第二章『世界じゅうが敵!』

第12話 スーパーロボット起動


突然の静寂に包まれ、健太は身動きひとつせずにいた。

 静寂と言ってもあちこちから金属のきしみや、怪物の咆吼じみた油圧ダンパーの伸縮音が伝わってくる。

 パイロットシートが立ち上がり、健太を直立させた。

 ストライクヴァイパーの胴体が左右に開き、人間の顔をカリカチュアしたようなステレオセンサー集合体がせり出した。

 メインカメラが起動すると同時にコクピット全体が伸縮して、モニターがひどく鮮明な百八十度の視界を得た。


 (エルフガインだ)健太の鼓動が早鐘を打つ。(本物のエルフガイン)

 ELV―GYNN―XB2000。子供だった健太はシミュレーターの外郭に記された記号から勝手にそう呼んでいた。

 それがいつの間にか正式名称になっていたらしい。


 合体したエルフガインは予備動作テストに移っていた。

 両足を広げて足場を確かめるように踏みならし、膝を曲げて腰を落とした。両腕を大きく左右に持ち上げ、片腕をまっすぐ前に、もうかたほうの腕を腰だめに構えた。二階建て家屋一軒ぶんもありそうな拳を開き、閉じる。

 巨大な関節はそれだけで轟音を発した。


 全高80メートルの高所から臨んだエネミー01はすぐそばと言ってもいい距離だ。

 エネミー01は穴から這い出していた――文字通り、這い出している。

 球体がふたつに割れ、割れた面を下にして穴から持ち上がっていた。球体の中から触手みたいなものがウジャウジャ沸きだしていた。その触手がふたつの半球を持ち上げているのだ。



 「敵もなかなかやるわね……」島本さつきが賞賛と口惜しさの入り交じった口調で言った。

 マッドエンジニアとしての感想だろう、と傍らに立った久遠は思った。ひょっとしたら変型合体は島本博士……と、故浅倉博士の専売特許だと密かに胸を張っていたのかも知れない。

 「博士、呑気に言ってる場合じゃないッす」

 さつきは久遠にちらりと顔を向けた。「合体が終わった。わたしは成すべきことをしたわ。ここからは戦い。あなたが音頭を取る番でしょう」

 「そりゃそうなんですがね」

 久遠は認めた。


 久遠馬介くどうばすけ、陸上自衛隊二尉。

 彼の役割は統合幕僚本部との連絡係ともうひとつ、エルフガイン戦闘作戦が始まったらその陣頭指揮を執るという役目を申し遣っている。

 だがしかし、いくら陸上自衛隊きってのプロフェッショナルといえども、スーパー兵器同士の戦いなんて皆目見当が付かなかった。

 さすがに故・浅倉澄佳博士のプロジェクトだけあって予算は潤沢だったから、久遠はなかば趣味として私的シンクタンクを設立し、知り合いの理系やアニメ脚本家やらを招いて来たるべき未来戦争を考えさせた。

 だが正直言って……久遠はこんな戦いが起こると本気で信じていなかったのだ。

 今日の今日まで巨大ロボットがほんとうに出現するとさえ思っていなかった。


 エルフガインコマンドに出向して三年あまり経ち、自衛隊とコマンドのあいだで過ごすうちに数々の特権情報に接し、トップの政治的しがらみや優柔不断を知って幻滅しもした。それでも古巣に対する信頼は保ち続けていた。


 しかし博士の言うとおり、正体不明の敵に対してこの国の防衛体制はザルだった。

 エネミー01の上陸をみすみす許したのは自衛隊上層部と一部政治家に違いない。結託してエルフガインコマンドを失敗させようと画策した結果だ。

 鉄壁の守りもくだらない一部連中の小細工で台無しになる。まじめに祖国防衛の任に就くものすべてに対する、許し難い裏切りだった。


 島本さつきは言った。

 「久遠くん、わたしだってちゃんと協力するわ。偉い人たちの思惑やらなにやらは忌々しいけれどわたしはべつに気にしていない……正直言って気にする価値もないくらいに思ってたの。浅倉博士の方針通りにね。あなたもあの子たちをサポートに専念して」


 確かに、あの坊主……浅倉健太の母親はすごいひとだった。

 どうやってか日本のトップと話を付け、とんでもない影響力を発揮して埼玉県全域を広大なコロシアムに変えてしまった。

 あくまで噂だが、政治家や財界人の弱みをたくさん握っていたという……。実際に会えなかったのが残念だったが、久遠が配属されたとき、ここは失ったものの大きさから立ち直ろうと右往左往している最中だった。

 島本博士もなかなか大人物だが、浅倉澄佳ではない。しがらみなど気にしないと言っても、しがらみのほうはいずれ彼女ににじり寄ってくるはずだった。

 「分かりました」

 (よし、今回ばかりはあの子供たちに賭けよう)

 五人中四人が未成年で、二人は素人。そんな寄り合い所帯にこの国の将来を託さねばならないとは情けない限りだが、マリアや真琴ちゃんたちにはそれなりに思い入れもあった。本当は戦わせたくないが、せめて勝たせ、生還させるために全力を尽くす。


 (もとより悪目立ちが過ぎて古巣でのキャリアはあきらめたも同然だ。ならせめてここでこの国を救ってやるさ)

 久遠はいつしか口元に笑みを浮かべていた。



 関東平野はバトルフィールドだった。

 これは来るべき新しい戦いに備え用意されたものだ。戦略上敵はこのあたりに来ると想定されたのだ。そのために三年かけ、移住優遇政策という名のもと大規模な疎開が行われた。

 しかしそれは機密保持観点によるものではなかったので強制力はなく、いまや近隣住民が二体の巨大ロボット兵器の出現を目の当たりにしていた。マスコミのカメラの砲列はともかく、無数のスマホのカメラが、対峙する二体の巨人を見守っていた。

 全長80メートルの巨体は、20㎞離れた高所からも眺めることができた。


 「なにが起こっているんだ?」

 だれもがそう思っていた。


 「戦争が始まったらしいぞ」という噂はネットと携帯電話によって瞬く間に広がり、多くは半信半疑でニュースを注視した。

 何らかの信憑性のある情報はメディアによってもたらされる……その点は長年のマスコミ不振にもかかわらず変わらない。詰まるところいざとなると情報源はそれだけなのだ。

 だが、いまや数十万人が直接、なにが起こっているのか目の当たりにしていた。


 陽光が山のあいだに落ち、あかね色に染まった関東平野に得体の知れないマシンが出現した。しかし政府はいまだ沈黙していて、国民に向かって状況を説明しようとしない。

 だれも実在しているとは思っていなかったもの……人間の形を模した巨大なロボットが、群馬方面から来襲した敵と戦おうとしている。大量のツイートと添付画像がネットワークを駆け巡り、そんなストーリーが組み立てられていた。


 巨大なボールが「敵」であり、街をいくつも破壊したことは知れ渡っている。ならば、何機かの兵器と見られる乗り物が合体したあの巨人は「味方」なのではないか。

 だれかが「マシンは越生あたりから発進した」と証言した。べつのだれかが「マシンの胴体にはたしかに日の丸が描かれてる(だせえww)」と証言した。それらは確証が無く、あの巨大ロボットが味方であるという説は願望以上のものではなかった。

 人々は固唾を呑んで成り行きを見守っていた。

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