2
次の記憶は自分の部屋だった。寝ていた? ……確か妙な男と出会い、麻痺のような状態にされた。
絶体絶命だ。気持ちを落ち着かせるように深呼吸をし、とりあえず手、胸、足と全身を見てみる。
四肢はある。手錠も繋がっていない。痛みもないし体は無事っぽいな。洗脳は?
「お嫁様。目がさめたのですね」
自分の状態を確認しているととても腹立たしい声が聞こえた。声の主を見るとそいつに対しては憎しみ以外の感情が浮かばなかった。とりあえず、洗脳も大丈夫そうだ。
「おかげさまで。最悪の目覚めだ」
「ゴーレムに出し抜かれていましたからね。お嫁様。疲れは取れましたか? ゴーレムごときに苦戦してましたので、休んで欲しくて、愛情いっぱい睡眠をかけました」
どや顔で言っているが、あれ絶対麻痺毒だ。少し甘ったるい声だったが、殺意いっぱいの間違いだろ。だめ。状態異常。なんて言っても、また腹立たしい返答が返ってきそうだ。
「あんたの睡眠だなんて、何かされていないか不安しかない」
腹立たしい。取り繕う必要もないし心の中で思っている事が口から出てくる。どう思われようが知らん。私の態度が嫌なら出て行け。ここは私の城だ。
「そんな事はしませんよ。お嫁様は僕との思い出を覚えていないって、いけずな事を言いそうですからね」
乙女か。なんて突っ込みそうになったが、その乙女思考のおかげで助かった。ってか、覚えていないって、麻痺毒をかけてるからだろ。
心の中でヤツに毒づきながらも状況を整理する。とりあえず既成事実はなし。まだ追い出せる。
「それよりも、いつまで居るの? 家族の方が心配する前に帰った方が良い。よし。村の出口まで行こう」
「お嫁様、心配してくれるんですか? とっても嬉しいです。ですが心配はご無用ですよ。僕の両親と兄弟はもういませんし、今の家族はお嫁様だけです」
おい、最後。勝手にカウントすな。何か事情があるようだったが、今までのやり取りから同情なんて出来ない。
「お嫁様って、私は一生独身と決めている。問題あるなら、この身は神様にでも捧げれば良い」
少しでも隙を見せてはならない。頭に浮かんだ言葉をとりあえず伝える。
「神に?」
「はい」
「丁度良かった。僕も神の一柱なんですよ」
パンと手を叩きながら言った。ちょっと待て。今なんて言った?
「は?」
「これはこういんしょうですね。僕はそこの山神です。実は僕。人間じゃないんですよ。ザンクトゥリウム山に宿っていますが、今日からはお嫁様の神様です」
情報が……情報が多い。ザンクトゥリウム山はここら一帯で一番大きな山だ。ここの村人はザンクトゥリウムの山神に感謝しろなんて言われて育っている。
本物だったら私は神様に粗相をしたと村八分になるし、嘘だったら目の前の男は無礼だと八つ裂きにでもされる。
昨日の行動から人じゃない事くらいはわかっている。だから神と言う言葉に対して否定は出来ない。ってかなんで神がこんな村人を相手にするんだ? ここは昔話の世界かなにかなのか? 亀や鶴を助けた記憶もない。
もしかして昨日、兎を襲おうとした魔物を倒したから? いやあの兎は最終的に私の胃袋に収まっている。違うな。
「山神様でしたんですか。この村までどうされたんですか?」
憎々しいこと半端ないが、ザンクトゥリウムの神と名乗っている以上、話し方は少しまろやかにしよう。とても不本意だが。
「どうした。なんてつれない事を言わないで下さいよ。お嫁様に会いに来たんですよ」
「私に?」
「はい。お嫁様をぱーてぃーに誘いに来ました」
「パーティー?」
お城で舞踏会でもあるのか? 怪訝な表情で言葉を待っていると相変わらずふわふわと笑いながら言った。
「邪竜の討伐をするぱーてぃーです」
「邪竜?」
もしかして、この謎のゲームが始まったのか?
「ええ。近々お嫁様の村に黒き邪竜が来襲するんですよ」
「村に来襲?」
「はい。もう少ししたら。隣の山に邪悪な竜が住み着くんです。そしてこの村を襲いに来ます。どうにかしないとお嫁様の村は滅ぼされてしまいます」
お前が勇者側かよ! なんだこのクソゲー。それよりも
「村が滅ぶ」
山神はふわふわと言っているが一大事だ。
「はい。僕もそれは困ってしまいますので、お嫁様。僕と一緒に初めての
クエスト名「邪竜の討伐」を受領しました。なんて言葉が頭に浮かぶ。
冒険が始まった! と少し前の私ならおおはしゃぎたいが、ストーカーが突撃した辺りで私はお腹いっぱいだ。
邪竜を倒さないとやばいと思う。だがこのストーカーと一緒は嫌だ。ってかなんでこの神は邪竜を知っているんだ?
「山神様は」
「お嫁様に山神様なんて呼んでいただくのは畏れ多いです。僕の事はハニーで十分ですよ」
後ろにハートマークが付きそうな位に甘ったるい声だった。この神はさりげなく言質を取ろうとしている。神様で良い。距離感大事。既成事実だめ絶対。家から出てけ。
「で、山神様」
「僕のお嫁様は控えめで素敵ですね」
この山神は都合の良い頭を持っているようだ。そしてさりげなく旦那面だ。これは本当に要注意だ。
「嫁じゃないですよ」
「人は嫁と聞いたんですが? もしかして
違う。そうじゃない。ってそれよりもそんなやり取りしていて肝心の話が進まない。
「あーもう。話くらいすすめさせろ。や、ま、が、み、さま! 私も協力します。不本意ですが」
「優しいですね。流石、僕のお嫁様です。お嫁様がいれば百人力です」
「それよりも何で私なんですか? 昨日のゴーレムとか」
私の見間違いでなかったら、目の前の神はゴーレムをワンパンで倒した。明らかに私より強いはずだ
「もしかして、お嫁様は僕の秘密を知りたいんですか?」
「いえ、大丈夫です。邪竜討伐ですね!」
そうだね。私は転生者だからね。仕方ないな。変な神に選ばれてしまったのか。いやだな。神をチェンジしたい。
「お嫁様は雄雄しくてとても素敵ですね。そうだお嫁様。これから二人で過ごしていくことになりますので、生活費です」
どこからか取り出したのか、山神の手には金塊が載っていた。金塊は欲しいが山神はいらない。仕方ない。不審者とルームシェアだったら私は目の前の金塊を諦める。
「何かあったときだけ来てくれれば充分です」
「もしもの時のために村の人を他の町に移動しなくて良いんですか? 小さな村ですし、少し遠いですが、そうですね。アインスが良いです。大きい町ですし、お嫁様の村の方々くらいでしたらきっと受け入れてくれますよ」
「村人の移動?」
「はい。邪竜との戦いに巻き込まれてしまいますからね。もちろんお嫁様の産まれ故郷ですし。村人の移動に僕も協力します」
ちくしょう。協力するからここに住ませろと言いたいのか。村を人質に取られた。私の将来と全村人の命。秤になんかかけられない。何かあったら慰めて欲しい。
「村人を人質に取るなんて最低だな」
「少し失敗しても、たくさんこういんしょうを連発していけば良いんです」
なんだそのギャルゲーは。大丈夫だ。今の選択肢も間違っている。そう思いながら私は山神を見る。
所謂冒険の始まりな筈なのに、この神のせいかとても憂鬱だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます