプロトロンのネガティブキャンペーンに油を注いだ……。
たった三年間で世界は新しい冷戦構造に突入した。
日本は昨年から事実上の鎖国体制を取り、シーレーンを守るために最小限の国と友好関係を保っていた。
鎖国状態は米国も中国も、ロシアやドイツ、フランスやインドも同様だ。
EUは解体され、国連もなかば機能しなくなり、バイパストリプロトロンの電力供給以上の使い途を自力開発できなかった国はコアを大国に捧げ、その従属国として庇護される道を選んだ。大使館は閉鎖され、ワールドウェブも遮断され、国外滞在者は自国に帰還せざるを得ない状況だった。
異星人の目論見どおり、バイパストリプロトロンコアの独占が世界を制す、という恐るべき考え方が世界的共通認識となっていた。
新冷戦は新たな帝国主義のはじまりであった。ゼロサムゲームが大好きな強国の意向が蔓延り、とくに浅倉博士によって従来の基幹産業を叩きつぶされた米国は張り切っていた。かの国ではニューパールハーバーをかけ声としているという。
バイパストリプロトロンはその特性として送電ケーブルが無くても供給可能だった。専用反応炉さえ据え付ければ、その中にバイパストリプロトロン粒子が出現する。理論的には距離に関係なく反応炉は稼働する。つまり、船や航空機、あるいは宇宙船、反応炉の小型化に成功すれば自動車さえ動かせる。事実、あの巨大ロボットはそうして稼働させているのだ。
日本的におおらかな言語感覚で、バイパストリプロトロンエネルギーで動くマシンをヴァイパーマシンと呼称した。
バイパストリプロトロン反応炉はたんに電力だけではなく、爆発的な推進エネルギー、さらに高度なフィールドエネルギーを供給する。装甲板や可動部品に一種のエネルギーコーティングが施され、きわめて頑丈になる。自衛隊が装備している従来型兵器では対処困難なほどに。
あの巨大ロボットには浅倉澄佳のひとり息子が乗っているという。
およそ二年にわたってパイロット選定が行われ、自衛隊からも多くの候補者を提供したが、結局島本さつきは第一候補に立ち返った。元からそのつもりだったとしたらあの女らしい。残りの四人も自衛隊カラーを払拭して、島本さつきはすべての責任をひっかぶるという意思表示を示した。
(いいでしょう)塔子は独りごちた。
浅倉博士から密かに知らされていたもうひとつの〈ゲーム〉がついに始まってしまったのだ。
塔子は巨大ロボを操縦している少年に思いをはせた。
(母上と同じく権威筋に背をそむけ、やって見せて)
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