つかの間の平穏 下
仕事が終わり家へと帰る。一人で帰るのは久々だ。道草でもしてみようかな。そう言えば今日は邪竜を倒して一年だし、記念と言うわけじゃないがヒャクに何か買ってこうかな。おこづかいも貯まっているし、それなりのものは買え……ん? ヒャクが欲しいものはなんだろうな。
ヒャクならきっと何でも喜んでくれる。けどそうじゃないんだ。せっかくならヒャクが好きな物を貰いたい。
台所用品? それは生活費だし送るとは違うでしょ。他は……ヒャクは良く料理の本を読んでいる。私が送るとこれ作ってって言っているみたいだな。
「やめよ。ヒャクに聞いてみよう」
やっぱ寄り道せずに真っ直ぐ家に帰ろ。ヒャクに家の事任せきりだし。少し駆け足で家に帰ると、うちには電気がついていた。ヒャクがいるから当たり前なんだけど、なんか良いな。
「ただいま」
玄関の扉を開け、家に入るとヒャクの足音が聞こえた。迎えに来てくれたんだ。なんか嬉しいな。ニヤけそうな表情を堪えながら、靴を脱いでいるとヒャクの声が聞こえた。
「おかえりなさいませ。依頼はどうでしたか?」
「問題なかったよ。はい。お金と明細」
靴を脱ぎ終え、廊下に上がると鞄からお金と明細を取り出しヒャクへと渡す。ヒャクはパラパラと簡単に金額を確認すると明細をじっくり読む。少ししてから私の方を見た。
「ルシェ。お疲れ様でした」
良かった。問題はなかったみたい。これなら次も一人で出来そうだ。
「ヒャクもありがと。ごめんね。掃除とか出来なくて」
「ルシェだって、仕事をされて来たんですよ」
「簡単だったよ」
「僕もですよ。ルシェのおかげでのんびり出来ました。時間がたっぷりあったので、今日はケーキも焼いたんですよ」
「ケーキ!」
お仕事を頑張ったからとかかな。ヒャクが優し過ぎる。嬉しいな。
「はい。まだ夕飯まで時間もありますし、これから食べましょうか。冷蔵庫から取ってきますので、居間で待ってて下さいね」
「うん。ありがとう」
ヒャクはそう言うと台所へと向かった。
ケーキにそわそわしながら居間へ向かうと。ヒャクもすぐに来た。その手には二段ケーキがあった。手の平くらいのサイズで、そこまで大きくないが、二段はテンションがあがる。
生クリームのデコレーション、二段目の上にはリボンのようなお菓子が乗っていてプレゼントみたいだ。ケーキのまわりにはチョコレートで出来たお花や果物が綺麗に添えられている。とても可愛くて、前世のウェディングケーキを思い出す。
「わー。二段だ! リボンが綺麗。お花も可愛い! ウェディングケーキみたいだね」
「みたい、ですか。ルシェ。今日が何の日か忘れてしまいましたか?」
「邪竜を倒した日」
もちろん覚えている。そのまま伝えるとヒャクが少し拗ねた表情で私を見る。あれ? 違った。
「今日は僕達が婚約した日です」
「あっ」
「今日から二年目ですよ。なので二段です」
そう言えば婚約したのは邪竜を倒した後だった。二年目だから二段。そしたら来年は三段で、再来年は……四段。嬉しいのに、そう聞くと食べきれるか心配になる。ヒャクのケーキは美味しいんだよ。残すなんて出来ないけど、無理して食べたくない。
「……」
「どうされましたか?」
「えーっと、その、嬉しいけど、このまま増えていったら後二、三年したらキツくなるから、来年も二段が」
その言葉にヒャクが何とも言えない表情をする。食べられないは失礼だったな。
「ごめん。食べる。全部食べたい!」
「そこではないですよ。ルシェは僕が毎年ケーキを作るのが当たり前だと」
「そうだよね。嫌だったら、無理して作る事は」
「ですから……。ルシェは僕がこのまま一緒にいるのが当たり前だと思っているんですね」
居心地が良くてこのまま続いてしまうと思ってしまうが、そうだ。私がヒャクに捨てられる事だってある。
「あ、そうだ。ごめん……もし、嫌なら」
「出て行きませんからね」
私の言葉を遮るようにヒャクが言った。ヒャクは私の唇にギリギリ触れないくらいに人差し指を近づける。黙ってろって事だな。
ってかめちゃ近い。ヒャクはたまに素でこう言う距離感がバグったような事をしてくる。こう言うのされるの慣れてないんだぞ。無を意識してヒャクを見る。ヒャクはそんな私の事など気にせずに言葉を続ける。やっぱ気付いてないや。
「このまま僕にプロポーズをしても良いんですよ。 丁度ウェディングケーキもあるようですし」
「待って! まだそんなに落ち着いていないし、ヒャクも苦労するよ。結婚は私がもっと責任が取れるようになってから! せめて持ち家を、家を!」
ヒャクの腕を握り、指を口元から離す。結婚は早い。そもそもヒャクと私はスペックが違いすぎる。私はまだヒャクと結婚するには足りない事が多い。それにヒャクは私との結婚に興味を持っている。結婚がゴールだったら? 終わったからと私の側から離れるかもしれない。ヒャクと過ごす時間が増えていく内にこの関係が変わるのが怖くなった。
「ここに引っ越しして来た時よりも落ち着いてきましたよ。最近はルシェが良いとご指名を頂くこともありますし」
「それはヒャクが戦略を練ってくれるからね。ヒャクの言う通りに動いているから簡単に勝てるのに、自分の手柄になんて出来ないよ」
「協力ですよ。僕もルシェの身体能力の高さに助けられてます」
そりゃあ。私の取り柄だし。ってかそれすらなくなったら、私、何も出来てないじゃん。
「ヒャクはすぐ誉めるんだから、何も……あっ、出るじゃん。あのさ、ヒャク。そうだ。空いてる日ある?」
「いつでも空いてます」
「そんな大した事じゃないよ。もし、ヒャクの欲しいものがあったら買いに」
「あります。この後行きましょう!」
欲しいものがあったんだ。やっぱ、遠慮させてしまっていたんだ。やっぱり結婚どころではないな。
「今日は好きなもの言ってよ。値段なんて気にする必要はないからね」
「ルシェ。こう言うのは気持ちなんですよ」
「だったらもう買ってる。ヒャクが本当に欲しいものが買いたい」
「もう?」
「邪竜倒して一年だったし、ヒャクにおみやげでもと思っただけどさ、わからなくてさ」
ちょっと恥ずかしくて視線を外した。すぐに戻すとヒャクが私をじっと見ていた。
「ヒャク?」
「丁度、指輪が欲しいと思っていたんです!」
何も言わないヒャクが気になり声をかけるとヒャクが早口で言った。
「ん? 指輪」
「ええ、そろそろ手元が寂しくなってきましたからね」
「寂しい? ああ。装備か。なら武器屋に……。いや、ダンジョンにある指輪のが」
確かに装備品があった方がヒャクは怪我しにくい。なら折角なら良い
「いえ、そんな仰々しいものではないですよ。普通の指輪が良いです。ルシェもほら、この前格好良いって」
「格好良い? もしかしてシルバーアクセのこと?」
少し前にヒャクと町を歩いていた時にシルバーアクセの露店があった。そこに並べられているのはドクロにドラゴンと言うとても中二心を擽るデザインで、思わず買いそうになったが戦いの邪魔になるからやめたんだよね。そうかヒャクも気になっていたんだ。
「ええ。僕はもう少しシンプルで普段つけるのに丁度良い控えめな物が良いですが、見ていて欲しくなったんですよ」
ヒャクも男の子だからな! きっと中二心が目覚めたんだろう。ただアクセサリーを贈ったって、どんなデザインでも勘違いされやすいと言うが今更だしな。顔見知りのおじさん達にはヒャクが私の嫁だと認識されている。逆じゃないかと思うが、ヒャクの女子力が高すぎるからな。仕方ない。
ん? ヒャクが冷やかされるんじゃないのか? いや。からかわれるのは私だな。なら、いっか。
「うん。今度の休みでも」
「いえ、今日が良いです。記念日ですしね。ケーキを食べたら行きましょうね」
ふわふわと嬉しそうに笑いながらケーキを取り分けるヒャクを見ていると、もう少し頑張らないとなと思う。まずは指輪だな。
「そうだね」
どんな指輪かな。ヒャクだから竜が巻き付いているのかな? なんてヒャクが中二病に片足を突っ込んだと呑気に考えていたが、この指輪がペアリングを意味していることに気付いたのはヒャクが可愛らしい指輪を右手の薬指に試しにはめた時だった。
自称勇者はヤンデレ神様のアプローチを回避したい 黒崎ちか @chika_k
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