第7話 敵ロボ出現!
博士は三階分の階段を一気に駆け上がり、狭い通路の突き当たりの金属扉を開けた。
ただの扉ではない。軍艦の扉のような鉄製の代物で、開けるにはパスコードと手のひら認証が必要だった。
扉が重々しく開くと博士は「さ、入って」と手で入るよう促した。
隔壁扉の一段高くなった境目を踏み越えるのはなかなか緊張した。一歩進むごとに「やばいやばいやばい!」と頭の中で悲鳴を上げた。
(今度こそ抜けられないぞ!)
内部は扉の物々しさに見合う場所だった。
低い天井の室内は薄暗く、コンソールに座って忙しそうにしている人たちは、ずらりと並んだモニタースクリーンの燐光に照らされて、青白い顔だけが浮かび上がっている。
オペレーターの傍らに立ってモニターに屈み込んでいた男性が、博士の姿を認めて顔を上げた。
「博士」
「久遠(くどう)くん、状況は」
「本体が現れました。高崎に降下、町を破壊しつつ利根川を越えようとしています」
「移動速度は?」
「時速およそ150㎞。進路は……まっすぐこちらを目指しています」
「あと20分もしたらご到着か……映像出る?」
「出ます」
久遠と呼ばれた男性がなにか指示すると、まもなく「映像出ます」という声と共に、部屋の突き当たりの大型スクリーンに外の映像が映った。
「無人偵察機からの映像です」
健太にはそれがなんの映像なのか分からなかった。
モノクロの荒いデジタル画像で、ブロックノイズが走り、画面自体も手持ちカメラのように揺れて焦点が合わない。サッカーボールがごろごろ転がっているようだ。カメラはそのサッカーボールを併走しながら追っている。ボールは巨大だった。カメラが近寄るにつれて見上げるほどの大きさになった。
ボールの手前を二階建ての焼き肉チェーン店が通り過ぎ、健太はようやくボールの大きさに見当が付いた。
(ものすげえデカイ……)
「エネミー01です」
「たまげた……本当にエネミー?」
「間違いないっす。バイパストリプロトロンコア放射反応を検知しています。やつの動力源は通常の電気反応炉ではありません」
さつきは頷いた。「あのボールの直径は分かる?」
「およそ30から40メートル……質量はまだ計測中ですが、たぶん軽いでしょう。二千トンてところかな」
「あれだけ軽快にゴロゴロできるんじゃね……あれなら川も簡単に渡ってしまうわ。橋が架かってるかどうかにかかわらず」
「はい、残念ながら」
「あんなでかぶつの侵入を許してしまうとは。防空監視はどうなってたのかしらね」
「博士が悪いんですよ。統幕のお偉方を怒らせるから……」
島本博士はうつむいて盛大に嘆息した。
「この期に及んで綱引きゲームとは……」顔を上げた。「あっちがその態度ならこっちだって好き勝手にやってみせるわよ……エルフガインコマンド起動準備!」
「了解!エルフガインコマンド起動、発令します!」
いつの間にか止んでいたサイレンに変わって別の警報が鳴り響いた。同時に頭上のスピーカーから女性のアナウンスが始まった。
『全部署に通達、全部署に通達。第一級戦闘態勢が発令されました。
これより本施設は完全防衛体制に移行します。
各部署は事前計画に従い総員配置。
ヴァイパー機付チームは発進体制を急いでください。繰り返します――』
「マリアと二階堂さんと実奈ちゃんは?」
「すでに待機中です」
「それじゃ急ぎましょう。健太くん、若槻さん、こちらに付いてきて」
久遠が初めて気付いたかのように健太を見据えた。
「博士。本気なんですか?」
「本気よ」島本博士は素っ気なく言い残して久遠の前を過ぎ去った。
健太たちはなんとなく歓迎されていない雰囲気を感じながらあとに続いた。
短い通路を進んだその先には横長の小さな部屋があった。奥行きは3メートル程度で横幅は10メートル。ロッカールームのようだ。それらしくベンチとロッカーが並んでいる。
ロッカーの数は五つで、そのとなりにそれぞれ人ひとりが入れる大きさの円筒があった。
「健太くん、ここへ」
島本博士は左端のロッカーの前から健太を呼んだ。
ロッカーには大きく「1」とステンシルされていた。島本博士はロッカーの扉にはめ込まれた小さなモニターパネルに指を走らせた。タッチパネルでアイコンを押すたびに画面が切り替わる。
「登録認証」
機械音声が応じた。『パイロット登録します。手のひらを画面にタッチしてください』
「ちょっと待てよ!」健太は思わず右手首をもう一方で押さえた。「パイロットってなんなんだよ!?」
「もう気取った言い方してる暇無いから言うわ。あなたはこれから、制空戦闘機ストライクヴァイパーのパイロットになる……あなたは徴兵されたの」
「なんだって……」
礼子が声を張り上げた。「ち、徴兵ですって!やっぱりそういう話だったのね!?そんなの無理筋でしょうに!」
「知ったふうな口きかないで先生。あなた左巻き?」
「そんなんじゃ……!わたしは浅倉くんの担任として責任があるんです!」
「健太くん」博士は礼子をなかば無視して健太の名を呼んだ。「わたしたちが三年間せっせと守り続けたマシンは、あなたのお母様が設計した。あなたはそのマシンを動かせるの。何度もシミュレーターに乗せてもらったでしょ?覚えてるわね?」
健太はだんだん顔を寄せてくる相手に小さく頷いた。
「大丈夫。あなたがいちばん適任なの。わたしたちはほかの人間を何人か試したけど、誰もあなたほど上手くは操れなかった……」
さつきは健太の目を直視したままその両手を取り、硬く握った。「だからあなたにお願いしたい。外にいるあの怪物ボール、見たわね?あなたならあいつをやっつけられる。お願い。やっつけて!」
健太はためらった。
「ン?」博士は穏やかと言って良い笑みを浮かべて返答を待っている。その顔は十センチしか離れていない。
「わ……」健太はまっすぐ見据えられて身動きもとれず言った。「分かったよ……やりゃあいいんでしょ!」
「ありがとう……」島本博士の唇はいまにも健太の唇に絡みつきそうだ。かぐわしい吐息、甘い女の匂い、体温……。
負けた。なぜかそう思った。
博士は健太を見据えたままその手首を引っ張り上げると、タッチパネルにしっかりと押しつけた。
『生体認証入力中。パイロットは名前を言ってください』
「浅倉……健太」
『浅倉健太。一六歳。血液型B型。日本国、埼玉在住。登録完了』
ここのコンピューターには全住民の基本台帳でも記録されているんだろうか。知らない会社から届くダイレクトメール同様、いい気分はしない。
「これで良し」島本博士は掴んでいた健太の手首を放して一歩後ずさった。
勝ち誇った表情でも浮かべるものと思ったが、島本博士はほっとしたような心配しているような、思い詰めた表情を浮かべていた。
「浅倉くん……」若槻先生が言った。「なんてこと……」
島本博士は礼子を振り返った。
「さっ、今度はあなたの番」
「は?」
「へ!?」健太も目を剥いた。
「あなたも徴兵した。ちょうどいいでしょう?教え子ふたりと一緒に出撃できるんだから」
それを聞いて叫んだのは健太だった。
「ちょっと待ってくれ!シミュレーターとか動かせるのはおれだけとか、いままでの話はなんだったんだ!?」
「ああ、難しいのはあなたの担当部分だけなのよ。残りは車の運転ができる若くて健康な人ならなんとかなる」
「だからってなんでわたしなんです……」礼子はじりじりと後ずさった。入口にたどり着いて、逃げようとしたのか身を翻すと、入口を塞ぐように待ち構えていた久遠にぶつかりそうになった。
「それはですね、先生」久遠は身を守るようにおもわず振り上げた先生の両手首を捕まえて、「3」と書かれたロッカーのタッチパネルに押しつけた。「適正ってものがありまして……。あなたはそれにぴったりなのです」
『生体認証入力中。パイロットは名前を言ってください』
「嫌です!」
『若槻礼子。二六歳。血液型O型。日本国、神奈川県出身、埼玉在住。登録完了』
電子音声が無慈悲に告げた。残念ながら声紋登録システムだったようだ。
「放して!」
久遠はパッと両手を広げた。礼子は顔を背け、手首を摩っていた。
「無理強いして申し訳ない」久遠は謝った。
「それじゃあ準備できたことだし、……久遠くん。ここカーテンあるの?」
「あります。マリアが付けました」
「それじゃあふたりとも、ロッカーの中の服に着替えてね。着かたはロッカーの扉の裏の画面に従って。着替え終わったらその場で言って。指示するから」
久遠が壁際のカーテンを引き、健太と礼子のあいだに仕切りを授けた。久遠がカーテンの裾から顔だけ覗かせ、健太に言った。「覗くんじゃねえぞ」
健太は憮然とした顔を向けたが、なにか気の利いた言葉を返す前に久遠はさっと顔を引っ込め、立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます