第2話


俺は焼香を炊きながらも未だに現実を受け入れる事が出来ていなかった。


昨日、俺が心配して未来の事を迎えに行っていればきっと、未来は自殺なんてしなかった。


未来の遺体は状態が良くないらしく、棺桶の蓋はぴっちりと閉められている。


二度と未来の姿は見れない。


そう思うだけで涙が溢れる。


会場には未来の両親と数人の親族が集まっただけの小さなお通夜だった。


俺は特別に呼んでくれたみたいだ。


親族の方たちは未来がいじめられて死んでしまったと聞いて激怒していた。


しばらくして、親族の女性がこっちに来た。



「ねぇ、あなたは未来ちゃんの友達だったのよね? 未来ちゃんが誰にいじめられたのかとか知ってたりしないの?」



そう聞かれたが、俺はただ首を横に振ることしか出来なかった。



「そっか…………。」



彼女はそれしか言っていなかったが、俺にはまるで友達なのにそんな事も知らなかったの? とでも思っているような気がして、居た堪れない気持ちになってしまった。



「ごっ、ごめんなさい。トイレに行ってきます。」



俺は逃げてしまった。


少ししてトイレから戻ってもまたあの女性が話しかけて来ることは無かった。


俺は一向に眠る事が出来る気がしなかったので、寝ずの番をやらせてもらう事にした。



俺は棺桶を見つめる。


この中に未来が入っている。


一瞬にして俺の生きる希望は失われてしまった。


俺の親は仕事で海外に行っている。


だから、俺は独りなんだ。


未来が居なくなると俺には何が残るのだろうか。


趣味など何も無い。


ただ未来に会うことだけを生き甲斐にしていた。


それが無くなった俺は何なんだ?


ただ勉強をし、就職をし、生きる為に金を稼ぎ、誰の記憶の残らないままに死ぬ。


これが俺なのか?


こんななら…………こんななら!




「…………。」



いや、まだやらなきゃいけないことがある。



。」



無意識に俺はそう呟いた。


未来をいじめたヤツらは絶対に許せない。絶対に楽には殺さない。


未来をいじめたやつが誰なのかは分からない。


そいつを探す手段も俺は持っていない。


だが、必ず殺す。


俺はそんな憎悪犯罪を胸に夜が開けるのを待った。




◇◇◇◇




夜が開け、未来を入れた棺桶は火葬場に運ばれて行った。


そして、火葬が始まった。


棺桶の窓が開かれることはついぞなかった。


俺は未来の最後の顔さえみれないままに未来と最後を見届けた。


しばらく経ち、未来の火葬が終わった。


未来のあの可愛い姿は見る影もなく、ただの骨になってしまっていた。


遺族の方々と共に俺も収骨をさせてもらった。


軽い。とても軽い。


生きた人間では考えられない軽さに、未来の死をさらに実感させられた。


俺はまたもや泣き出してしまった。


絶対に未来をいじめたヤツらを許さないという気持ちがさらに高まった。


未来をこんな姿にしてのうのうと生きてるクソ共が居ると思うだけで虫唾が走る。


思わず周りの目など気にせずに暴れだしてしまいそうになるほどだ。


そんな気持ちを抱えていても時間は平等に進んでいく。


収骨は終わり、遺骨は未来のお母さんに大事に抱えられて行った。




◇◇◇◇




家に帰った俺はすぐさま学校に電話をかけた。


すると、うちのクラスの担任が出てきた。


「先生。桐井未来さんをいじめていた人は分かったんですか? 教えてください!」


「お、落ち着け! 分かったには分かったが、今のお前の状況じゃ教える訳には行けない。自殺の次に殺人が起こっちゃもう終わりだからな。」


「何でですか!? 先生は未来をいじめたヤツらを…………未来を殺したヤツらを守るんですか!? あんなヤツら死ねばいいんですよ!?」


「お前の気持ちも分かる。だが、そんなヤツらの為にお前が罪を背負う事は無い! だから殺そうだなんて思うんじゃない! これはお前の将来を思って言ってるんだ。」


「だからっ…………。っ!?」



後ろから誰かに抱き着かれた感触がした。


この感覚には覚えがある。



「先輩、もうやめてください。」



俺はスマホを床に落とした。


この声にこの感覚…………!?


俺はすぐさま後ろを振り返る。



「…………未来?」



そこには、いつものあの姿をした未来がいた。



「もぅ、本当に先輩は困った人ですね!」



そう言うと未来は満面の笑みを浮かべた。



「未来…………なんでここに…………あぁ、そうか、幻覚か。」



そうに違いない。


あまりのショックに俺は幻覚を見ているのだろう。


だって、未来は俺がこの手を使って骨壺に入れた。


その未来が生きてるわけがない。


というか、家の鍵もしっかり掛けているから入れるはずも無い。



「もー! 幻覚じゃ無いですよ! 私は現世で使っていた肉体を捨て、霊体になったのです! 全ては私の漆黒の邪眼ダークネスアイズのなせる技!」


「お前は本当に…………ぐすっ…………幻覚でもその調子だなぁ…………。」



まぁ、そりゃあそうか。幻覚という事は俺の記憶から出来てるんだ。という事は俺の知ってる未来が出てくるに決まってるよな。


幻覚でも…………なんでもいい。もう一度会えてよかった。



「幻覚の未来! 俺は絶対にお前の仇をとるからな!」


「だーかーら! やめてくださいって! うー、先輩はずっとこの調子だし…………。えいっ!」



幻覚の未来は俺の頬に手を伸ばすと…………思いっきりつねった。



「痛ただただただ! ちょ、やめてくれ!」



俺は咄嗟に幻覚であるはずの未来の手を掴んだ。



「あれ? 掴める…………。」



どういう事だ? 幻覚って本当に掴めるのか?


そう思い、俺は未来の手をぷにぷにと触ってみる。



「ひゃっ、ちょっと!? くすぐったいですよ! やめてください!」



おかしい。ほんのりと冷たいが、それでもこの柔らかさは本物の人間の手だ。


という事は…………。



「え、お前って本当に存在してるのか?」


「存在してるに決まってるじゃないですかー!」



そう言うと、未来は俺の頭をポカポカと殴った。

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