二
自宅でメールをひらいて、目が見ひらいた。
「門前先生から、亀山等子さんへ通達。
首です。明日から来なくてよし。
残りの給料は月末に振り込みます。
解雇の理由は、あなたの勤務態度が、当プロダクションに多大な害を及ぼしかねない、との先生のご判断からです。
なお、これに不服があれば、労働監督署に訴えてください。
以上」
そのスタジオからのメールは、飲み屋で話した翌日、昼の休憩時間に、富沢にあることを相談した、その晩に来た。相談内容は、(等子にとっては)なんてことのない、先生の生活環境のちょっとした改善の勧めのつもりだった。
「考えたんですが、先生、絶対カウンセリングを受けたほうがいいです」
「それなら私が以前、言ったわよ」と富沢。「でも瞬時に『いらない』って」
「でも、このままじゃ、絶対ヤバいことになると思います。だましてでもいいから、そういうのを受けてもらう方法はないんでしょうか?」
「だましたりしたら、あとでキレて大変よ。マジで自殺するかも」
休憩室でそう言ってカップのコーヒーをすすると、富沢はコンパクトをあけて顔をいじりだした。
「なにも無理に変える必要ないわ。先生はこのままでいいのよ。死にかけたら、そのときは救急車よぶわ」
「そんな……」
等子は落胆してテーブルに目を落とした。兵士の勢いが、いさめられる子供みたくなった。相手はまるで深刻にとらえていない。
が、こっちはひっこみがつかない。
「冷たすぎますよ……」
未練たらしくつぶやくと、「わたし先に戻るから」と、さっさと消えた。真剣な話のつもりだったのに、相手の反応が軽すぎる。
だが、じつは気にしていないどころか、心中ではとてつもない危機感をいだいていたことを、等子はその夜に知った。よかれとしようとしたことで、いきなり首。まさに、その名のとおりの門前払いである。
いや富沢は本当に気にしていなかったかもしれない。が、そのことをただちに先生に話し、先生はすぐに判断を下して、このような結果になったのだから、ヤバいとは思っていたのだろう。
うかつなことをしたと後悔した。
どうやらあのスタジオでは、先生を実際に変えようとしたり、救おうとするどころか、そういうことを考えるだけでもご法度であり、テロ行為のように見なされて排除されるらしい。
たしかに、いきなり首は酷い。
が、考えたら当然でもある。
あの会社に一時的であっても在籍する身になるのだから、社内に波風をたてるのみならず、先生の創作に絶対に必要なものを否定し、仕事に支障をきたす可能性があるようでは、使えないと判断されても仕方がない。
しかし、この結果は、等子の毒親育ちやメンヘラへの認識の甘さが原因だった。
門前いばらは、親からの虐待のせいで自己肯定感がまったくなく、自分をゴミかクズとしか思っていない。どんなにファンから好かれようが、漫画が評価されようが、自分に価値があるとはまるで考えられない。その根底の部分、錆びきった鋼のように硬く凝り固まってしまっている深い傷を、外からつつくようなことをされたら、恐怖に飛び上がって当然である。
いばらは、亀山等子がしたような、自分のまわりに築いている強固な壁の内側に、たとえ善意であっても、手を入れて触れようとするような無神経さにはとても耐えられず、逃げ出さずにいられない。
そういうわけで、入社後一月足らずで等子は解雇されることになった。
規約には「解雇は一ヶ月前に伝えること」と書かれていたが、等子は争ってまで残りたいとも思わず、そのまま退職した。
翌日、私物を取りにいったが、ほかのアシが二人いるだけで、いばらも富沢もいなかった。そのほうが気が楽でいいと、挨拶して帰った。
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