そんな罠に釣られ・・・

「私が債務を肩代わりしたことでしたらお気になさらないでください。私がシュウ様から貰ったたくさんのものの一部をお返ししたに過ぎないのですから。ですが、もしシュウ様がご迷惑でなければ、どうか私をお傍に置いてはくださいませんか?」



聞いている側が恥ずかしくなるような言葉を、フローラはシュウの顔を正面から見つめながら言った。全くブレの見えないような、真っすぐな瞳だった。

一方で、シュウは何だか自分がひどく恥ずかしい存在に感じた。


かつてフローラが聖女として認定されたと聞いたとき、シュウは「これでフローラは自分とは疎遠になってしまうのだろう」と考えていた。聖女といち神官とでは身分が全く違うからだ。

同じ宮殿にいるとしても一般兵士と王族とは天と地ほどの身分の違いがある・・・シュウとフローラもそれと同じだった。


しかしフローラは全くそれまでと態度が変わることなくシュウと接し続けた。シュウのみならず誰に対してもそうだ。

だが、それを見てもシュウは「まだ経験が浅いから」「聖女として接する人間が増えてくればくるほどいずれは変わる」と考え、自分からある程度の距離をフローラとは保っておこうとしたのである。


フローラの今の気持ちは、視野の狭さから来ているものだという考えが全て消えたわけではない。

だが、こうまで全て投げうって、全身でシュウに想いをぶつけるフローラに対して、自分はなんて卑屈だったのだろうという後悔の念がシュウの中で強くなる。

そしてフローラに対しての言いようのないほどの熱情も沸き上がっていた。



(あぁ、何だかやられっぱなしみたいで嫌だな)



持て余してならない、えもいれえぬ感情。

シュウ自身ははっきりと認識してはいなかったが、それはフローラに対して愛しいと思う感情である。

だが、シュウはそれを理解できるほどは真っ当な恋愛経験はしたことがなかった。



「傍に置いてくれと・・・どういう意味かわかりますか?これから何が起こるかわかりますかフローラ。こうして個室で二人きりの状態でそこまで言ったからには、もう何をされても文句は言えませんよ」



シュウは照れ隠しもあって、揺さぶるような言い回しをする。



「何が起こるか・・・?ナニですか?」



「下品ですね!」



下品なことを言うフローラに対して呆れたシュウは突っ込みを入れるが、それでもよく見ると彼女は緊張から軽口を叩いているだろうことが見て取れた。

そんなフローラを思わず「可愛い」と思ってしまったシュウは、一気に高まった情欲を抑えきれず、ゆっくりとフローラに近づいた・・・ところで



『そこで止まれ』



天啓だろうか。ここで突然シュウの頭の中で誰かが囁いた気がした。



『それ以上はいけない。ここで引き返せ』



これは自分の中の理性による警告なのではとシュウは思った。

実際はシュウもわかっている。


--フローラは危険だと。


シュウに対する熱い想いは本人から聞いたが、どうやらその強さは尋常なものではない。

今の状況とて成り行きではなく、彼女が広げた網にかかってしまった故にあるものだということは頭のどころかで理解していた。

このまま突き進んで、フローラの思う通りに事を進めるのは危険だ・・・そう理解している理性が、今必死で警鐘を鳴らしているのだということにシュウ自身も気づいている。


理性を総動員して、シュウは目の前の少女の網から逃れようかと考える。

確かにシュウの債務を肩代わりしてもらったが、それとこれとは別。本当にその気になれば逃げることだってできるはずだった。



「では、もう後戻りはできませんよ」



だが、それはしなかった。

結局シュウは情欲に屈し、なすがままにすることを選択することにした。



「はい。もう



シュウはフローラの頬に手を添え、フローラが目を閉じる。

罠にかかる。網にかかりにいく。

危険とわかっていて、あえて突っ込もうとしている。


シュウはダメだとわかっていても、それでもなおフローラを受け入れる選択をした。

初めて自分を愛してくれた女を抱きしめたい、そんな情欲にあらがえず、シュウはフローラに口づけをした。

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