教会を追放

勇者パーティーを追放されたシュウは、そのことを報告するために王都内にある教会へ向かった。

シュウが勇者パーティーにいたのはこの教会の司教レウスの命令によるものだったので、追放された旨を報告しなければならないからだ。


「この馬鹿ものがっ!!」


ガチャン!


報告をしたシュウに向かって、激昂したレウスは近くにあった花瓶をシュウに投げつけた。

中身が入ったままの花瓶はシュウの頭に当たり、彼の頭は水と血で濡れていたが、シュウは鎮痛な表情を浮かべたまま動かない。


「パーティーをおめおめと追放されたなどと!勇者ライルとパイプを繋ぐために貴様を派遣したというのになんてザマだ!!私の時間を!期待を!一体どうしてくれるっ!?」


流血するシュウのことなぞ一切心配せず、レウスはただただ自分の内から湧き続ける怒りをぶちまける。癇癪を起こし、思うままに暴力を振りかざすそれは、およそ聖職者らしからぬ振る舞いであった。


レウスは聖神ラクロスウェル教会(以下・聖神教)の司教であるが、派閥競争に敗れ、出世の道が断たれていた。そんな彼は起死回生の一手として、当時神託で勇者とされながらも期待も注目もされていなかった無名時代のライルへ協力の手を差し伸べる。

それがレウスの手駒の中で、特に回復術に長けていたシュウをパーティーメンバーとして派遣することだった。勇者ライルが活躍して少しでも名を売れば、彼をサポートしたレイスの株も上がって儲けもの。失敗したところでレウスの名が傷つくことはない。


だが、レウスの予想を遥かに超えて勇者ライルは意外な伸びしろをみせ、今となっては知らぬ者などいないどころか、人類の希望とすら言われるまでの帝国の、否、人類最強なのではと言われるまでの冒険者パーティーにまで成長をしてみせた。

人類と魔族との長きに渡る戦争に終止符を打つことが出来る可能性が最も高い『光の戦士達』・・・

本当に『光の戦士達』が魔王を倒し、戦争の終結を成し遂げたのなら、彼らの躍進を手助けしたレウスは一気に出世の道を駆けのぼることが出来る。聖神教の頂点である法王になることとて夢ではない。


レウスの蒔いた種が芽吹き、そして実りを迎えようとしていたこの時に勇者ライルとのパイプ役として送り込んだシュウが追放されたという報告は、レウスを酷く落胆させた。

レウスからすると天国から地獄へ落とされた気分だった。教会で冷や飯を食っていた自分が、ライバル達を見返して主流に返り咲く・・・その夢まであと一歩だったのだから。

レウスは司教でこそあるが、これ以上の出世は望めなく、また発言力はろくに無い、まさに名前だけの司教と言えた。


「失礼ですが司教様。勇者ライルとのパイプですが、私は確かに追放されましたが、レーナ様がまだパーティーに残っておられます。それどころか、ライルとはその・・・親密な間柄のようですから、パイプが断ち切れたと言うわけではないかと」


シュウは直立不動で、頭から血を流したまま言った。

レーナは司教レウスの実の娘であった。手駒である自分は追放されたが、娘がライルと懇意であればそれで良いではないかーー そう思ってシュウはそう言ったが、レウスの怒りは収まらなかった。


「レーナは奔放だ。今はいいが、いつ私を切り捨てるかわからん!そんなレーナだからこそお前をお目付け役にしていたのだ。お前がいなくなった今、アレがどうするのか私にもわからんのだ!」


バシッとレウスが平手でシュウの頬を張る。


レーナは司教の娘だったが、聖職者としては収まりをつけられないほど奔放な性格だった。レウスは聖職者としてレーナを育てようとしたが、レーナは幼少期からこれに反発。

優れた魔法の才があることに本人が気づき、レウスに伺いを立てることなく魔法使いの道を進んだのだ。

それだけなら良かったが、レーナは異性関係が奔放でこれまた醜聞に事欠かなかった。レウスは教会内で出世コースから外れているが、その原因はレーナのスキャンダルにあるとレウスは思い込んでいる。

そんなこんなでレウスとレーナの親子関係はすっかり冷え切っていた。


とはいえ金をかけて育ててきた自分の娘である。少しでも大人しくしてもらおうと業を煮やしたレウスは、レーナを押さえつける意味もあってシュウを婚約内定者として当てがった。だが、レウスはこれに下心を持っていた。

それはレーナがその美貌を生かしてシュウと同じパーティーにいる勇者ライルと恋仲になる可能性についてだ。

もしそうなれば一介の神官であるシュウと婚姻を結ばせるよりも遥かに大きな利益がレウスに舞い込む可能性がある。


正式にシュウと婚約の儀を執り行ってしまうと、世間体もあるのでライルとレーナが恋仲になる可能性がグッと低くなる。

だから正式な婚約を結んでいない『婚約内定者』に留めておいたのである。これならシュウがいながらにしてライルをレーナが結ばれたところで、書類も儀式も済ませていないのだからセーフ・・・否、グレーだ。


だが、そんな奔放なレーナに首輪をつけたと同時に、出世の可能性を少しでも高めようとした策が、今回は裏目に出てしまった感じだ。

レーナはライルと恋仲にはなったかもしれないが、シュウが追放されたことで彼女の管理がしづらくなってしまったのだ。レーナがライルと結ばれたとて、彼女が父レウスと親子の縁を切ればレウスは利益を得ることが出来ない。



「レーナめ・・・まったく・・・」


レウスは親指の爪を嚙みながらぶつぶつとつぶやいている。

家庭の事情に振り回されたシュウはとんだとばっちりではあるが、それでも追放されたり婚約内定破棄された原因には彼にもあるので何も言わずに黙っていた。


「もう少しで、もう少しでうまくいったはずだったのに・・・」


レウスは深く溜め息をつく。

自分勝手な言い分でしかないが、それでも期待値が高かっただけに失望したときの落差は非常に大きなものであった。

そして再び湧いてくる激しい怒り。


「おい!」


レウスはシュウの法衣に掴みかかる。


バリィッ


そしてそのまま力づくで彼の服の前をはだけさせた。


「いやん」


シュウはお道化て露わになった胸元を隠すような仕草を見せる。

今でも頭から流血しているというのに、中々の胆力である。


「司教様・・・まさかと思っていましたが、やはりソッチの気が!?その、確かに私は失態を犯しましたが、慰み者にするのだけは勘弁願いませんでしょうか?その、手、手でするだけなら・・・」


「ふざけるな!!何がまさかと思っていた、だ!」


なおも悪ふざけをするシュウを怒鳴りつけ、レウスはシュウの服をガバッと力づくではだけさせる。


「こうまでしておいて、何が違うんですかね・・・」


「黙っていろ!」



露わになるシュウの筋肉質な肌・・・そして、その首筋から胸元まで刻まれた紋章。

法力によって刻まれたそれは『聖紋』と呼ばれ、神からの祝福を受けている証であり、聖神教の神官という偽造不能の身分証でもあった。



「シュウ。貴様は今より『破紋』とする」


「えつ!」


レウスの言葉に、悪ふざけしていたシュウも流石に驚きを隠せずその細い目を見張った。

『破紋』とは、教会の高位者によって神官の紋章を打ち消し、神官の身分を剥奪するという行為のことである。神の加護の聖紋を失うということは、自身の潔癖性を失い、穢れるという捉え方をされる。

ただの追放よりも酷い、聖神教の神官の中でも最も重い部類の罰だ。


「は、破紋とは・・・ど、どうかお慈悲を!」


シュウは有名な冒険者パーティーである『光の戦士達』を追放された。

外面の良いライルは人格者として世間から見られているために、そんな彼から追放されたとなればシュウの人間性に著しい問題があるのだろうと捉えられ、今後帝都で冒険者としてやっていくことは難しいかもしれない。

とすると教会の神官として生きていくしかないのだが、破紋されそれすら出来なくなると路頭に迷うことになる。

流石に豪胆なシュウでもこのときばかりは焦った。


「黙れ。これまで散々目をかけてやったのに、とんだドジを踏んでくれおって。殺してやらないだけマシだと思え!」


レウスが言い終えた瞬間、彼の右手が赤く光り出す。

みるみるうちにシュウの体に刻まれていた『聖紋』が薄くなり、やがて蒸発するようにその姿は完全に消え失せる。

これにより『破紋』が終わり、シュウは神官ではなく一般人になってしまった。


「あ、あぁ・・・なんてことだ・・・」


ショックのあまり愕然とするシュウの表情を見て、いくらか溜飲が下がったのかレウスはニヤリと笑った。


「ふん、貴様がしでかしたことに比べれば軽いものだ。だが、このままお前を叩き出したのでは私とて外聞が悪い」


いつの間にかシュウの頭からの流血が止まっていた。

レウスは『破紋』の際についでに回復魔法をかけていたのだった。また浄化の魔法で血で汚れた衣服は綺麗にはなっている。

レウスはとんだ生臭坊主ではあるが、それでもこの程度の魔法を使うことは出来た。


「そら」


レウスは部屋の金庫から金をいくらか取り出し、シュウの前に放りだした。

ライルから渡された金額と同じくらいの、そこそこの大金である。


「それはこれまでの労いを含めた口止め料だ。それを持って出て行ったら、ここであったこと、そしてレーナのことから勇者ライルのことまで全てのことを口外することを禁ずる」


シュウはしばし呆然としていたが、破紋されてしまった以上はもう教会にしがみ付くことすらできない。シュウは抵抗を諦めた。


「・・・お世話に・・・なりました」


金を手に取りシュウは頭を下げ、レイスの部屋を出て行った。



「ちっ、レーナのやつめ。せめてアイツがうまくやりつつ私のことを見捨てないように、何か贈り物でもして機嫌を取っておくか・・・」


部屋に残ったレウスは、忌々しげに爪を噛んだ。


「ったく、シュウのやつがドジを踏まなければ、こんなことで悩むことも無かったのだ!」


彼の頭の中は自分のことばかりで、今しがた路頭に迷うことになったシュウについてはすっかり抜け落ちている。


「まぁ、いい・・・私にはまだレーナ以外にも手が残っているからな」


そう呟くと、レウスは深呼吸を繰り返して気を落ち着かせた。

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