第6話 秘密基地ってまじ!?


 「突然こんなところに連れ込まれてご迷惑だったでしょう。でも心配要りませんからね」

 「ここって、いったい何なんです?」

 島本さんはわざとらしく辺りを見回した。「正式名称は無いの」

 こちらに来てというふうに首を倒した。

 島本さんが白衣を翻して歩き始めたので、健太たちも渋々あとに続いた。

 シャッターの奥は三〇メートルほどの通路が続き、それを過ぎると健太たちは巨人の国にいた。

 「うわっ」

 先ほどの倉庫とは比べものにならない広大な地下空間が広がっていた!

 天井はあまりにも高く、等間隔に並んだスポットライト以外は闇に呑み込まれていた。主な明かりは高さ二〇メートルほどのやぐらに設置されたライトだ。奥行きは何百メートルに及んでいた。

 あたりは賑やかだった。大勢の作業員がせわしない足取りで行き交い、ゴルフカートで移動しているものもいる。列を作って駆け足で移動している集団もいた。ブルーの作業着姿で、たぶん自衛隊員だ。

 小型の電気機関車が貨物車を牽いて走っていた。貨物は……四角い仕切に収まった白い紡錘形の物体がいっぱい。

 (ミサイルだ……)

 壁や高いところに渡されたモノレールの上を、コンテナや機械の固まりが上下左右に移動していた。健太たちは高い場所からそれらを一望していた。

 健太たちは幅二メートルほどの金属製のキャットウォークを歩いていた。床の金網の向こうも見渡せた。つまり高さ50メートルほどの空中に渡された、工事現場の足場みたいなところを歩いているのだ。床の厚みも通路両端の手すりもじゅうぶん安全には見えなかった。

 「浅倉くん!ちょっと待って!」背後で礼子が叫んだ。

 「どうしたんです先生?」

 「ごめん、手、繋いでほしいの」

 「え?あ、ハイ……」

 健太がおずおず差しだした手を、礼子は躊躇する様子もなく握った。

 (マジかよおれ!?)健太は思った。埼玉でいちばん美人な女性教師が健太の手を握って申し訳なさそうに微笑んでいるのだ!

 まぶしすぎる笑顔にうろたえた健太がきびすを返して歩き出すと、礼子は手を引かれるまま素直に従った。手が汗ばんでなければいいが。

 先生の手のひらは、しっとりして柔らかかった。

 空いた手でスカートの裾を押さえながら千鳥足だ。下から覗かれる心配をしてるのか。

 「お、おっかない場所っすよね」

 「うん……先生高いところ苦手で……」

 じっさいやや怯えた顔つきで、眼下の光景を心配げに眺め渡している。「なんなのここは……まるで、まるで……」

 適切な言葉が思いつかず、礼子は言葉を途切れさせた。

 (秘密基地でしょ?)先ほどの認識を繰り返したものの口には乗せるのは憚られた。言葉にしてしまったらあまりにも馬鹿馬鹿しすぎる。

 だが現在起こっていることと考え合わせると、健太には馬鹿馬鹿しいこととは思えなかった。むしろもどかしいことばかりな日本政府がこんな代物を用意していたことが意外だった。

 とはいえ……この施設が健太が思っているものと決まったわけではない。壮大な見当違いが判明する前にもう少し胸に仕舞っておくべきだろう。

 さいわい目的の場所は遠くないようだ。

 島本……たしか博士。島本博士は巨大な壁に半分埋まったようなガラス張りのビルの玄関を、片手で押し開けようとしていた。

 見上げると、厳つい灰色の外壁はパイプやら張り出しがゴテゴテしていて審美的要素は皆無で、ビルというより軍艦の艦橋構造物のようだ。キャットウォークのレベルごとに入り口が設けられている。

 (つまりこの地下施設の司令塔だな)

 島本博士は健太たちが遅れていることにようやく気付き、玄関のドアを押し開けたままこちらを眺めていた。

 あの白衣姿は健太の母親を思いださずにはいられなかった。

 (母の研究仲間なんだっけか?)



 健太たちは角のこぢんまりとした部屋に通された。コンクリート剥き出しで、おもての作業場を見渡せる窓を背にしたデスクがひとつ、その手前にソファーセットがひとそろい。ドアの脇に観葉植物が一本という殺風景な部屋だった。

 「座って」

 健太と礼子はソファーに腰を下ろした。

 「いまみんな忙しくて飲み物も出せないけど、ごめんなさい」

 部屋は二間続きになっているようで、島本博士は奥の部屋から缶コーヒーをふたつ持ってきて、健太たちの手前に置いた。

 「いただきます」健太は冷えた缶を手に取りプルを押し込め、一口飲んだ。(無糖だ)少しがっかりしつつもう一口飲んだ。

 礼子はコーヒーを手に取らず尋ねた。

 「ええと……島本さん。ここはどういう場所なんですか?なぜわたしたちは連れてこられたんです?」

  島本博士はデスクの縁に尻を置いて腕組みしていた。

 「ひとつめの質問はあとでお答えしましょう。ふたつめの質問……」島本博士は健太を見た。

 「浅倉健太くん。あなた浅倉……澄佳博士、あなたのお母様に連れられて、何度も高エネルギー開発センターに来てたのよ。覚えてる?」

 「あっ、と、あの、覚えてます」

 「そう。浅倉博士の研究についてなにか知ってたかしら?」

 「俺が知ってるのはシミュレーションゲームだけです」

 博士はうなずいた。「そうよね。あなたのお母様は、センターの名前の通り、次世代のエネルギー開発に携わっていたのだけど、それだけではないの」

 健太はつばを飲み込んだ。なにか大事な話が始まったと直感したのだ。

 「浅倉博士はそのエネルギー……【バイパストリプロトロン】を巡って世界が変貌することをいち早く見抜いた。そのための準備をすべきだと政府を説き伏せ、そうして生まれたのがここだった。わたしは亡くなられたあなたのお母様の意志を引き継いだ。あなたのお母様があなたに残した遺産も」

 「遺産……?」

 健太は身を乗り出した。いよいよだ……

 というところで邪魔が入った。

 背後でドアが勢いよく開き、同時に女の子の声が響いた。

 「博士!忙しいんだからさ、早く降りてきて!隊長も困ってるんだから……」

 「ああ、マリア、ちょうど良かった――」

 「髙荷さん!」礼子がサッと立ち上がって叫んだ。

 「髙荷!?」健太も思わず言った。

 「あら……」髙荷マリアは憮然とした口調になって言った。「若槻先生……それに」少女は健太をまっすぐ見据えた。

 もともとキツイ感じの美貌だが、いまは完全に敵対モードだ。

 あんな顔で睨まれる覚えはなかった。新学期が始まって二ヶ月、ほとんどまともに会話を交わした試しもない。髙荷マリアはクラスでも孤立している。

 「あんた……」マリアは島本博士に顔を移した。「博士、やっぱりこいつを当てにしてたのかよ!」

 島本博士は肩をすくめた。

 「こいつ呼ばわりだ?」健太は立ち上がった。声に苛立ちが滲むのを押さえられなかった。「てか、なんの話なんだ?」

 「博士に聞けば?」マリアは素っ気なく言い捨ててくるりときびすを返した。肩胛骨のあいだまで伸びた黒髪をさらりと翻しながら。

 「ドア締めて」島本博士が言うのと同時に乱暴にドアが閉まった。

 博士はため息をついた。

 「せっかくグッドタイミングだったのに行っちゃったわね……」

 まるで健太に責任の一端があると言わんばかりにこちらを見た。

 健太は無視してふたたび腰を下ろし、まずい無糖コーヒーを飲んだ。(糖分無しじゃ昂ぶりが収まりゃしない)

 髙荷マリア。ドアを開けた開口一番の言葉は、学校ではついぞ見たことのない生き生きとした口調だった。身長170センチ。健太と変わらない長身。

 (だれともろくに喋らず、いつも退屈そうに頬杖をついて窓の外を眺めていたのに。それにあの格好……)

 学校とは対照的な態度に気を取られていたが、それでも彼女が身につけていた派手なスーツは印象に残った。ハリウッド映画にでも登場しそうな、レザーとプラスチックと金属で造られたぴっちりした深紅のスーツ。コスプレスレスレのデザインセンスだが、宇宙服やパイロットスーツのようにある種の機能を宿しているように見えた。

 (あんなもん着ちゃって、いったい髙荷はここでなにをしているんだ?)


 「髙荷さんはいったいここでなにしてるんです?」礼子がおなじ疑問を島本博士にぶつけた。「彼女は高校生なんですよ!それにうちはバイト禁止です!」

 「彼女は、1年ちょっと前からわたしの元で働いているわ。児童虐待じゃないですからね念のため。日本国政府によって容認され、きわめて合法的によ」

 「いったい何の話なんです――」

 「分からない?あなた外で見たでしょう?攻撃が始まってるのよ。だれかが関東平野を爆撃した。わたしたちはそれに対処しようとしている」

 「対処って……」

 「つまりここは、戦闘……」健太はやや躊躇したのち、言った。「――基地なんでしょ?」

 島本博士はその通り、というふうに健太を指さした。

 「そりゃすごいですけど……まだぼくたちがここに連れ込まれた理由がわかんないすよ。それに髙荷はどう関わってるんですか?まさかスーパー兵器のテストパイロットとかじゃないでしょ?」

 最後のひと言は努めて軽口ふうに付け足した。

 しかし――島本博士は勝ち誇ったような笑みを目元に浮かべて言った。

 「スーパー兵器のパイロットねえ……。まあ、そう言えば分かりやすいかしら」

 健太の胸中を見透かしている。本当に知りたいのはもちろんそれよね?

 健太は頭がぐらつくのを感じた。

 (話が無茶苦茶だ!)

 冗談のつもり……というより冗談と受け流して欲しかった言葉をあっさり肯定された。

 足元が急にふわふわしてソファごと沈み込みそうだ。退屈な日常からの脱却を願いはしたが、事態の展開は健太の許容量を軽く超えていた。

 

 まさかこの人

 ほんとうに「エルフガイン」を作ったのか?


 「それでね、健太くん。あなたも興味あるでしょう。わたしたちがこの――」

 甲高い警報が鳴り響いた。健太の傍らで若槻先生がぎくりと身をすくめるのを感じた。

 「たいへんだ!このサイレンが鳴ったらただちにコマンドに行かなくてはならないの」博士は机から身体を離してドアに向かった。「あなたたちも来て」

 博士は通路を大股で急ぎ、突き当たりの螺旋階段を駆け上がった。

 健太は白衣姿のあとを追いながら礼子と顔を見合わせた。

 「浅倉くん。あの人ちょっとおかしいわ」

 健太は頷いた。その意見には賛成だ。

 しかし明らかに反発を覚えている先生と違って、もう少し詳しく話を聞きたい気がした。とはいえ……これ以上深入りすることには本能的な警戒が働いてもいた。

 行く手には真っ暗な穴がぽっかり口を開け、好奇心に負けて覗き込もうとする健太を待ち構えている……そんな感じだ。

 (絶対やばいのに、覗き込まずにはいられないんだ。そして覗いたら最後、奈落に落ちて二度と這い上がれなくなる……)

 なぜか島本博士の鮮やかな口紅を思い起こした。

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