ド直球後輩

酒場を後にしたシュウとフローラは、二人で最初にシュウが取った宿へ向かった。

「今から部屋が空いているのだろうか」と心配するシュウに対し、「何とかお願いして二人で使わせてもらいましょう」などと、フローラはまるで問題なさそうにそう言った。



「ちゃんと二人分のお代さえいただいたら、お客さんさえ良ければ別にこちらは構わないけどねぇ」



シュウが取った部屋をフローラと二人で使いたい旨を申し出ると、宿の女将は意味ありげにニンマリ笑いながら二つ返事でそれを了承した。

空き部屋があるかどうかをフローラは質問すらしなかった。


ドスン


フローラが背負っていた重い荷物を床に置いてから、シュウは改めてフローラに向き直って質問をした。



「ここで帰ればまだ騒ぎを起こすことなく終わらせることが出来ます。ですがこれから先はもう引くことは出来ませんよ。本当に良いのですね?」



『聖女』を辞めることは、快適で護られた暮らしを捨てるということだ。

そのことについて本当に後悔はないのかとシュウは問う。



「えぇ。全く問題ありません」



恐ろしく早い即答でフローラが頷いた。

少しでも迷いが見られるようならあれこれ問い詰めて考え直させようとシュウは考えていたのだが、その目論見が一瞬にして四散するほど迷いの無い態度であった。


『聖女』には高貴な者に嫁ぐという立場であるという特性故に、処女であることは勿論、一切男女間のそれを匂わせるスキャンダルを持たないことが必要とされている。

今現在、同じ宿の同じ部屋にこうして二人きりでいるということ自体が既にアウトだったが、今ならまだ無かったことに出来なくもない。


しかし一夜を過ごしてしまえば、例え二人の間に何も無かったとしても大きなスキャンダルとして取り上げられるは必須。即座にフローラは聖女としての資格を失うだろう。シュウはそれを案じていたのだが・・・



「あっ・・・」



ここでシュウは気づく。



「もしや、聖女としての資格を失うことがフローラの狙い・・・なのですか?」



シュウの問いに対し、フローラは悪戯っぽい笑みを浮かべてからコクリと頷いた。



「無資格者となれば、もう聖女であることの柵はありませんもの」



「いや、そんなことはありませんよ」



得意げに言うフローラに対して、シュウは否定した。



「この程度のスキャンダルなぞ、教会はどんな手を使ってでも揉み消しますよ。それにもし揉み消せなくなったとて、報復が必ずあります。貴方には教会の恐ろしさ、汚さがまだわかっていない」



教会は『聖女』に対して多大な期待を込めている。政略結婚によって教会が力をつけるための大事な駒なのだから。

それを裏切ったとき、教会はプライドにかけてでも必ず恐ろしい報復に出る。シュウは神官として裏話ではあるが、そういった話を何度も聞いていた。

ましてフローラはまだ聖女として歴が浅く、何の後ろ盾を築けていないのだ。教会が報復に出れば一瞬にして潰されてしまうのは明らかであった。

最悪は今こうして一緒にいるシュウごと暗殺されてしまう可能性とて十分にあるのだ。



「大丈夫ですシュウ様。そちらに対しても対策は考えておりますから。私とて、教会に関してそこまで無知ではありませんよ」



フローラがあまりに堂々とそう答えるので、シュウはむしろ自分こそが余計な心配をし過ぎなのではないかとすら考えるようになった。



「一体どうして・・・どうしてそこまで私のことを・・・」



フローラには策があるようだが、それでも相当なリスクがあるはずだ。

それを押してなお、フローラはシュウとともにいたいと考えていることに、シュウは戸惑いを感じている。

どうして自分はそこまでフローラに想われているのだろう、と。



「確かに私は貴方に優しくしてきたかもしれませんが、それにしたってそれだけのことで・・・」



・・・シュウ様からしてみれば、そう感じるかもしれません。けれど、私にはそうではないのです」



シュウの疑問に対し、フローラは真顔になって答える。



「シュウ様は私の出自は噂でしか聞いたことがないと思います。貧民の出であると・・・ですが、それは事実と異なります。出自については詳しくは今は話せませんが、私は忌み子だったのです」



「忌み子・・・」



望まれず生まれた子・・・

このような言い回し、そしてそれが原因で教会に預けられたとなると、一般的には貴族以上の身分のことを指すことが多かった。

出自についてこの場で言えないということは、少なくともただの貴族ではなく、更なる高位の家の出身である可能性が高かった。



「父からも母からも私は望まれませんでした。私の存在自体が呪われたものとして、物心ついた頃から私は物以下として扱われてきたのです。そして、親に捨てられました。私が貧民の出身だというのは、恐らく出自について邪推されないようにあえて流された噂ではないかと思います」



フローラは自嘲気味に笑う。

シュウは黙って聞いていた。



「そして知っての通り、教会でも私は悲惨な虐めを受けてきました。どこへ行っても地獄だと全てを諦めていた私に・・・生まれてから一度も優しくはしてもらえなかった私に、初めて優しくしてくれたのがシュウ様でした。幼い頃の私には、シュウ様の存在がどれだけ大きかったことか」



「だけどそれは・・・」



ただの刷り込みのような感情だ、そう言おうとしたシュウの言葉を遮るようにフローラは続ける。



「もちろん、表面的にただ優しいだけの人もシュウ様の後に出会うことはありました。けれど、私のことを本当に考えてくれたのはシュウ様だけだったんです。シュウ様だけなんですよ?私に『優しい人こそ警戒しろ』とか『先輩の虐めを極力避ける方法』とか、『嫌なこと、つらいことを簡単に忘れる方法』『こっそり仕返しする方法』『嫌いな先輩を追放に追い込む方法』だなんて教えてくれたのは。私一人でも教会で生きていけるように、シュウ様は私に強くあるよういろいろと教えてくださいました。今の私があるのは、シュウ様のお陰なのです」



「・・・・・・」



シュウは何やらむずかゆくなって、自分の頬を指でかいた。

昔シュウは虐められていたフローラを見ていてかつての自分を重ね、手を貸したに過ぎないのだ。確かに幼い子が虐げられているのを見ていられなかったのは確かだが、優しさというよりどちらかというと自分のモヤモヤをすっきりさせるためだけの行為だった。それこそシュウからすれば表面的な優しさと大差がないと思っている。

とはいえそこに情が全く無かったかというと、そういうわけでもなく・・・




「私の心はシュウ様で埋め尽くされています。シュウ様のためでしたら、私は何でもします。聖女になったのだって、権力を手に入れてシュウ様の教会での地位を引き上げようと考えたからなんです。だから、シュウ様が教会を去るならば、私は聖女でいる理由なんて無いのです」



シュウは顔を真っ赤にし、両手で顔を覆った。

これほどまでに正面から愛を伝えられたことなど、これまで一度もなかったシュウには刺激の強いことであった。

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