6

 気味が悪い程に何もなかった夜を迎え、朝になった。

 布団を捲り、私以外誰もいないことを確認して一息つく。神が持ってきた布団で寝ているのなら、大人しくしている間に着替えた方がよい。とりあえず急いで着替えて、どうすれば良いか考える。

 って言ってもな。村の人達を移動させると聞いてはいるが、私は何すんだ? 神から聞いているのは……六日後に来る竜を気の棒で殴って倒す。なるほどわからん。

 これは今日の仕事を神に聞いた方が良いな。とりあえず居間に行くか。ため息をついて居間へと向かった。


 そして居間に続く扉のノブに触れ、そのまま開けようとした瞬間、嫌な予感がした。ちょっと待てよ。もし神が寝ていたら、寝込みを襲いに来たとか変な勘違いをされないか? と言うかあの神だったら寝たフリしているかもしれないな。あ、これは布団に引きずり込まれる未来しか見えん。……安全が確認出来るまで入らない方が良いな。よし! まずは扉の前で確認だ。


「おはようございます。起きていますか?」


 少し待っても神の声はしない。うん。これは危険だ。全く人の家を危険地帯にしやがって。扉から出てくるのを待つしかない。仕方ない。とりあえず朝ごはんを食べに行くか。

 神の分は……果物の一個でもお土産に持って帰るか。昨日ご飯作ってくれたしな。ヤツが変な事を言ったら果物を握り潰して何もなかった事にすれば良い。


「お嫁様。起きていらっしゃったんですね」


 そのまま玄関へ向かおうとしたら、後ろからと私を呼ぶ声が聞こえた。そしてすぐにフリフリエプロンにお玉を持った神が視界に入る。……こっちだったか。


「は、い。おはよう、ございます」

「ふふっ。おはようございます。お嫁様。もう少ししたら朝ご飯です。今日は忙しいですのでいっぱいご飯を食べて体力をつけて下さいね」

「……はい」


 どこの新妻だ。と心の中で思ったが。それは胸の中に仕舞い小さく頷く。

 大人しく神について台所へ向かうと机の上には卵焼きと漬物が置かれていた。そして魚を焼いているような香ばしい匂いがする。

 椅子に座り、神へ視線を移すとお皿に鮭をのせていた。豪華な朝食だな。肉食派のうちには魚を置いていないので、どこから出てきたのか気になるが、そこはスルーしよう。


 鮭は直ぐに私の前に置かれ、すぐにご飯と味噌汁も増える。そしていつの間にかエプロンを取っていた神が私の前に座った。


「冷める前に食べて下さいね」

「はい」


 いただきます。と言ってから朝ご飯を食べる。相変わらず神の作った料理は美味しい。だからと言ってそう簡単に私の胃袋は掴ませる気はないがな。

 朝ご飯を食べ終わり、借りを作らないように今日は神の分もお皿を片付ける。机に戻ると神と目が合う。ずっと視線を送っていたのは知っているからな。こっちみんな。


「お待たせました」

「いえ。ふふっ。お嫁様はお優しいですね」

「ご飯を作ったからと対価を求められたら嫌ですからね」


 好意ではない。そんな意味を込めて伝えると神が目を細める。


「それは残念です。欲しいものがあったのですが」

「欲しいもの?」


 なんだ? 目の前の神は婚姻届の判とか子供とか言いかねない。話を聞きつつ逃げ道を考えないといけないな。


「お嫁様の押し入れにある武器です。アインスに行くにはこの村にある武具では心許ないですので、村の者達へ渡したいのですが」

「あ、それなら問題ないですよ」

「助かりました。押し入れの整理が終わるまで待っていますね」

「整理?」

「聖域ですよ。お嫁様がこっそり隠していた物をうっかり見つけてしまったら大変ですからね。もちろん。僕はどんな内容でも受け入れられますよ!」


 コイツはこっそり隠している物を全力で探しに行く気か。それよりもなんだ! 見られたくないものってのは! この神は私がどんな特殊な嗜好の持ち主だと思っているんだ。そんなのに求婚しているお前のがヤバいからな! 相変わらず腹立つ。

 コイツとは正反対の筋肉ムッキムキな写真集でも置いてやろうかと思ったが、それはそれで面倒な事になりかねないから止めとこう。


「あの押し入れは昨日見ての通り武器しかないですよ」


 心の中の言葉を押し殺して神に伝える。と言うか昨日、押し入れ全開にしてたし! 見ていなかったのかよ!


「お嫁様が差した所しか見ていませんよ。見せないように僕の視線を誘導されて」

「ないです。勝手に変な技を作らないで下さい。ほら、押し入れの武器を取りに行きますよ」


 押し入れに向かい。中にある武器を何個か持つとそのまま村長の家に向かう。村長の家の周りには荷物を持った村の人達がまばらにいた。神に気付いた村の人達が私達に向かって小さく頭を下げる。とっても居心地が悪い。今の私は武器持ちだ。武器持ちに徹しよう。


「村長殿。おはようございます」

「おはようございます」


 早速、村長が神の言葉にひれ伏す。最近見慣れた光景だ。そして相変わらず神は気にせず、微笑みながら話し始める。


「そろそろ出発の時間ですからね。あなた方に祝福を授けに来ました」


 その言葉に村長が立ち上がり、膝をついた。

 

「シンディ殿。こちらをお持ち下さい」


 神は村長を呼ぶと手の平を向ける。すぐに手の平から湧くように金色に光った小さな塊が沢山出てきた。どっから出て来てるんだろ。

 ってか、突然過ぎて村長固まってるじゃん。あっ、村長の奥さんが手の平からこぼれ落ちていく塊を袋にいれている。グッジョブ。


「神様。ありがとうございます」


 塊が出きった後に奥さんがお礼をした。村長は未だに棒立ちだ。いや足が震えているから、生まれたての仔牛見たいになっているな。

 神はそんな村長の様子など気にせず、微笑んでから視線を別の場所に移動する。


「旅に必要な資金です。皆で分けて使って下さい。次はミュエル殿」

「はい」


 神が呼んだのはミュエルさんだった。ミュエルさんもいたんだ。まっ、村の警備隊長だしな。来ているか。

 ミュエルさんはイケメンと言う感じではない。けど優しくて、頼りなお兄さんだ。それは神から呼ばれた時の反応でもわかるな。ミュエルさんが呼ばれた時に黄色い声がほんのりと聞こえ、ちびっ子達は憧れのヒーローを見るように視線を向けて拍手している。

 数々の修羅場をくぐっているからか、ミュエルさんは神におののく事なく、神の前にゆっくり向かい、膝をつく。


「ルシェ様。ミュエル殿に剣を」

「は、はい」


 神が私の方へ微笑みかけるとゆっくりと言葉にした。聞いていない。事前に言ってくれても良いじゃん。少しイラッとするが、我慢して急いでミュエルさんにエクスカリバーを渡す。

 ミュエルさんは私からエクスカリバーを受け取ると神に一礼し、肩にかける。やっぱりミュエルさんはエクスカリバー似合うな。神はこの村の事をわかっているんだな。


「最後はミカ殿ですね」


 次はミカちゃんだった。ん? なんだ? 変な事はないか心配で見ていると、ミカちゃんが神様はルシェ一筋だよ。って目で見てくる。違う。そうじゃない。


「はい。神様」


 ミカちゃんはそのまま神の元へ向かうと膝をついた。


「ミカ殿。どうぞ頭を上げて下さい。ルシェ様のご友人にそんな真似をさせられません」

「こちらをお持ち下さい。お守りです」

「私にですか……」


 ミカちゃんが私をちらっと見る。大丈夫だ。私はこの神をどうも思っていない、だがミカちゃんには押しつけたくない。ミカちゃんは地獄へ導きたくない。


「ええ。貴女がご無事この村に戻れるようまじないがかかっています。戻られた際はどうぞ僕とルシェ様との婚姻の立ち会いをお願いいたします」

「えっ! えっ!」


 神がミカちゃんを買収している。帰ってきたら婚姻。段々と逃げられなくなってきている。

 あのお守りはまじないと言うよりものろいがかかっていると錯覚しそうだ。いや、十中八九のろいだ。ミカちゃんも口元に手を当てて私をニヤニヤと見るのをやめて欲しい。


「はい。あの、神様」

「ミカ殿。どうされましたか?」

「ルシェをどうぞよろしくお願いいたします」


 ミカちゃん! ルシェをよろしくしないでくれ!


「ルシェ様を?」

「ルシェは単純で考えなしに突っ込んで行くところがあります」


 ミカちゃん! 私のライフそろそろなくなりそうだよ!


「だけど、真っ直ぐできっと神様の力になってくれます」

「ええ。もちろんですよ。ふふっ。あなたに嫉妬してしまいそうですね」

「とんでもないです。私はただの幼馴染みで」

「ふふ。幼馴染みは侮れないですからね。ミカ殿。何があっても生きて戻って来て下さい。ルシェ様が哀しむ姿は見たくありませんからね」


 あれ? 死ぬのはこっちじゃないの? 気になる言い方だな。


「アインスに向かうのも危険ですからね」


 神が続けた。そうだよな。アインスに行くには魔物が生息する森を抜ける必要がある。

 ただ道は整備されているし、魔物とエンカウントする事は少ない。更に剣が得意なミュエルさんがエクスカリバーを持っている。勝ち確だ。

 神はミュエルさんにエクスカリバーを渡した。それでこの台詞。こちらは最初から勝つつもりなのか。


「ルシェもです。ご武運を祈っております」


 ミカちゃんは神に頭を下げると私の方を見る。


「ルシェ。絶対帰ってくるから、この村を頼んだよ」

「もちろん!」


 うん。私も頑張らないと! ミカちゃんの言葉で気合いが入る。

 そして「やはり幼馴染みは強敵ですね」と呟くように言う神の声は聞こえなかった事にした。


 ***


「後は邪竜の討伐ですね」


 村の人達が見えなくなってから神が私に言った。相変わらず情報が乏しい。


「ミカちゃんに渡したのは、何か意味があるんですか?」


 引っかかった。邪竜と戦う私には特に何もない。なのにミカちゃんだ。全く欲しくはないが、気に掛かる。ミカちゃんに何かあるのだろうか?


「欲しい馬があったら、乗っている人の心臓を射るんですよ」


 この神はそうやってはぐらかす。そして相変わらず日本語がズレている。嬉しそうに言っているがそれは多分逆だ。相変わらず私の事を獣かなんかと思っているらしい。

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