パーティーを追放 その2
「正直私としても、そういった人と婚約を結ぶというのは嫌だわ」
レーナが嫌悪に顔を歪めて言った。
魔法使いレーナとの婚約内定は彼女の父の様々な思惑によって決定したことだった。まだ婚約の儀は執り行っていないので、正式な婚約者ですらないが、それでも何もなければレーナはいずれシュウと結婚する予定だった。
しかしまぁ、シュウが派手に飲む打つ買うをやっていたのでは、当然ながら内定破棄されるも止むをえない。
「シュウ先輩は隠していたつもりだったのでしょうけど、ほぼ毎晩遅くに帰って来てお酒の匂いをさせていればすぐにわかります」
法術師のアリエスが呆れ顔で言う。
(浄化魔法で体のアルコールは抜いてから帰ったはずだが・・・あ、もしかして服とかについちゃった匂いか?)
気を遣ったはずの匂いでバレたことにシュウは己の迂闊さを呪った。
「あと娼館行った後は香水の匂いですぐにわかるな。最初は何で香水つけてんのかと思ったけど、たまたま娼館で働く娼婦と話す機会があったときに同じ匂いがしたから合点がいったわ。シュウが香水の匂いをさせていたときってそういうときだったんだな・・・」
少し顔を赤らめながらそう言うのは、女剣士サーラ。
女性に娼館通いの根拠を指摘されるのをシュウは異様に恥ずかしく思った。重ね重ねシュウは己の迂闊さを呪う。
「婚約内定者がいるというのに、娼館通いなんて不潔です。軽蔑します」
アリエスの嫌悪の眼差しを受け、シュウは萎縮する。
アリエスが法術師として未熟な頃、まだ拙い回復術を上達させようと切磋琢磨する彼女にシュウは熱心にコツを教え、修練に手を貸して来た。そのときは尊敬の眼差しを向けてくれていたなぁとシュウは思い返す。
今ではまるで毛虫を見るような目をするではないか。完全にシュウの自業自得であるのだが。
実のところシュウにもいくらか事情もあるのだが、ここでそれを言ったところで見苦しいと思われるだけかと思って彼はそれを口にはしなかった。
酒場、賭場、娼館に足しげく通っていたのは事実だからだ。
「シュウさん、心配はしなくてもいいよ。レーナのことは僕に任せておいてくれれば」
そう言ってライルはレーナの肩を軽く抱き寄せる。レーナはそれにされるがままになり、微笑を浮かべていた。
(まぁ今更と言えば今更ですがね・・・)
シュウが娼館に通っていたように、レーナもまたライルと心を通わせていた。
シュウはそれを知ってはいたが、今の今まで糾弾することなく黙っていた。シュウとレーナの婚姻は当人達の意向を無視された様々な思惑から成り上がっていたものだからだ。
愛がないから、とかそう言った話ではなく、様々な事情があってシュウはレーナとの縁談を自分から破談にすることなく、今の今まで放置していた。
「ま、これまでアンタには世話になったけど、こればっかりは仕方がないよな。流石にもう庇いきれんわ」
サーラが少しだけ気まずそうに目を伏せる。
『光の戦士達』は結成当初はライルとシュウ、レーナの三人だけだったが、それから次に入って来たのが彼女だった。
だから付き合いは長いし、サーラが戦闘で負った傷を癒した回数も数えきれなかった。追放に賛成したとはいえ、別れにはサーラとしても感慨深いものがあったのかなと、ほんの少しだけシュウは救われた気持ちになった。
庇いきれないと言ったが、シュウの知らぬところで何度かパーティー残留のために意見してくれていたのだろうか?
だとしたら娼館のこととかで幻滅されたのは余計に気まずいなと、シュウは少しばかり温かくなった心が途端に冷えていくのを感じた。
「私はシュウ先輩を尊敬していたのに、まさか最後がこんなことになるなんて思いませんでした。残念です」
アリエスは顔を背け、ついに合わせなくなった。
パーティーを追放されるにしても、せめてかわいい後輩として可愛がっていた彼女の前では頼れる先輩としての印象を残しておきたかったなぁ、などとシュウは未練がましく考えた。
しかし実際はパーティーメンバーとしては役立たずの上、素行不良で不貞まで働くような人間と落ちるとこまで落ちたイメージになっているだろう・・・とすっかり諦めの境地になっていた。
「・・・」
賢者アイラは無口だった。今回ただの一言も発していない。
視線はシュウに向いているが、特に何も言う気はないようだ。
元々あまり接点は無かったから別に良いとシュウは思ったが、それでも詰られすらしないというのはほんのちょっぴりだけ寂しかった。
「シュウさん、追放とはいえこれまでお世話になってきたから、これくらいは受け取ってよ」
踵を返して部屋を出ようとするシュウに、ライルが金貨の入った袋を手渡した。数年は遊ぶことが出来るだろうくらいの、かなりの金額だった。
最後は散々だったが、それでもライルなりにパーティー立ち上げ時から世話になってきたシュウに感謝はしているらしかった。シュウの女は奪ったが。
「じゃあ、お父様によろしくね」
レーナはそう言って手をヒラヒラと振った。
(どの口が言ってるんだが)
シュウは顔が引きつりそうになるのを堪える。
(このまま去るのも、少しばかりつまらないですねぇ)
ここでシュウは口角を上げる。
「!」
ライルは何かを感づいた。付き合いの長めの彼は、直感的にシュウの今の表情が邪悪な笑みに見えたのだ。そしてその直感は当たっていた。
「ライル。私達はパーティー結成以来の付き合いでした。今日この時をもって私は去ることになりますが、今でもいろいろと思い起こされますよ」
シュウの口から出たのが別れの挨拶とわかると、ライルはホッと胸を撫でおろす。変な直感は気のせいだったのかと。だが、そうではなかった。
「ライル、君と初めて冒険に出て、君の強気な判断でダンジョンに潜り過ぎて強敵に囲まれたとき、あまりの恐怖に君は腰を抜かして失禁してしまったね。そんな君が今こうして成長し、当時フォローをしていた私を追放する側にまでなって、私は感動を禁じえません」
「ちょつ・・・!」
唐突に恥ずかしいエピソードの暴露を始めたシュウを、ライルは止めようとするがシュウの口は止まらない。
「ゴブリンの巣窟に狩りに行ったとき、君は男色のゴブリンに囲まれて私に泣いて助けを求めてきたことがありましたね。あれも懐かしい思い出だ」
「プッ・・・」
シュウと同じく結成当初からパーティーにいたレーナは当時のことを思い出したのか噴き出した。ライルの顔が羞恥と怒りで真っ赤に染まる。
「あぁ、レーナ。そういえば君も知らないエピソードがありますよ。あるとき魔族のサキュバスの話題になり、『性交の経験がなく、快楽を知らぬ者ほどサキュバスの魅惑にかかりやすい』と言って私はライルを娼館に誘ったんですよ。そしたらライルは『僕は娼館に興味ないが、サキュバスと対峙したときに不安要素は取り除いておきたいからね。先のために経験しておく分にはまぁ、仕方がないかなぁ』と言って私と一緒にそのまま娼館に・・・」
「や、やめろぉぉぉぉっ!!」
シュウの暴露話はライルの叫び声で遮られた。しかしもう遅い。
レーナを含め、アイラ以外のメンバーがライルに対して複雑な視線を向けていた。
「も、もういいからさっさと行かないか!」
激怒するライルを嘲笑うと、シュウは慇懃無礼に頭を下げ、今度こそ本当の最後の挨拶をした。
「それでは、これにて失礼させていただきます。今までありがとうございました」
シュウは踵を返して部屋を出て行く。
そんなこんなでこの日、シュウは勇者パーティー『光の戦士達』を追放された。
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