第8話 出撃準備してたら爆発しそうになった
健太はロッカーを開けて中身を眺め、途方に暮れた。
ダイバースーツらしきものがぶら下がっていた。足首まで一体の全身スーツのようだが複雑な構造物がゴテゴテとくっついているため、ちゃんと袖を通すにはどうすればいいのか見当も付かない。
しぶしぶ扉のスクリーンに目をやり、着用方法を指示するビデオを再生させた。
(まず、素っ裸になれ、と)
ということは。
健太はカーテンのほうに目をやった。厚手のラバー製らしく、向こう側はまったく見えない。
健太はやや動悸を速めながら制服の上着を脱いでハンガーに吊した。いそいそと残りを脱いで棚に適当に押し込み、ついで吊されているスーツを両手に持った。見た目ほど重くないがかさばっていた。スーツの分け目をようやく見つけ出し、後ろ前を確認しながら足を突っ込んだ。裾を引き上げて両腕を袖に通し始めると、シューという音が聞こえた。スーツが勝手に動き始め、生き物のようにうごめきながら健太の胸と肩を這い上がった。
(うわわわ……なんだこれ気持ちわりい)
大事なところを吸われるような感覚に襲われ、おもわず腰が引けた。
(おうっ!?)声を漏らしそうになり慌てて口を押さえた。
ついで、後ろ側になにかがめり込もうとしているのに気付いて足を戦慄かせた。
(ぐおッ)
痛くはない……やがて異物の感覚そのものも消え、健太はほっとした。
「あふッ!」
カーテンの向こうからとびきり艶っぽい声が聞こえ、健太は思わず耳をそばだてた。
「あっあっ、ちょっと待って!だれか助けて!健太くん!」
礼子の声がパニック状態レベルに跳ね上がった。健太はなにも考えず弾かれるように飛び出し、カーテンを押しのけた。礼子はベンチにうつ伏せ、片手でお尻のあたりを探っていた。
「先生!落ち着いて!」
健太は先生の肩を掴んで身を起こさせた。「痛くないから、落ち着いて!」
礼子がよろめき、健太は礼子の身体を抱いたままベンチにドスンと腰を落とした。
礼子は半泣き状態で膝にまたがり、汗ばんだ上気した顔で悲しそうに健太を見た。あらぬ場所に異物が挿入されると、礼子は大きく背中を反らして喘いだ。
「嫌ッ……おしりにっ!」
礼子が健太の首にしがみつき、太ももが健太の腰をぎゅっと締め付けた。
「先生落ち着け……痛くないから。力を抜いて、深呼吸」礼子の耳元に囁いた。
「違うっいまこんなところ刺激されると……あっ!」
シュルーー――――
かすかな水音が、聞こえると言うより礼子の肉体を通じて伝わった。健太は思わず礼子の顔を見た。
礼子は途方に暮れ、しかしどこか上気した美貌でぼんやり健太を見返した。
「健太くん……」
「はハイ先生……」
「だれにも言わないでね……先生ずっと我慢してたから……」
「ぼくはぜんぜん……」
礼子は震えながら熱い吐息を長々と吐きだした。
ぼんやり潤んだ瞳はなにか得体の知れない熾火を宿していた。
「ありがとう……」
「え?いえ」
「健太くんの手……優しい……」
「うえっ?」健太は背中に回していた両手をおずおずと引きはがした。
礼子が膝からゆっくりと降り立ち、つづいて健太が難儀そうに立ち上がった。ふと下を見て大事なモノがテントを形作っていることに気付いて、健太は狼狽した。
「出撃するの?わたしたち」
「そ・そうみたいです」
「もし無事生還できたら……」
健太は努めて下半身を無視して礼子に向き合った。
礼子先生はなにか言おうとしたものの、結局頭を振って断念した。
これからなにが待ち構え、なにをしなければならないのか全く分からない……しかし健太はなんの根拠もないまま言い切った。
「大丈夫。生還できます。きっとです」
先生は殊勝に笑みまで浮かべて頷いた。
とんでもないことをしろと強制されているのに、いまの健太にとって礼子先生を元気づけるほうがずっと重要なことに思えた。
(我ながらおかしな具合だ。男ってのは綺麗な人の前でこうも格好つけるもんなのか……馬鹿だな)
『ちょっとお二人さん、支度はできたの?』
扉の通話装置から島本博士の声が響いた。
「あー……」健太は礼子を見た。礼子はふたたび頷いた。「用意できました」
『それでは浅倉くんは1と書かれたシューターへ。若槻さんは3と書かれたシューターに入って』
「わ、分かりました」健太はロッカーの傍らの円筒を見た。
(エレベーターか?
まさか昔のアニメのアレか?)
礼子先生も不安そうだ。
「とにかく、入るしかないのよね」
礼子は気が進まない様子で円筒の脇に据えられたボタンを探った。
円筒の正面がせり上がり、中に人ひとりが立てる程度のスペースが現れた。健太も自分に割り当てられた円筒で同様の操作をして、中に一歩踏み込んだ。
あとあと考えてみると、島本博士がいっぺんになにもかも説明しなかったのは賢明なことだったのだろう。
状況をあれこれ考えている暇もなく、健太たちは厄介ごとに巻き込まれ……妙な服に着替えさせられてこんなところに潜り込んでいる。
このあとの展開まで具体的にブリーフィングされていたら、もっと二の足を踏んでいたに違いない。
扉が閉まり、健太は真っ暗な円筒の中に閉じ込められた。
勢いでバンジージャンプを約束して、逃れようもない状態に追い込まれた気分だ。これがどっきりだったらお笑いだが、表のあの施設は冗談ではない。いったい何千億円かけて造ったのやら。
円筒内に青っぽい電灯が灯って、島本博士の声が聞こえた。
『用意できて?』
「はい、博士」
『それでは』ふたたび円筒内の明かりが消えた。
ついで床が消失して、健太は奈落に転落した。
落下する恐怖に麻痺した心の片隅で思った。
(ある意味予想通りの展開じゃん?)
島本さつきと久遠が詰めている発令所内は、一種異様な雰囲気が漂っていた。各部署から状況報告が届く。
「コマンド迎撃態勢整いました」
「エネミーは依然として接近中」
さつきがメインモニターを睨んだまま尋ねた。
「外で迎撃している部隊はどうなっているの?」
「あ~……」久遠はペンの頭で髪を搔きながら言った。「自衛隊はまだ一発も撃ってません」
「なに?」島本博士はおもいきり顔をしかめた。「ちょっとまさか……“自衛権行使決議"がまだ下されてないってンじゃないでしょうね……?」
「そのまさかみたいです……統幕はずっと作戦命令発動をせっついているらしいんですが、上からお達しが出ない状況で」
「ふざけてる!国土が攻撃されて死傷者が出ているのよ?なにを迷うことがある」
「え~……それはつまり……あくまで自分の予測ですが、上のお偉いさんたちは相手の正体が判明しないため腰が引けているのでしょう。だから我々に全部ふっかけようとしているのかと……」
「わたしたちになにを?」
「だから、我々が迎撃に成功したら追認というかたちで自衛権行使を正当化する。もし失敗したら……」
「わたしたちに責任を全部取らせるってことか……」
久遠は頷いた。「コマンドに責任者がいるんだから厄介ごとは全部引き受けさせようって魂胆……。そう思います」
「集団的自衛権とかなんとか、新しい交戦規則を定めてからもう何年経ったと……相手の正体が判明しないからと言うだけで……」さつきは頭を振った。「自衛隊を下がらせるよう要請して!」ぴしゃりと言った。「わたしたちの邪魔にならないところまで……災害救助に専念しててちょうだい」
「了解っす……」
久遠はため息を堪えて答えた。かれ自身自衛隊朝霞駐屯地からコマンドに出向している身だ。内心の複雑な心境を思い遣ってか、さつきはその二の腕をぽんぽんと叩いた。言い辛いことを統合幕僚司令部に通達するため直通回線を手に取った久遠の横を通り過ぎ、さつきはスタッフに告げた。
「ヴァイパー機全機発進プロセス、始め」
「発進プロセス開始します」
「ヴァイパー3をいちばんに。足の遅いヤークトヴァイパーを先行させます」
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