つかの間の平穏 上

 今日は六月六日。もう邪竜を倒して一年か。依頼完了届を書きながらふと思った。

 長いのか短いのかわからない一年だったな。そっかあれから一年経ったのか。

 私とヒャクは今キニスと言う町に住んでいる。ここは中ボス地点なのだが、中ボスが発生するには勇者が到着しないといけないらしい。ゲームだしな。魔王になりかけている身としてはそう言うものと理解するしかない。


 なのでこの町で勇者を待ちながらヒャクと暮らしている。ヒャクが言うには勇者が来るまで後半年くらい。ただ勇者の記憶の有無で変わるっていたので、邪竜のように確定していない。と言いつつもきっとここまで来てないとなると半年後なのかな。そっか……この生活は残り半年なんだ。最初は大変だったけど、後少しと考えると寂しいな。

 最初は宿屋でその日暮しだったが、今は借家だが3LDKの一軒家に住んでいる。仕事斡旋所に冒険者登録して、受注出来る仕事も少しずつだが増えている。


 依頼を通して色んな人とも知り合えたし、棒一本で人助けが出来るのは楽しい。私達は薬草集めからデーモンの退治まで何でもやっている。裕福と言う程余裕はないが、充実した暮らしだ。


 もちろん私が戦い専門となってしまう。そして難しい事務的な事はヒャクに任せきりだ。楽で美味しい所だけ持ってしまっている。私ももう少し出来るようになった方が良い。だからまずは今回の依頼だ。私一人でも出来るようにしないと。

 気を引き締めてもう一度書き終えた依頼完了届を確認する。間違いは……多分ない。よし! 気合いを入れるように瞬きをし、仕事斡旋所の受付へと提出に向かった。


「お疲れ様。……ルシェちゃんも書けるのね」


 提出すると受付のアンジェさんが言った。書ける。報告書は問題なかったっぽいな。良かった。


「あ、はい。ヒャクがいなくても依頼くらい出来るようにって覚えたんです」

「ヒャクくんがいなくても? 何かあったの」

「何があったわけではないですが、今日みたいに私だけで依頼が出来たら、ヒャクは休めますし」


 今日のヒャクはお留守番だ。

 急な依頼だったし、内容もラベンと呼ばれる草の採取。状態異常を回復する草だ。良く使っているので、ラベンと聞くと紫の四つ葉が直ぐに頭に浮かぶ。ならヒャクがいなくてもいけると言うことで、ヒャクは家で休んで貰っている。

 最近はデーモンの退治に令嬢の警護と大きな依頼も多かったし、疲れを取って欲しい。……と言っても家の仕事も溜まってるし、やっぱ、めんどくさい事を押し付けちゃったかな。


「ふふっ。仲良しね」

「婚約者ですからね」


 ヒャクが開口一番で私の事を婚約者と紹介したので、私とヒャクが婚約関係というのはこの辺りでは周知の事実だ。ただ男女が一緒に暮らすと言うのは噂話の種になるし、一番無難な形に落ち着いた感もある。


「ルシェちゃんは相変わらずそっけなく言うんだから、ヒャクくんが聞いたら寂しがるわよ」

「あのイケメンとは適度な距離をとった方が良いんです。私の婚約者なのが不思議なくらいですからね」


 本当に不思議だ。最初はあれだったが、ヒャクは一緒に暮らすと高スペックなのがわかる。料理が上手で、優しくて気配りがハンパない。色んな話を知っているし、一緒に居て居心地が良い。完璧なんだよ。悔しいほどに。後たまに天然というか照れたように笑う姿は攻撃力が高い。

 それに対して私はどちらかと言うと筋力がとりえと言うか筋力しかない。ヒャクはなんで私に固執するのかな? きっと動物園のゴリラでも観察しているんだろうな。


「あら、ルシェちゃんも凄いわよ」

「それはヒャクがいるからですよ。私はただの物理担当です」


 どんなにヒャクが凄くても結局は討伐者の私の成果となる。だからどうしても私ばかり目立つ。

 ヒャクは報酬はどちらにしても生活費に変わるから問題ないって言っているけどさ、あんま嬉しくない。けどヒャクが褒められているのを見るのも少し寂しい。めんどくさいな。ホント、どこが良いんだろう。


「普通の人はヒャクくんが言った事をすぐに出来ないわよ」

「一緒に暮らしていますから、ヒャクの言いたいことは何となくわかるんですよ」


 つーかーとか言うまでには行かないが、ヒャクの言いたいことは何となく理解出来る。そのまま動けばいい。簡単だ。そのまま伝えるとアンジェさんがため息をついた。なんで?


「ルシェちゃんはさらっと惚気るのよね。早く結婚すれば良いのに」

「いやですよ。まだヒャクを養えるだけ稼げていないですし」

「ルシェちゃん。適度な距離って言っているけどもう手遅れよ」


 手遅れ。自分でもそう思っているからか、アンジェさんの言葉は胸に刺さった。

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