11


「実は僕。何度も邪竜に殺されかけているんです」


 神が微笑みながら言った。微笑みながら言うセリフではないはずだ。ってか、何度も殺されかけた。体は大丈夫なのだろうか?


「怪我は」

「ございませんよ。その都度たいむりーぷをして、戻していますから」

「タイムリープ……」


 ようはセーブロードか。この神は死にかけたら何度も戻ってやり直していたんだ。


「ええ。そして何度目かに僕が生きるためには邪竜を倒す必要があると知ったんです」


 切なげな表情だった。ゆったりとした口調だが、私が想像している以上大変だろうな。この神は何度死にかけたんだろう。私は一回でもこんなにもキツいのに。


「……お嫁様」


 考えていると呟くように神が言った。その言葉に神を見るととても真剣な表情だった。綺麗な瞳には私をしっかりと見つめていて、その眼差しに私は視線を外せなかった。


「あなたは本当に綺麗ですね」


 目を細めていつもよりも低い声で噛みしめるように言った。いつものようにうっとりとした感じはなく慈しむような表情で……いや、気のせいだ。


「今は話ですよ! 話!」


 変なムードになる前に急いで、話を元に戻す。この神はたまに無自覚に口説いてくる。そしてそれに気付いていない。厄介だ。


「そうでしたね。何回前か忘れてしまったんですが、転生したと言う勇者が現れて、この世界について聞き出したんですよ」

「勇者が転生者?」


 ここで神の知識が繋がった。どこか聞いたような言い方だったのも納得がいく。転生者から聞いたから段々と点と線が繋がってくるようだった。


「ええ。勇者が話している限りですとお嫁様と同郷の方と思われます」

「同郷」


 やはり勇者も日本人か。段々と状況がわかってきた。今更感が強いが。


「ええ、勇者は前世、アキハバラと言う夢の国に住んでいたそうです」

「……うちの隣町ですね」

「近いですね。お嫁様はいかれた事はないのですか?」


 秋葉原……きっと勇者はオタクだ。多分オタクだ。実際は住んでないで、「秋葉原はマイホームでござる」とか言うタイプの勇者だ。凄いなこの一言で全てが伝わった。

 そのオタク勇者がちょうどこの世界をゲームでやっていて、その話を神が勇者から聞き、この世界を知った。

 秋葉原が夢の国と言うのは引っかかるが、あまりそこは掘り下げる所ではないしな。そこは流そう。


「ええ。夢の国より森で狩りをしていた方が楽しいですからね」

「ふふ、お嫁様らしいですね。……僕は勇者からここから起こる未来の話を知りました。そして生きるための方法を模索している中、あなたに出会いました」


 逃げられない。以前言っていた言葉が頭に浮かぶ。邪竜から生き残るために奔走し、結果ここにたどり着いた。もし、私が倒せなかったらこの未来は葬りさり、次の過去に行っていたんだ。

 わか、らないな。私は魔王だ。世界平和に選ばれるのは普通、勇者ではないのか?


「なんでここに勇者はいないんですか?」


 神は勇者と出会ったことがある。なら勇者を仲間にする方が良い。おかしくないはずだ。


「勇者は何度やっても失敗してしまったんですよ。ですので次は魔王を利用しよう思ったんです」

「魔王。だから私の所に?」

「ええ。勇者のように事情を話して仲間にするのは危険だと判断しまして、作戦を変えたんです」

「変えた?」

「伴侶にしたいと言ったら好意的と思われると思っていたんですよ」


 神のお嫁様はここに繋がるんだ。それならこの神の上辺だけの言動にも納得がいく。そのまま神の言葉を待つように見ていると神が続ける。


「最初はあなたに邪竜を討伐して頂いて、もし敵になるようでしたら隙を見て殺す予定でした」


 更に納得できる。美人局じゃん。開幕一番に、魔王。結婚しようぜ。だったか。流石にそれは予想出来なかった。


「正直私は勇者と同じように扱って欲しかったです。最初のあなたは一歩間違えたらストーカーで、狂気しか感じなかったですよ」


 その好意を持っていると思わせるのが過剰すぎて、私はドン引きしている。普段接している神ならきっとこんななんとも言えない感情を抱えずに協力していた。


「ストーカー? ヤンデレでしたか……キャラ作りに失敗してしまっていたんですね」

「キャラ作り?」

「はい。包容力のあって優しいお姉さんです。押しかけ女房とお色気要素も大事でして、なのでヤンデレになってしまったのは想定外です」


 そう言われるとそうかもしれない。だがなぜ包容力のある優しいお姉さんなんだ。と言うか今話しているように普通が一番なんだけど、やっぱり気付いていない。


「なんでそこで優しいお姉さんが出てくるんですか!」

「勇者から聞いた萌えとやらを目指してみました。美少女げーむではそうやって伝説の木の下に誘い込むと聞いた事があるんです」


 勇者! やはりお前が原因か。漸くこの神のとんちきな行動がわかった。ギャルゲーだったのか。それにしてはおかしい、男女が逆転している。


「そもそも神様の場合はお兄さんでは?」


 私はヒロインではないが、この神はそれ以上にヒロインではない。


「人間は雄と雌は体以外に違いがあるんですか?」


 そう来たか。この神は勇者(男)の好みを演じていたのか。ムッツリオタク勇者のろくでもない知識か。思春期勇者め。お陰で私は何度も貞操の危機を感じたぞ。


「ありますよ。その勇者と私の好みは全然違いますからね」

「やはり……そうだったんですね」

「知っていたなら、作戦変更すれば良かったのに。私は今話している神のが良い」


 なんか自分の攻略方法を伝えている気がするが、今更だな。それにどうせゲームならクリアしているだろうし神もきっと私の出会いからやり直さない。


「決めかねていたんです。勇者からは嫌は良いと言う場合もあると伺っていましたので」

「勇者を信頼し過ぎですよ」


 勇者のせい。そう聞くと段々と神の行動に対して仕方ないと思ってくる。自分が生きるためだもんな。そのために料理も色々努力したんだろうな。勇者のとんちきさえなければ、良い神だもんな。


「勇者は貴女のことにとても詳しかったですからね」

「私の事に」

「はい。あなたが魔王になる条件も勇者の言う通りでしたし、僕にとって信頼に値する人です」

「魔王になる条件?」

「はい。あなたは惨殺されたミカの死体を見て魔王になります」


 なんでミカちゃんが殺されるんだ? 想像しただけで気持ち悪くなる。


「ミカちゃんが! なんで?」

「邪竜に村が滅ぼされ、その時にミカも犠牲になります。そしてあなたは邪竜を酷く恨み、ラスボスになるんです」

「そんな」

「次の世界で試してみたんです。村が邪竜に滅ぼされ、あなたとミカが生き残った場合はあなたはどうなるか。そしたら勇者の言う通りルシェは魔王になりませんでした」


 神がミカちゃんに死ぬなと言ったのがわかった。何かのきっかけでミカちゃんは殺される可能性がある。


「勇者はそれを生存ばぐと言っていました。ミカを表面上殺せば死亡ふらぐは消滅し、ミカが殺される事がなくなります。お嫁様はミカの死体をみることがなくなるため、魔王になるふらぐは正常に動かず、お嫁様は魔王にならないそうです。実際その通りでした」


 私が何も言わないのを確認して神が続けた。勇者から知ったバグ技で別の私は魔王にならなかった。確かにこれならこの神が勇者を信じてしまう可能性は高い。だがミカちゃんの事をゲームのキャラのように言っているのは嫌だな。


「ミカちゃんはミカちゃんだ」

「それはあなたや僕もですよ。不都合な未来があるのなら、防いで良い未来を掴み取るしかないですからね。それがばぐとやらでも利用出来る物は全て利用するんですよ」

「神様……」

「ですので、ミカはきっと生きています。実はミカに渡したあのお守りは一度だけ身代わりになってくれるんですよ。前回はそれで死亡ふらぐが消えてくれたので、今回もそれにかけてます。それにアインスは勇者が住んでいる町です。もしお嫁様のことを知っている勇者を引いたら、ミカを放っておかないでしょう」


 抜け目ないな。村人を移動すると言う名目でミカちゃんを邪竜から引き離した。ミカちゃんの死亡フラグを消すように蘇生アイテムを渡し、更に勇者に合わせようとしている。

 オタク勇者のせいで、とんちきな行動が表立っているがこの神は私が考える以上に先を考えている。自分を生きるために必死なんだな。

 自分が何かのゲームのキャラだと理解してバグを利用している。そうだな私も受け入れないといけないな。


 私は魔王だ。そしたら私はこれからどうなるんだろう? ミカちゃんが死んだら私は魔王になる可能性がある。なら残りの中ボスを倒しても私はこの世界から居なくなるのが良いのかもしれないな。

 魔王だから仕方ない。自分が死ぬ理由を正当化出来る。魔王だもんな。


「そう、ですか。なら、私はこれから」

「はい。僕と結婚するしかないですね」

「は?」


 何で、こうなる?


「ちょっと待って、私は魔王ですよ」

「お嫁様は魔王にはなりませんよ。僕が魔王にさせません。ふふっ。何があなたを守ります」

「守る必要はないですよ。魔王になるかわからない人間を生かすよりは、殺した方がてっ取り早いとは」


 ならないのか? この神は人のことを対して気にしていないのは今の話から伝わるし、私に対してもきっと利用価値があるかないかで判断している。


「ふふふっ。お嫁様はつれないですね。さっきまで覚悟を決めたなんて格好良く言っていましたのに」

「言ったよ! 殺される覚悟じゃないの?」


 クスクスと笑いながら話すのは正直イラッとする。こちとら死ぬか生きるかの瀬戸際なんだ。


「お嫁様は本当に心配になるほどまっすぐですね。昨晩話した大切な話が抜けてますよ」

「大切な話?」


 なんだろう。昨晩の話。昨晩の話。だめだ、頭の中がごちゃごちゃして思い出すのに時間がかかる。


「僕の大切な記憶は生涯添い遂げる方にした教えないって話です。僕がそんな簡単にたいむりーぷを出来ることや勇者から手に入れた記憶を話すと思いますか?」

「殺すから?」

「殺すのでしたら、話すのは時間の無駄ですよ。僕がわざわざ聞かなかった事に出来ないって忠告したのに、僕と添い遂げる覚悟が出来ているまで付け足してくれて。これは僕のプロポーズを受けたも同然ですね」


 いたずらが成功した子供のように笑う。そう言えば、昨日言っていた。嵌められた。こんな場面でプロポーズを差し込んでくるとは思わないからな。いや、この神は目覚めた瞬間自分の夫だと私の記憶を改ざんしようとした。

 いやけどそもそも私を口説く理由はないし、なんでだ?


「一緒にいても」

「お嫁様は僕の心を奪っておいて、勝手に興味ないと決めてしまうんですから、罪な御方ですね」


 それはいつもと違いあざとさはなかった。本心なのか? いや、そもそも何でこうなっているんだ?

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