12
「いやいやいや。さっきまで殺すって言っていた神の言葉を信じろと言うのは難しいですよ」
「それは最初の話です。あなたと一緒にいた時間はとても有意義で、本当に嫁にしたくなったんですよ」
ガチトーンであざとさ消して止めて言うのはやめてくれ。ちょっとぐらっと来そうになる。
「い、いや、そんな事」
「ありますよ。僕はあなたと添い遂げたいです。ふふっ。他にありますか」
「昨日はあっさり引き下がったのに」
「僕が一方的に言ったと同棲も白紙にしかねませんからね。お嫁様は向こう見ずな所がありますし、すぐにこの話を聞くだろうと踏んでいましたが、まさか一日で聞くとは思っていませんでした」
昨日までは聞かない方が良いとは思っていた。だが邪竜を倒したばかりで頭は空っぽに近かったし、魔王ですなんて言われたら、もう聞くしかないっしょ。
「やられた。い、いや。ここで私が拒否するとは」
「お嫁様は自分に過失があれば僕の約束を反故に出来ませんよ」
確かにこの話を聞いてしまって一方的に追い出すのは気が引ける。ガチで嵌められた。
「良くおわかりで」
「ふふっ、そう言った所も手放したくなくなった理由ですからね。ただお嫁様も突然結婚の話が出てお困りのようですし、心の準備が出来るまではしばらくの間は婚約者でも構いませんよ」
婚約者。妥協するように言っているが、全く妥協していない。
「ここはまずは友達からで」
「友達にたいむりーぷの話はしませんよ」
「です、よね。急にそう言われても」
「きっと時間が解決してくれますよ。お嫁様は今の僕の事は悪く思っていないようですし」
あっ。さっき間違えたな。今の神が良い。これを拾ってくるとは。もう終わりだからと油断してしまった。
「そんな事」
「言っていましたよ。時間もありますし、今度はゆっくり階段を上っていきましょうね。お嫁……いえ。まずはルシェさんからですね」
いつもよりも少し低い声だった。この神はまともに話したら優良物件なのが悔しい。というか正直これが初対面だったら、少し傾いて、いない。ご飯美味しいし、いや、待て、コイツはストーカーだ。それは勇者のせいで、いや。さらっと私を嵌めてくるぐらいに腹黒い。そうそう、だからタイプじゃって、ちかっ。イケメンヤバ。
「今度は印象バッチリみたいですね」
目を細め更に近づこうとする。ヤバい。と思ったがまだ体が動かせない。そっと見上げると至近距離の神と目が合う。ちゅうされる。そう思ったが、何もなかった。ゆっくりと目を開けると神と私の距離は少し離れた所にいる。良かったが、なぜかわからないのは怖い。
「お、おおおおお嫁様。ち、近いです」
神は私と視線があうと後ずさるように更に私から離れる。近いって言っているが、近づいたのはそっちだ。
「近いって言われても、そ、そっちが」
「お嫁様もいつもみたいに、なんで躱して」
え? なんで私が怒られるの? おかしくない?
「疲労困憊で動かないんですよ!」
「先ほど膝枕をしていた時は思い切り逃げていましたよ」
「その時に残っていた力を全て使ってしまったようです」
今も出来れば離れたいだが、体が動かない。神の様子を見ていると顔を真っ赤にしていく。キャラ変? いや、確かにキャラ変した方が良いって言ったけどさ。したたかだな。
確かに以前のぶりっ子よりは良いが、私の頭の中には数々の奇怪な行動が残っている。
「今更キャラ変して純粋ぶっても、エロ本漁ったり、ベッドを温めようとした過去はなくならないですよ」
「そ、それは勇者からの情報でそう言う方が良いと」
やっぱ勇者が元凶なんだな。勇者が、これ勇者の助言がなければ、もしかしたら私はコロっと落ちていたかも知れないな。勇者に感謝だ。ってか、この神も心配になる。勇者の言葉を真に受けて、ハニートラップを仕掛けていた。人によっては据え膳になりかねない。
「本当に私が襲ったらどうするつもりだったんですか?」
「眠らせて、何かあったように装おうかと」
いや。そうかもしれないけど、ガチ恋とかそんな風になったらどうするんだ。人の気持ちに疎いのに人の気持ちを利用するのは危うすぎる。
「……だからさ、そんな無理する必要はないって言ったのに」
「僕は……いえ。お嫁様もお嫁様です。その気がないのでしたらそう弄ぶようなこと」
「弄ぶって」
「襲ったらっと言っていますが、僕を襲うつもりだったんですか?」
「いや、ないけど! あり得ないけど!」
なんでそうなる。襲う人もいるから恋心は利用しない方が良いって言いたいだけだ。
「あなたは突き放す言葉は多いですが、心根は優しい。僕の心を弄びすぎです」
いやいや。普通の事を言っていただけでしょ。この神はちょろすぎないか? ちょっと優しくしたから。きっと結婚はそんな単純なものではないし、止めた方が良い。
「神様。やっぱり私を嫁にするのは考え直した方が」
「ヒャクです」
拗ねた様に言う。百? なんだ突然。
「百?」
「僕の名前です。お嫁様だって、人と言われるのは嫌ですよね」
「別に嫌じゃないですけど」
「僕は嫌なんです! ヒャクがいやならハニーでも構いませんが」
妥協しているように振る舞っているが、実質一択だ。
「ならヒャク様」
「ヒャクかハニーです」
早口で言う。敬称もNGか。相変わらずこの神はしたたかだな。ならヒャクで良いか。
「わかりましたヒャクにします。ならヒャクは私の事をルシェか人で呼んで下さい。私は別に人でも構いませんし」
ヒャク様がぷうっと頬を膨らませる。あざとさは卒業したんじゃないのか?
「わかりました。ルシェも僕の事はヒャクと呼んで下さいね」
「はいはい」
「ルシェはすぐ意地悪を言うんですから。僕だって仕返し出来るんですよ。今日のお昼ご飯にルシェの苦手なピーマンをいれたり」
「ピーマン? 別に構わないけど、ヒャクの料理なら食べられるし」
可愛い意地悪だな。だが残念だったな私はもうピーマンは克服しているんだ。焼きそばに入っていたピーマンは美味しかったぞ。誇らしげに言うと、神がちょっと怒った。あっ、これはヤバい。そんな意地悪を言ったら、ご飯を作らないって言いそうだ。
「ご、ごめん。ご飯は」
「作りますよ! ほらっ、沢山作るので、早く良くなって下さいね」
「はい」
「全くルシェが良くならないと何も出来ないんですから」
そうだよな。このままじゃ体を動かすにもままならない。残党を一掃するのは私が魔王にならないためでもあるからな。ヒャクに寄りかかっている訳にはいかない。
「なるべく早く治す」
「はい。治したら結婚して次は中ボスを倒しに行きましょう。ルシェを魔王にするわけにはいかないですからね」
「ちょっと待て、なんで結婚を挟んでるんだ!」
結婚。そう。なんでさっきから結婚が当たり前のように中に入っているんだ。
「これから旅に行くんですよ。式は挙げられる内に挙げておいた方が」
「いや。さっき婚約者で妥協するって言ったじゃん」
婚約者じゃないけど、ここまで強引にすすめられると婚約者が一番マシな選択肢になってくる。
「ルシェ。それは僕を婚約者と認めた事になりますよ」
「認めるも何も婚約か結婚の二択なら婚約で妥協する」
婚約破棄って言葉もあるし、ヒャクも飽きたら私を手放すだろう。
その言葉にヒャクが嬉しそうに笑う。なんか悪い事をしているみたいだ。そう言うのが良くないのはわかっているけど、思っちゃうんだから仕方ない。
「はい。ルシェが結婚したくなったらいつでもプロポーズして下さいね」
そう言いながら神がはにかむように笑う。このまま押し切られて結婚してしまいそうだな。と思ったがその言葉を急いで頭から消す。
それでも少しだけ、ヒャクのその表情をずっと見てみたいと思ってしまった事には、今はまだ気付かなかった事にしよう。
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