自称勇者はヤンデレ神様のアプローチを回避したい

黒崎ちか

本編

1

ここはどこ。私はルシェ。なんてお決まりの台詞を言っても誰も助けてくれないのは知っている。ほんと、ここはどこだ。スィフル村ってのはわかるがそうじゃない。このゲームの名前だ。私の予想だとここは何かのゲームの世界だと、思う。きっと、多分。


 なんでわかるかって、私には前世の記憶があるからな。

 魔物がいて、魔法が使える……らしい世界。ダンジョンもあるし、ダンジョンの奥には宝箱に剣が入っている。だから何かのゲームの世界というのは察する事が出来る。

 だが私はこの世界は知らない、と思う。ってか、小さな村に生まれている時点でたいていの登場キャラにあわないだろうしな。知らないのが普通かも知れない。スィフル村、ルシェ。この名前にももちろん聞き覚えがない。小さな村のモブですからねと言われちゃおしまいだが。


 なのでこの世界について知りたいが、この村には聞ける人がいない。ゲームなんてのが存在しないからだ。ゲームって何? からスタートだし。こんな狭い村でそんな奇異な事をしたら、白い目で見られることは間違いない。


 結局この世界の事は未だにわかっていない。それでもいつか自分がこの話に関われるように私は修行に励んでいた。異世界転生したんだし、やっぱ勇者パーティーとか憧れるでしょ。悪い敵をシバいて、困っている人を助ける。うん。良いな。

 だから私は七歳の時から十年、いや十一年くらいか。それくらい人目を盗んでこの辺りのダンジョンに潜っていた。この近くにあるザンクトゥリウムと呼ばれる山にはダンジョンがコンビニのように沢山生成されているからな。修行場所には困らない。ダンジョンが沢山あるザンクトゥリウム。キーワードになりそうだが、もちろん覚えがない。


 気になるのでダンジョン探索のついでにこの世界について調べているが手がかりはなし。ダンジョンにいる強そうな魔物とは意志疎通が出来ないし、何で魔物は人語が理解出来ないんだよ! 一匹くらい話せるのがいても良いと思う。

 まぁレベルがあがるからいっか。レベルなんてあるかわからないが、上がっている気はする。最近はゴブリンが私を見た瞬間に逃げるし。そのかいあってスィフル村は今日も平和だ。

 誰かの平和のために。そう考えるとある意味今の私は勇者のようなものじゃん。実質勇者。村人からはゴリラを見ているような視線を送られて来ているような気がするけど、きっと気のせいと思っていた方が良い。


 強いて言えば武器のせいかな。私の武器はザンクトゥリウムに生えていた木で作った木の棒だ。初期装備としてこれ以上ないものはないだろう。ダンジョン探索で使い込んでいるせいか、年季が入りちょっと赤黒くなったのが良い味を出している。

 本当はダンジョンで手に入れた高そうな武器とかを使った方が選ばれしものって感じがするけど、このゲームの武器たちは装飾にこだわっているからか、デザインと実用性があっていない。木の棒ほど威力がないんだ。ってか、木の棒以下って……ゲームバランスおかしくないか? 高く売れる方法があれば生活費に充てたい。


 ……なんてのんびり考えていた時期が一番楽しいってのはわかっている。戻れるものなら昨日に戻りたい。


「お嫁様、考え事ですか?」


 ため息をつくと少し高めの男の声が聞こえた。緩やかな声は心地が良いが、悩みの種のせいか怒りしか湧かない。

 見たくはないが、無視するのは格好悪い。そのまま声の主に視線を移すと男の表情が華やかになった。

 なまじ顔が良いせいか腹立たしい。

 顔が良いって言うか神秘的って言った方が良いかも。肌も透明感のある白い肌だし。髪色も薄いな。何色だろ? 緑、茶色、グレイなんて言葉が浮かぶが、合っているようで間違っている。言葉では表現できない。

 寝癖のように少しボサボサしている髪も、なんとなくえも言えぬ美しさを引き出しているようだ。

 口調も相まってかゆるふわ系だ。背は少し高いが青年と言うには顔立ちは若く。不可思議と言う容姿をしている男だった。私の好みからはかけ離れているが。


「理不尽な事が起きて憂いているんだよ!」


 怒り任せに叫ぶが、目の前の男は穏やかに笑ったままだ。この男、ホント何を考えているかわからない。


「それは辛いですね。お嫁様が安らかに過ごせるよう。僕が全力でついておりますからね」

「いや。だからあんたが……」


 途中で言葉を切り、ため息をつく。今朝出会ってからずっとこんな調子だ。突然うちに来たと思ったら。お婿に来ました。なんてのたまいやがる。なんだ? 前世にそんな約束をした覚えがない。

 帰ってくれと言っても帰らないし、挙げ句の果てにはお嫁様呼ばわり。なんなの? このままじゃ私の方が気が滅入りそうだ。

 相手にするのはやめた方が良いと逃げたら、ついてきた。ザンクトゥリウムの中に逃げても、振り切れなかった。諦めて別邸としている山奥にあるダンジョンの隠し部屋に逃げ込んだら、先回りしてのんびりとお茶をすすってやがった。ほんと、なんなのコイツ?

 このダンジョンは地下なので入り口を見つけるのが大変だ。ダンジョン内の道も迷路のように複雑で大抵の人間は入って来れない。しかも番人のようにゴーレムがいる。私がこの前倒してしまったが……。

 これだったら、ホームセキュリティとして残しておけば良かった。私も防衛対象だが、入室する時にセキュリティーを解除ひんしにすれば良い。

 それよりも今更だがこいつただの人間ではないな。ここまでついて来れる人間は滅多にいないはずだ。

 もしかして人語を話せる魔物かもしれない。

 ……チェンジだ。別の魔物に変えてくれ。今更わかった。私が望んでいたのは人語を話せる魔物ではない。人語をきちんと理解出来る魔物だ。最低限の常識が備わっていればゾンビなどでも良い。

 もう鬼ごっこはしたくない。帰ってきて、昨日の日常。


「もう大丈夫だと思ってたのに」


 それでもダメだった。ため息を吐くように呟いた。

 次の拠点へと思うが、水分補給なしで半日はきつい。動きっぱだから、体力もすっからかんだし。私は逃げる事を一旦、やめた。そして体力を補給すべく壁の端で体育座りをした。


「お嫁様との追いかけっこ。浜辺でしたらとってもロマンチックでしたね」


 目の前のヤツがふわりと笑った。なんだ浜辺とは。私は全力で逃げているし、そんな甘いもんではない。突っ込んだらストレスが溜まりそうだ。ってか、コイツ汗一つかいてないじゃん。化け物だ。


「あーもう! この線からは来ないで」


 叫ぶように伝えるとその辺に落ちてあった錆びた剣を取り、床に線を引く。無理かもしれないが威嚇程度にはなってくれるかもしれない。


「もしかして、照れているんですか? 確かに僕もお嫁様と近づきすぎたら心臓が壊れちゃいそうですし、丁度良いかもしれませんね」


 本当にそう思っているのか? 妙に作ったような猫撫で声が気にかかる。ダメだ。もうシカトだ。


「そうだお嫁様」


 知らん。無視を決め込もうとしたらヤツの声が再び聞こえた。


「ここのゴーレムがそろそろ復活する時期ですよ。気をつけて下さいね」

「は?」


 その言葉と共に地面から土が盛り上がる。

 何かが出てくる前に急いで避けると「お嫁様。線を越えていますよ」と嬉しそうな声が聞こえた。黙れと伝えたい所だが、それどころではない。完全に油断していた。こんなタイミングでリスポとかないだろう。とりあえず退治しないと。ヤバいさっきまで全力で逃げていたせいか、疲れて体が動かない。

 ヤツの襲撃が突然だったから木の棒は家にある。何もないよりはましか。落ちていた錆びた剣を取り、急いでゴーレムへ一撃を浴びせるが、剣先が砂のように砕け散った。


「ちっ」


 役に立たない。持っているだけ邪魔だ。剣先が欠けた剣を槍のように投げるが、ゴーレムに当たると砂のように砕け散った。

 そしてゴーレムは剣など気にせずに、私の方へ向かってきた。近づきながら右腕を思いきり下げ、そのままその右腕を私の方に向ける。


「……っ」


 その攻撃はそんなに早くないので、避けられた。うまく懐に入れそうだがどうする。力が入らない。無理やり頭を働かせようとした瞬間、ドンと一際大きな音がした。

 音の衝撃で思わず目をつぶる。まずい。今は戦闘中だ。急いで開けると、視界からゴーレムが消えていた。

 状況が読めずにただゴーレムがいた位置を見つめていると、再び崩れるような大きな音。はっとしながらその方向を見るとゴーレムとおぼしき石が飛び散っていた。


「駄目ですよ。お嫁様は僕のですから」


 穏やかな声色だが、背筋が凍るような言葉だった。声の主を見ると手をパーにしていた。それから汚れを払うように手を叩き、砂塵がぽろぽろと地面へ落ちた。どうやら腹パンで決めたようだ。やはりこの化け物は普通の魔物ではないな。


「こんなゴーレム相手に苦戦する程にお嫁様もお疲れのようですし、そろそろ僕たちのおうちに帰りましょう」

「おうち?」

「はい。お嫁様の家です」

「は? いや、ちょっ、あんたが住んで良いとは」


 このままだと既成事実を作られる。逃げようとしたが、足が動かない。

 麻痺毒じゃないかと思うくらいに体が痺れ、直ぐに体が動かなくなる。

 息をするのも辛い。なるべく深く息を吸うが酸素が足りない。ヤツが近づいてくる。死ぬのか? それよりもこのままだと既成事実がつくられる方が死んでもいやだ。ん? この男は死んでも嫌と言うので、一度生き返らせましたとか言いそうだな。死んでからも嫌だ。無理やり体を動かそうとするが動かない。


「ほら。歩けない程にお疲れのようですし」

「だれ、の」


 お前のせいだ。そう言いたいが声がでない。そのまま男が私の肩に触れる。それが私の最後の記憶だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る