第10話 フォーメーション


 健太もまた恐怖に満ちたウォータースライダーチューブの落下ののち、マシンのコクピットに収まっていた。


 動悸をおさえ唾をなんども嚥下してあたりを見回してみると、島本博士が言ったとおり、このコクピットには見覚えがあった。

 五年のあいだに細かいアップデートは施されていたが、本質は変わっていなかった。動かしかたは分かる。このまま発進させられそうな気がした。

 コクピット内部が明るくなり、まわりを囲んだ壁が突然透明になり、巨大な地下空間を映しだした。

 左手で巨大な戦車らしきものが、エレベーターごとゆっくりせり上がってゆく。戦車の手前には超大型の前進翼機が駐機している。それぞれ機体に「3」「2」と書かれていた。

 『浅倉くん、用意はいいわね』

 用意なんてぜんぜん出来ていなかったが、「はい」と応じるしかなかった。

 『ヴァイパー2の発進が終わったら、いよいよあなたの出番よ。およそ二分後にあなたのマシン……ストライクヴァイパーを発進させます』

 発進。出撃。

 健太はゴクリと息を呑んだ。時間の感覚が麻痺していた。二分間が永遠に続くような、一瞬で過ぎ去ったような気がして、島本博士の声がふたたび耳元で聞こえたとき、ほんの一〇分居眠りして何時間も過ぎ去ったときのような理不尽な気分を味わった。

 『浅倉くん、時間よ』

 同時にストライクヴァイパーがゆっくり前進し始めた。秘密基地の壁際に開けられたトンネルに向かっている。

 『これよりあなたは、地下のカタパルトから射出される。川崎方面に向かって射出されるから、空に上がったらまず高度と進路を確認して。ストライクヴァイパーは自動操縦で5000メートルまで上昇するわ。その後は同じく空に上がったヴァイパー2,バニシングヴァイパーと合流して』

 了解しましたとかなんとか言うべきか。軍人になったという自覚もなく、そんな応答には違和感を覚えた。

さつき博士は構わずあとを続けた。

 『あなたたちは二機編隊を保ったまま旋回して。その間にヴァイパー4,スマートヴァイパーとヴァイパー5,ミラージュヴァイパーが揃う。そのあとは……分かってるわね。シミュレーターで何度も経験したでしょう。あなたはそれが上手だった』

 「本当にやるんですか?その、シムじゃなくて、本物のマシンで、合体を?」

 『シミュレーターとはそのためのものでしょう?さあ、発進よ』

 「え?あ」

 『ああそれから』

 「はい?」

 『口を閉じて。カタパルトはほんの一瞬10Gになる。舌を噛むわよ』

 「10Gって……?」

 ストライクヴァイパーがリニアレールに沿って弾き出された。 


同じ頃、武蔵丘陵の国立公園から、二体の巨人が密かに発進した。

 密かにと言っても全高30メートルの巨体である。近隣住民のすべてがその姿に気付いたろう。

 ただし近隣住民がいれば、の話だが。

 武蔵丘陵一帯は埼玉でもっとも注意深く住民が移住させられ、ほぼ無人地帯となっていた。


 二体の巨大ロボットのうち一体は、バイパス道路に沿って移動した。もう一体は背中のジェットエンジンを噴かして上空にホバリングして、なにかを探すように旋回し始めた。

 「お姉ちゃん、見つけた」

 「はい、実奈ちゃん」

 ヴァイパー5、ミラージュヴァイパーからヴァイパー4,スマートヴァイパーにデータが送信され、目標の位置を兵装システムに流した。

 スマートヴァイパーが左手に抱えていた巨大なライフルを構えた。目標は新都心の高層ビル、その頂上のヘリポートだ。

 「距離50㎞、風速東南5メートル……」ステレオレンジファインダーからの映像を正面モニターに映し出し、二階堂真琴は左手の操縦桿のトリガーを引いた。

 特大のスナイパーライフルから放たれた砲弾が直進して、十二秒後、ヘリポートに駐機していたベル206を直撃した。民生用ヘリは粉微塵に粉砕された。

 民間ヘリに偽装されたそれは、無人の情報収集機だった。エネミー01と、それに相対するヴァイパーマシンの動向を伺っていたのだ。

 「命中!」

 「ほかに反応は?」

 「ないよ~、ヤークトヴァイパーがドローンぜんぶ片付けちゃったから。これで敵に情報漏洩する心配はなくなったかな?」

 「衛星はなんともできないけれど、ひとまずエルフガインを分析されるまでもう少し時間を稼げるね」

 「それじゃ、あとはあのボールをやっつけるだけかぁ」

 「ええ。ヤークトヴァイパーに無理矢理乗せられてしまった人が心配だわ。急いで合流しましょ、実奈ちゃん」

 「うん、お姉ちゃん」



 健太は気絶していたらしい。

 目を覚ますと、半球形モニターは真っ白になっていた。だが過去のシミュレーター経験をなんとなく思い起こしていた健太は、それが雲の中だと気付いていた。


 「おれ、本当に飛んでる……」


 原付さえ運転したことがないというのに着陸の仕方も分からない航空機に乗せられてしまった!

 健太の中でパニックの兆候が身をもたげかけた。

 『落ち着いて、浅倉くん』

 健太の動転を察したかのような島本博士の声がコクピット内に響いた。

 「博士」

 『斜め下方を見て』

 健太は言われるままに下を見ると、巨大な全翼機が翼を並べていた。

 あれがバニシングヴァイパーか。

 『これからすぐにフォーメーションフェイズに突入よ。現在エネミー01は若槻先生のヴァイパー3と対峙している。エネミーを牽制して、合体するための時間を稼がなくてはならない。あなたはマリアの言うことをよく聞いて、従いなさい。いいわね?』

 「エー……はい」

 あいつの指示に従うなんて癪に障るが、仕方がない。正直言って心細すぎる状況に追い込まれ、だれの助言でも……あるいは安心させてくれる言葉だけでも大歓迎という心境だった。

 すぐさま回線が切り替わった。モニターの一角に「02」と記されたウインドウが開いた『浅倉、聞いてる?』髙荷マリアの大人びた声が聞こえた。

 「お、おう、聞こえる」

 『あんたの乗ってるヴァイパー1の自動操縦を解除する。シミュレーターは経験してるって聞いた。操縦システムは分かってる?』

 「なんとなく……」

 回線のむこうで盛大なため息が聞こえた。

 『なんとなくぅ?ホントに大丈夫なのかよ?』

 「言葉のあやだよ!ひととおり運転できるってば」健太は慌てて改訂した。なんだって突っかかってくるんだ!?

 『チッ』マリアが舌打ちした。

 同時に自動操縦が解除されるメッセージが瞬いた。健太は左右のコントロールスティックを握り直した。フライバイワイヤーを通じて翼面のかすかな動きが伝わってきた。

 搭乗時に少しだけ見えたストライクヴァイパーの形状は、とても航空機とは言えない。ずんぐりした涙滴型の胴体に妙なデルタ翼が生えているが、飛行機の主翼としては小さすぎる。エンジンノズルだけは異様に大きく、ストライクヴァイパーがステルス機F―117同様、エンジン推力とデジタルフライバイワイヤ―の高速演算処理によって無理矢理飛行するたぐいの航空機だと知れる。

 健太は記憶にある操縦感覚を掘り起こし、左のコントロールスティックを軽く振った。すると、ストライクヴァイパーが左右に翼を振った。モニターの片隅で刻一刻と変化する数字を見た。高度5200メートル、対気速度850㎞。兵装……

 意味が分かる。

 いける……!

 『ついてきな』

 「おう!」

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