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邪竜襲撃もとうとう明日となってしまった。神から作戦も聞いた。足止めしてタコ殴り。作戦って言って良いのかわからないが、わかりやすくて覚えやすい。とても私向きだ。
足止め用に魔方陣みたいなのを神が村の至るところに書いていた。そこに私が邪竜を誘き寄せる。罠的なものだ。書かれている場所も把握し、当日のルートも覚えた。準備も終わったので後は邪竜の入り待ちだ。一仕事終えたので、一息ついて神を見ると神が口を開いた。
「後は明日ですね」
「はい。ならご飯を取ってきますね。今日は何にしますか?」
「それでしたら、今日は栄養がつくものが良いですね」
「栄養? わかりました。とりあえず行ってきます」
次は夜ご飯か。体力はまだまだ余裕だし、そのまま山へと向かう。余裕はあるが、明日筋肉痛になったらマズイし今日は食料の調達だけにしよう。
そう言えば神が家事をして、私が食材調達。結局これで落ち着いたな。神の料理は美味しい。邪竜と戦うから栄養バランスは大事。色々理由つけられてうまくのせられた気がする。なのでその分邪竜退治はちゃんと成果をあげないとな。
まずは今日の夕飯だ。栄養のつくもの。肉だな。肉! 明日の戦いに精力をつけた方が良いし、なら熊だな。うん。熊だ。
熊を狩り、肩に担ぎ家に戻る。扉を開けるとすぐに神が食材を見に来た。神の視線は熊に移ると恥ずかしそうに微笑む。なんかヤな予感がする。
「お嫁さま。おかえりなさいませ。ご飯とお風呂どちらにしますか? そ、れ、と、も」
神が着物の襟を触れようとした瞬間、私は熊を床に置き、家から出た。家に戻ったら既成事実を作られそうだな。さて、どうしよう。そう言えば果実がなかったな。今度はデザートでも取って来ようかな。
空を見上げると青空が広がっている。後二、三時間は外に出ていても大丈夫だな。
「相変わらず。お嫁様はいけずですね」
いつの間にか私の横に来たようで横から神の声が聞こえる。いけずと言っているが、悪いのは私じゃない。そんな気持ちを込めながら神に視線を送ると、神は微笑みながら続ける。
「僕はお嫁様のものなので、好きにして良いんですよ」
「しません」
「遠慮なさらずに。こう言う生真面目な御方ほど好きものだと聞いていますので。僕は神なので人よりも頑丈ですよ」
いや。そんなアピールはいらない。そもそもなんでこの神は私の事をちょいちょい特殊性癖にしたがる。
「最近は落ち着いて来たと思っていたのに」
「ふふっ、お嫁様が熊を持ってこられたのでつい」
ついってなんだ。熊はなんかのスラングなのか。
「熊?」
「ええ。滋養強壮に良いですし」
栄養があるからって脳内ピンク過ぎるだろ。エロ本を探すなら私の押し入れよりもまずこいつの頭の中だ。
「意図は全くないです。明日全力で邪竜をぶっ潰すんですよ。少しでもスタミナを付けた方が良いので熊を」
「ふふっ。そうでしたね。明日は邪竜との大事な戦いですからね。初夜には早すぎですね」
「んなもんハナから存在しません。私たちは邪竜を倒したら他人です」
「でしたら、出会いからスタートですね。パンをくわえて角で待機してますね」
何。このドッチボール。頭痛が痛くなりそうだ。
そしてパン。どこの学園モノだ。この間のギャルゲーの選択肢と言い、この神は俗世よりだ。
ん? ギャルゲー? 学園モノ? そう言えばこの神は多分ゲームと言うものを知っている。やっぱり転生者なのか?
神だからとごり押ししてるが、転生知識かもな。聞いて見るか? いや、ちょっと待て、そんなこと聞いたら、地球出身ですか。日本? これは運命ですね。もう結ばれるしかないですね(はーと)とかなりそう。これ以上関わるのはリスクが高い。聞くのは止めよう。
なんで唯一事情を知っていそうな転生者がこんなんなんだ。神様。……コイツじゃん。やっぱ自分に都合の良い神様はいないんだな。もうさ、邪竜倒して徳を積むしかないな。
「ぶつかる前に避けますからね」
「そんな事はさせませんよ」
この様子だとこの神は私にも罠をしかけそうだな。気を付けないと。ため息をついて神を見ると神が嬉しそうに笑う。気持ち悪い。
「どうしたんですか?」
「この時間が愛おしいですね」
「この時間が?」
「ええ。お嫁様と他愛ない事を話この時間はとても愛おしいです。……邪竜が来なければ、お嫁様とずっとこのように過ごせるんですね」
神がしみじみと言った。先程と違い憂いを帯びたその横顔は綺麗で、本当に勿体ないなと思う。料理は美味しいし、お嫁様と呼ぶ時以外はまともだ……とは思ってはダメだ。気のせいだ。あれだ、あれ。吊り橋効果だ。邪竜と戦うし緊張しているんだな。落ち着かないとな。
「ずっと一緒に。色々な」
少し恥ずかしそうに照れたように笑った。いろいろ? まだ脳内にエロ本が残っているのか。
「熊を狩ったのは邪竜と戦うためですからね」
スケベ生物にしてしまった熊に心の中で謝りながら言った。
「え? あぁ。存じておりますよ。ふふふ。お嫁様。僕はそろそろご飯の準備をしに行ってきますね」
「は、はい」
「ええ。楽しくてこのままあなたと駆け落……いえ、ダメですね。明日は邪竜を倒さないといけませんね。いっぱい食べて、ぐっすり寝れるように愛情いっぱい込めて作りますね」
駆け落。その後に続く言葉が気になったが、面倒な事を言ってきそうだったので、心の中に留めるだけにした。
***
滋養強壮。精力剤。神の言葉を思い浮かべながら、屋根の上で空を見上げていた。眠れない。
寝ないといけないのに、逆に目が覚めてくる。このまま布団の入っていても状況は変わりそうもないので、頭を冷やすように屋根に上り星を見上げる。
星の光が綺麗で少し心が落ち着いた気がする。それから村へ視線を移す。村人は皆に移動したからか光は街頭しかない。一週間経っても相変わらず見慣れない光景だ。光が戻って欲しいな。明日は勝たないとな。
「お嫁様~。眠れないんですか?」
再び星へ視線を移動しようとしたら下から神の声が聞こえた。声のした辺りに視線を移すと神がいた。神は私の視線に気付くとそのままひょいと軽くジャンプする。宙を舞うように綺麗に飛び上がる。そしてそのまま屋根に着地した。
大ジャンプだが、そんな事を感じさせないくらいに軽やかだ。
「ええ。もしかして、起こして」
「いえ、僕も眠れなくて星を見に来たんですよ」
神は私の方に近づきながら「明日は邪竜が来ちゃいますからね」と続けた。言い終えると私の隣に座った。
「……そうですね」
「どうされましたか?」
「余裕で倒すものかと思ってましたので」
「邪竜は強敵ですよ。余裕なんてございませんよ」
「そう、ですよね。……そう言えば、神様は逃げないんですね」
私が逃げないか心配していた。余裕がない強敵。神はどうなんだろうな。そう考えていると言葉に出ていた。
「それで上手く行くのなら、僕は逃げますよ。邪竜は手強いですからね」
ふわりと笑う。うまくいくのなら。きっとこれが神の本音なんだろうな。邪竜からは逃げられない。倒すしかない。
「何を知っているんだか」
「そうですね。聞きますか、生涯添い遂げる方にだけ伝える予定なのですが」
「知りたいわけではないので安心して下さい」
私がそう言いきると神はそれ以上何も言わなかった。私のことをお嫁様と言っている割にやっぱり淡泊だ。私はそんな持ち上げなくても協力するといったのにな。
「私は英雄になりたいんですよ」
「はい。存じております」
「だから邪竜を倒す。それだけです」
「ええ。存じております」
神が微笑んだ。存じていると言っているが、私の言いたいことは伝わっていないようだ。
「なら」
もうそんな事を言う必要はない。そう言おうとしたら神が真剣な表情をする。一瞬言葉に詰まると神が微笑みながら言った。
「いくらお嫁様でも僕の気持ちを勝手に決めるのはいけませんからね」
その言葉と共に甘い香りがした。その香りと共に突然眠気が現れた。麻痺毒? とは違うな。
「ふふっ。お嫁様はすぐに僕の気持ちを疑おうとするんですから。続きは邪竜を討伐してからですよ。結婚は邪竜を」
何か気持ち悪い事を言っている気がしたが、心地香りに私の意識は遠のいて行った。
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