第11話 合体のとき!!

 

 バニシングヴァイパーが機首を下げ、ぐんと高度を落とした。巨大なのに軽快な運動性だ。

 尻が浮く感覚に健太は思わず息を呑んだ。やはりシミュレーターとは違う。石よりも固い塊に乗ってものすごい勢いで落ちてゆく、生理的危機感を覚える感覚だ。

 シミュレーションと違うといえば、健太がむかし経験したシミュレーションではあんなかたちの機体ではなかった。それにコンピューターではなく生身の人間が操縦しているのだ。

 (母さんがあれを作ったっていうのか?)

 およそ一年間、浅倉澄佳は土日になると息子を研究所に連れて行き、シミュレーターで遊ばせた。小学校高学年だった健太は研究用の機材だろうとうすうす気付いており、初めのうちは自分が遊びに使って良いものなのかと心配したが、だれもやめろとは言わなかった。

 シミュレーションは日ごとに複雑化して難易度が上がったが、どんなゲームよりもリアルで面白かった。健太は子供らしい柔軟さで次々と「ゲーム」をクリアした。


 いま、本物のストライクヴァイパーが健太の操縦に従って、先行するバニシングヴァイパーの斜め後方にぴったりと追走していた。急降下しながら速度を増している。雲を割り、武蔵野の盆地が眼前に迫った。高度1500メートルを割るとモニター画面の下半分がデジタル地形マップに切り替わった。

 画面の中心にあの巨大ボール……エネミー01が居た。

 健太は髙荷マリアの意図を察した。合体のための時間を稼ぐ、と言っていた。

 当然だ。

 健太の指がコンソールを探り、ステータスボードを表示させた。各ヴァイパーマシンの配置状況が分かった。ヴァイパー3がエネミー01と相対していた。その両翼、500メートルずつ離れてヴァイパー4と5が援護に就いていた。

 小さな丘を盾にして攻撃を加え、エネミー01の注意を散らそうとしているようだ。そして健太たちはそのエネミーの四時方向から接近している。髙荷が空からエネミー01に攻撃を加えようとしているのは確かだ。だけど相手はおそらくプロ。空からの攻撃はある程度予期しているはず。

 あのボールには対空防御兵器が装備されていると考えるのが妥当だろう……。

 この場合健太の役目は――

 (バニシングヴァイパーの援護だ!)

 エネミー01が転がりながらこちらに向きを変えた。

 『対空レーダー感知』コンピューターナビゲーションの女性音声が告げた。

 その球面の一部からまばゆい光が生じた。ミサイルが発射されたようだ。二発、四発……。その瞬間、健太はスロットルを叩きつけてバニシングヴァイパーの陰から躍り出た。

 耳障りな警報とともにナビゲーション音声が告げた。

 『ロックオンされました』

 「それで、いいんだよぉ!」

 健太は突然のGに食いしばった歯のあいだから声を絞り出した。急激に高度を下げ、回避旋回に移った。

 敵機が突然二機になったことでエネミー01は一瞬躊躇して、いわゆる棒立ち状態になった。

 バニシングヴァイパーはその隙を最大に利用した。主翼上面に背負った二連装砲が火を噴き、エネミー01の足元に着弾、地面を大きくえぐった。  

 健太はチャフをばらまいてミサイルをやり過ごしながら高度を上げ、その攻撃を目の隅で見た。

 「上手い!」健太と島本博士が同時に叫んだ。エネミー01が地面の穴にすっぽりと落ちていた。

 狂ったように回転して藻掻いているが、穴とボールの直径がぴったりだったためなかなか這い出せないでいる。

 島本博士の声が弾んだ。

 『チャンスよ!ヴァイパー全機フォーメーションに移行!』


 いよいよか。


 健太はふたたび高度を上げ編隊を組み直したバニシングヴァイパーと共に上空を旋回していた。つねにエネミー01を視界に収める位置を保っていた。

 礼子先生のヤークトヴァイパーはエネミーが落ち込んだ穴から二㎞、秘密基地寄りにいた。

 ヤークトヴァイパーの両隣にスマートな人間型ロボットが二体立っていた……ロボットだ!

 (すげえな)健太は目を見張った。(巨大ロボットが本当に実用化してる)あれが島本博士が言っていたヴァイパー4と5だろう。

 とはいえ……これからもっとすごいのが出現するわけだが。



 礼子は「敵」と目されている巨大ボールの一時的な行動不能に、ほっと胸をなで下ろした。

だがあくまで一時的に過ぎなかった。

 モニターいっぱいに「フォーメーションフェイズ」と表示され、同時に二体の巨大ロボットが――礼子はぽかんと見とれた。――礼子の乗るマシンの前に進み出て仲良く並んだ。

 高さ30メートル、九階建てビルほどもある巨体が、礼子の前で形を変え始めた。足が縮まり、両腕が折り畳まり、本当にビルのような形に変わってゆく。いや、ビルと言うよりは長靴か……。

 礼子を突然激しい震動が襲った。

 「きゃあ!」

 視界がものすごい勢いで前転した。マシンが前につんのめり、ついでに上昇している。絶叫マシンに無理矢理乗せられたときに感じたのとおなじ胃が下がる感覚。

 自分がスペースシャトルみたいにもうもうと煙を吐いて上昇するマシンの、その操縦席に座っているのだと悟った。

 (嫌!やめて!ちょっと待って!だれか止めて!)礼子は絶叫したかったが、恐ろしくて声が出ない。

 礼子のマシンはゆっくり、しかし着実に上昇し続け、何百メートルという高さでようやく停まった。

 そして落下し始めた。

 「いやーッ!」

 ズシン!猛烈な振動が下から突き上げ、礼子はシートから放り出されそうなほど揺すぶられた。シートベルトがなければそうなっていただろう。

 突然静かになったコクピットの中で、礼子は額に汗して震えながら、微動だにせずにいた。

 揺れている。

 礼子の三半規管が、マシン全体が不安定な土台の上に乗っかり、ゆっくり揺れていると告げていた。

 倒れる……礼子はシートの中で身をすくめた。下手に動けば本当に倒壊する、と思った。不気味なきしみが伝わってくる。

 (お願いだからこれ以上なにも起こらないで……!)

 そう願う礼子の、今度は頭上に、とてつもなく大きな物体が落ちてきた。



 バニシングヴァイパーが変型していた。音速手前の速度である。

 翼下のエンジンポッドが外側にスライドしながら後方に伸びてゆき、同時に二門の砲身が互いの間隔を狭めている。空力的に限界寸前まで安定性を失い、巨大な主翼のエルロンが狂ったように上下してなんとか失速を免れていた。

 ここがいちばん難しいところだが、もうほとんど航空機とは言えないあんな機体のパイロットを任されているからには、髙荷マリアは相当に腕利きなのだろう。

 バニシングヴァイパーが変型を終えると、健太はストライクヴァイパーを増速させて前に出た。慎重に機体をスライドさせ、バニシングヴァイパーの進路を塞ぐ位置に着いた。

 髙荷は気流の乱れでさらに機体コントロールが難しくなる。

 時速千㎞。ちょっと間違えば大惨事を招くが、それ以下の速度ではまともに飛ぶこともできなくなる。

 「位置に着いた!」

 『それじゃ、じっとしててよ!』

 健太はコントロールスティックを握る手を緊張させ、バニシングヴァイパーの接近を待った。

 旋回し続けている健太たちは、ふたたび残りのヴァイパーマシンが待機している地点上空に差しかかる。

 健太たちがドッキングをし損じれば、もう一周しなければならない……約二分間のロスとなる。致命的なロスだ。

 モニター上のサブウインドウに、接近するバニシングヴァイパーが映し出されていた。

 「よし……そのまま……」健太は呟いた。航空機とはとても思えない角張った姿がウインドウいっぱいに迫った。

 「そのまま、そのまま……いまだ!」

 健太はスロットルを倒し、エンジンカットした。

 推力を失ったストライクヴァイパーのエンジンノズルにバニシングヴァイパーの接合部が食い込んだ。

 二機の航空機がひとつになり、重心が狂ったせいで今度こそ本格的に空力安定性を失った。しかし次の段階では速度は必要ない。バニシングヴァイパーがスピードブレーキを開き、減速と同時に機体全体を急激に引き起こした。

 「ぐおッ!」

 健太は急制動につんのめり、膝から膨らんだエアバッグに衝突した。合体した二機のヴァイパーマシンは垂直に立ったまま空中に制止した。

 その姿勢のまま落下し始めた。

 健太の機体――機体だったものが、バニシングヴァイパー同様変型を果たしている。翼が折れ畳まれ持ち上がった機体後部が一八〇度回転して機体前部の腹面と重なった。バニシングヴァイパーとの接合部が引き寄せられ、健太のコクピットが水平位置に回転していた。

 『シンクロジャイロ安定』

 冷静な機械の声が告げた。

 バニシングヴァイパーの補助ロケットが点火して、猛烈な煙を吐きながらさらに落下した。

 真下には予備合体を終えたヤークトヴアイパーが待ち構えていた。

 『合体位置すべてグリーン。合体します。衝撃に備えてください』


 ふたつの巨大なマシンが接合して、総重量9600トンの物体が衝突する音が関東平野に響き渡った。

 


 「合体したっ……!」さつきが押し殺した声で呟いた

 発令所の大型モニターの中で、人のかたちになった五機のヴァイパーマシンが煙の中から姿を現した。

 

 全高80メートル、重量9600トン。

 その名はスーパーロボット〈エルフガイン〉!



           ――『終末ロボ☆エルフガイン』第一話 終――


――つづく!

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