7
村の人たちを見送ると途端にやることがなくなる。
と言うよりも何をすれば良いかわからなくなる。六日後だよ。六日後。そんなにあるのか、それしかないのかは正直わからない。このままだと無駄な時間を過ごしてしまいそうだ。そう思った私はとりあえず魔物を狩りに山へと向かう事にした。
少しでも強くなれば戦いに有利になるかもしれないしな。
まずは修行だ。勢いのまま山に突入すると、オークを見かけた。珍しいな。ゴブリンより強くてゴーレムより弱い。いつもなら村に入らないように見つけたら始末しているが、この村には私と神しかいない。
迷いこんでも問題はなさそうだが、オークもそれなりに危険な事には変わらない。討伐しておこう。いつものようにスキを狙い気の棒で叩くと簡単に討伐出来た。
いつもなら埋葬して終わりだが、今は少しでも強くならないといけいない。レベルの概念は結局わからないが、魔物の血を飲めば完璧なはずだ。
そう、飲めば。……飲めば! ……これを生で? 無理だな。神に何とかして貰うしかないか。
料理うまいし、もしかしたらスムージーとかそんな感じに飲めるように調理してくれるかもしれない。面倒かもしれないが、私が強くなれば戦いも楽になるし、神にもメリットがある。
とりあえずこのオークは家に持ち帰るか。私より大きいが肩に抱けば行ける。よし。オークを持ち上げると家へと向かった。途中で神がうちに住み着いていことを受け入れ始めていることに気付きかけたが、心から抹消した。
「お嫁様。おかえりなさいませ。ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも」
家に着くと予想通りフリフリエプロンの神様が少し高めの声でお出迎えしてくれた。ベタだな。そう思い始めたので慣れって怖い。慣れたくないがな。
「そうですね。神様。この魔物の血を飲みたいです」
神が僕と言う前にオークを渡すときょとんとした顔でオークを見ていた。
「これは……新しい健康法ですか?」
若干引きめに神が言った。生き血を好んで啜るとかどこの悪魔だ。と言うかお前のフリフリエプロンのがドン引きだからな。
「手っ取り早く強くなれないかと思いまして。ほら、六日後には邪竜と戦うんですよ」
「強く? お嫁様は今のままでも素敵ですよ」
ん? ここはルシェのいいとこを見てみたいとか飲む方が良いとか血を飲むのを促す所ではないか?
「そしたら、僕の血を飲みませんか? 活きの良い竜ですよ」
服を脱ぎ生肩を出す。吸血鬼じゃないし、そもそもこの神の肌に触れるのは気持ち悪い。
「恐れ多い。謹んで辞退します」
恐れ多い。便利な言葉だ。血は止めよう。なんか嫌な予感がする。これが闇落ちフラグ? なわけないよね。そっと神の様子を窺うようにさりげなく見る。
「それは残念です」
そう言う神はいつもよりもあざとさが半減している。やっぱ魔物の血は闇落ちフラグなのか! とりあえず、このオークは埋葬するか。
「このオークは」
「お嫁様。オークは美味しいので、今夜はオークの唐揚げにしますね」
食べるんだ。きっとこの神の料理なら結構美味しいんだろうなと一瞬思ったが、私の胃袋は掴まれていない。ん? オークの唐揚げ? この神、見た目は儚げ美青年だがオークを捌けるのか?
「ゲテモノ調理も出来るんですね」
とても意外だ。ってか良く考えたらオークを見て「キャー。お嫁様。怖いです」ってあざとさ120%で抱きついてくるタイプだ、よな。今更ながらなんかギリギリの橋渡っていた気がする。
「僕はハイスペックな婿ですからね。お嫁様と一緒ならお城から野宿までどこでも暮らせますよ」
良い婿でしょう。そう言わんばかりのどや顔で言っているのが妙に腹立たしかった。だが変なイベントが発生しないで済んだのは助かった。
***
神の作ったオークの唐揚げはとても美味しかった。豚の唐揚げってこんな味なんだろうな。オークを通して前世の料理を知るのは複雑だが、オークが美味しいから仕方ない。まだ冷蔵庫にオークが残っているので、明日はオークカツを作って貰う事になった。しかも大葉とチーズが入ったヤツだ。楽しみだ。
明日は食べ過ぎないように我慢しよう。ホント、うっかりいつもよりも食べ過ぎてしまった。体のキレが悪くなるのも良くないし、一休みしてから軽い運動をする事にした。
見回りを兼ねた村のランニング。人がいなくなった村はうち以外の明かりがないから不用心だしな。
って軽い気持ちで決めたが、間違ったかもしれない。当たり前だがこの村は人がいる気配がない。光は夜空の星と村を僅かに照らす松明型の街灯だけだ、これはあれだあれ。ホラゲ。ホラゲで良くある田舎町だ。突然、変なヤツが出てきてゲームオーバーになりそうだ。
……そんな事、ないよね? ないよね? 段々と怖くなって周りを見渡すが、視界に入るのは街灯のみ。段々と気味が悪くなってくる。後ろから誰も見てないよね? 気のせいだよね。
なんか考えれば考える程ドツボにハマりそうだ。今日は帰るか。体を家の方向へ変え、再び走りだした。
我が家へ向かって走ると段々と大きな光が見えてきた。うちの光だ! こんな状況だからか神々しく見える。現実に戻った来たんだな。テンションが上がり少し駆け足に玄関に向かうと扉の前の神が視界に入った。どうやら座って星を見上げていたようだ。更に現実に戻された気がする。
「お嫁様。おかえりなさいませ」
「……ただいま、帰りました」
私に気付いた神が言ったが、ここはお前の家じゃない私の家だ。何度目かのつっこみが出そうになったが、こらえ、挨拶をする。
「見回りお疲れ様です。お嫁様。外は冷えますし、早く家に入りましょう」
神がそう言いながら扉を開けた。神も家に入ろうとしているが、星を見ていなくて良いのかな? 私は別に邪魔するつもりはない。見たいならゆっくり見ていれば良い。
「ん? 私に気にせず、外にいても良いですよ?」
そのまま伝える。そうしますね。と外にいるもんだと思ったが、神は拗ねたような表情に変わり口を尖らせる。なんだ?
「つれないですね。僕はお嫁様が帰ってくるのを待っていたんですよ」
「私の?」
「ええ。早くお嫁様が帰って来ないかなって、星空を見ながら待っていたんです」
神が言っていた通り外は寒い。私は体を動かしていればあまり感じないが、外で待っているのは冷えるはずだ。いくら星という暇つぶしがあるとしても、待たせるのはこの神相手でも悪い気がする。
「もう待つ必要はないですからね」
「ふふっ。そうですね。きっとお嫁様はここに帰って来てくれますかからね」
「帰って来る? ここは私の家ですよ」
帰って来る? どうしたんだ? ここ家は私の家で帰るのは当たり前だ。もしかして、この家は乗っとるつもりか。答えを探るように神に聞くと神がクスクスと笑った。なんかムカつく。
「お嫁様は邪竜が来るからと逃げないんですね」
「どの口が言っているんですか。逃げたら追いかけて来るんじゃないですか」
昨日、散々追いかけ回していたのは忘れていない。逃げるなんて考えてすらいなかったが、そもそも神にもそんな選択肢はない筈だ。
笑って流すかと思ったら神は寂しそうに笑った。なんか、そーゆー顔されると私ってやなヤツみたいじゃん。一気に悪いことを言ってしまった気になる。
「まぁーそれに、……そーゆー事、したかったってのも、あるし」
フォローするのヘタクソなのは知っている。そもそもこの神にフォローするのが、あまり乗り気ではないからな。何とも言えない気持ちのまま言うと神が私のことを探るように見る。
「したかった? 職業ですか?」
職業……ジョブと言えばジョブなの、かな? 私は勇者に憧れている。なんてかっこよく聞こえるがただの中二病だ。ゲームの世界だし。結果としては近い感じになった。なら私は「たたかう」を選びたい。それだけだ。
「そんなもの、ですかね。英雄は格好良いです。それに強さってのは誰かを助けるためにあるもんですからね」
そう言いきると神が目を細めて微笑む。とても綺麗で、この微笑みは世の女子達を虜にするだろうなと思った。中身は残念さでマイナスに振り切っているけどな。
「お嫁様。側室は三人迄ですよ」
「は?」
そう言う所だ。なんだ側室って? 三人まで? 意外と寛容だな、ってそうじゃない。と言うか自分が正室って雰囲気を出してるのはなんなんだ。
「お嫁様は格好良いですからね。世の雄にもてもでですよ。それに英雄は大体が好色と聞きますし、多少の火遊びは許します」
多生の火遊びなら。もう正室の風格だ。
「そうですか」
「はい。ミカ殿も構いませんよ。仲良く出来ます」
ミカちゃん? やっぱこの神は雌雄がわかるかが不明だな。きっと謎ハーレムに加えられたらミカちゃんも困るだろう。そもそも神も私との結婚を望んでいないはずだ。
「神様。私はあなたの力が欲しいわけではないです」
「お嫁様?」
「ただ邪竜を討伐したいと言うのが一致している。だかた協力する。なのでそんな取り繕う必要はないです」
「取り繕う、ですか?」
「えーっと、私をおだてる必要はないです。ご飯も自分でなんとかするし、というかもともと自分でなんとかしていたし」
流石に私でも利用するためにとんちきな事をしている事には気付いて居る。この神の言葉は薄く、好意なんて感じられない。だかた、ただただ気味が悪いだけだ。
「…お嫁様」
「どうしたの?」
「明日はオークのカツですよ」
オークを人質に取ってくるとは。きっと美味しい筈だ。だけど、やっぱ良くないし。どう誘惑を突き放そうか考えていると神が吹き出すように笑った。
「ふふっ。そんな楽しみにして下さるのを取り上げたりしませんよ」
「いや、でも、やっぱ。良くないですし」
「僕がお嫁様を利用していると言うのでしたら、お嫁様も僕の気持ちを利用して下さい」
だからそれがおかしい。この神は私の事をどうも思っていないはずだ。
「だからあなたが私の事を」
「お嫁様。そもそも僕の気持ちを知らないでそう言うのは良くないんですよ」
「いや。それが」
微笑みながら、私の唇の前に人差し指で触れるように差し出す。驚いて話すのを止めると神はゆっくりと指を引っ込めると「ここからは邪竜を倒してからですよ」といつもとは違いあざとさのない優しい表情で言うと家の中に入っていった。
イケメンに限る。その言葉が似合うポーズだった。うん、そうだ、イケメンだから許される所業だ。思い出せ、この男はイケメンだが、いつもお嫁様って呼んでるストーカーだ。少しだけでも心が揺れそうになった自分の熱を冷ますように深呼吸をする。
少し落ち着いてから家の扉を開けると神は部屋に戻ったせいか私の視界にはいない。
ほら、こんなヤツだ。私の事はなんとも思っていない。作戦を変えてきただけ、そう思うと少しだけなんとも言えない気持ちが生まれそうになったが、潰すように消した。
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