第43話 衝動

 いつもの魔王の戯れが行われる部屋に呼び出された。

 扉の近くにはアメリアの姿が見える。

 ということは、今日飲まされるものは媚薬か。

 今日、私の醜態を見るのは、アメリアかテラスティーネか。


 テラスティーネは私を追って、アメリアとしてここに来た。瞳と髪の色を偽装し、アメリアの意識を連れている。普段、ここを歩き回る時や魔王に接する時は、アメリアが身体を操り、私と対峙する時には、テラスティーネが身体を操っている。


 テラスティーネが来てからは、数日に一度魔力を与えてくれるので、それに伴い精神的な攻撃への耐性が付き、回復が早くなった。たぶん、彼女が私の側にいることも影響していると思われる。


 アメリアは時々この媚薬を呑んだ時の行為に立ちあわされている。

 私の抵抗が強くなると、魔王の快楽が強くなるらしい。

 自分の醜態を人に見られるのは、羞恥心以外何も生まない。魔王が特殊なのだ。


 アメリアは時々この行為の最中に、テラスティーネと入れ替わっているようだ。

 意識がテラスティーネに変わると、顔を赤くさせ、これ以上見ていられないというように目をそらす。


 アメリアはこちらの味方とはいえ、魔王に造られた自動人形。その意識は魔王エンダーンに近く、この様子を楽しんでいるように見える。きっとアメリアがテラスティーネをいいように言い含めているのだろう。

 今、アメリアの様子を見る限り、まだアメリアが意識をもっているようだ。

 私の方を向いて艶やかに笑う。


 その時、魔王エンダーンが部屋の中に入ってきた。手には媚薬の入った試験管を持っている。

 部屋にある寝台を指し、そこに私が座るよう指示を出した。

 ここで抵抗してもエンダーンを喜ばせるだけだと分かっているので、寝台に腰を下ろした。


 エンダーンは次に媚薬の入った試験管を手渡し、私に飲むよう指示する。

 試験管の3分の2くらいが赤い液体で満たされている。


 試験管になみなみと入って渡された時は、全て飲んだ後、記憶が飛んでしまい、気づいたら自室の寝台に寝かされていた。その時は全く抵抗がなく従順だったそうで、魔王は面白くなかったと言っていた。まだアメリアを呼ぶようになる前のことで、何をして、何をされたのかはまったくもってわからない。


 私は普段よりは多めと思われる赤い液体を一気にあおった。体が熱く急激に火照ってくる。瞳が熱でにじみ、喉がカラカラに乾くのを感じた。

 エンダーンはそんな私の様子を、目を細めて見ている。

 今日は何をさせられるのだろうか。


 エンダーンの次の指示を待っていると、彼は扉の方に顔を向け、アメリアを呼んだ。

 アメリアが訝しげな顔でこちらに近づいてくる。その懸念は理解できる。今までこの行為の最中にアメリアが近くに呼ばれることはなかったからだ。


「エンダーン様。いかがされましたか?」

 エンダーンはアメリアの問いかけには答えず、私の方を向いて告げた。

「カミュスヤーナ。本日はアメリアと寝るのだ。好きにしてよい。私はその様子を見物させてもらう。」


「!」

 私はアメリアと見つめあう。状況を把握したのか、アメリアは困惑した様子でエンダーンを見た。

「エンダーン様。この身体に手を出したら、自死されてしまうのでは?」

「手を出すのは私ではなく、そなたなのだから問題なかろう?」

 エンダーンは口の端をにやりと上げて、私を見やる。


「断る。」

「そうは言っても、もう身体がつらいのではないか?そなたが大切にしている少女の身体だ。そなたが初花を散らせるのだ。願ったり叶ったりではないか。」

 エンダーンはアメリアの手を引き、私の方に身体を押し出した。彼女の身体が寝台に座っている私に触れ、私の身体が跳ねる。

 媚薬のせいで感覚が鋭敏になっていて、少しの刺激でも身体が反応してしまう。


 エンダーンは私が翻弄されている様子を見ると、楽しそうに笑って、離れたところに設置してある椅子に腰を下ろした。


 私の隣に座ったアメリアが、顔を上げて私を見つめる。

「私はいいですよ。カミュスヤーナ。」

 彼女はエンダーンに聞こえないようにか、ひそひそとささやいた。

「だめだ。君はまだ成人していない。」

「あと数ヶ月で成人ですから、私たちが口を噤んでいたらわかりません。」

 そう言う彼女の顔は少し青ざめている。この様子を見ていると、アメリアはテラスティーネと意識を入れ替えたらしい。私はこの窮地を切り抜ける方法がないか、考えを巡らせる。


 さすがにこの距離だと、奴に誤認させたり、ごまかしたりするのは難しい。

 できるだけ深く呼吸をして気持ちを落ち着かせようとするが、彼女に対する欲望が簡単にそれを凌駕する。衝動のままに彼女の初花を奪ってしまいたいと。

 ・・衝動?これを彼女の初花を奪うこと、彼女を壊すことではなく、別のことに転嫁すればいいのではないか?・・例えば奴への破壊衝動に。


「硝石を出してくれないか?」

 彼女は戸惑ったように目を瞬かせたが、軽く頷くと、口の中で文字列を唱え始めた。私も同じように口の中で文字列を唱える。

 目の前にいる彼女の体を自分のほうに引き寄せた。彼女の赤い瞳を正面から見つめる。

「私はこれから君の魔力を奪う。君を死なせるほどは取らない。そして、その魔力を糧にして、奴への破壊衝動を増幅させる。私は奴に反撃する。」


「貴方はそれで無事で済むのですか?」

「・・それはわからない。多分正気は失うと思う。・・アメリア。テラは私が魔力を奪った後、気を失う。そしたら、すぐに入れ替わって、ここから逃げるのだ。そなたたちにまで破壊衝動が及ばないように。」

 一瞬、彼女の瞳が揺らめいた。彼女の中のアメリアがこの言葉を聞き取ったと解釈する。


 彼女の右手を取って、自分の右手を掌が重なるようつなぎ合わせた。硝石同士がカチッと音を立てて合わさる。彼女の体がぴくっと震えた。私は刺激から湧く感覚を外に押し出すように、息を吐いた。自分の息がとても熱く感じる。

「カミュスヤーナ。一緒に帰るのですよ。」

「・・・。」

「きっと、戻ってきてください。私の側に。」


 それができると約束はできない。自分がどうなるか、はっきり言ってわからない。でも、これだけは確かなことを口にする。

「私は、君を愛している。私は君の側にあれて幸せだった。」

 彼女が私の言葉に目を見開いた後、目尻を下げて笑ってみせる。私は彼女の声が外に漏れないよう唇を合わせ、唇と硝石の合わさったところから、一気に魔力を取り込んだ。


 彼女の身体から力が抜け、私の腕の中に倒れこんでくる。私はそれを抱きとめながら、身体の中で膨れ上がるものを、奴への破壊衝動に注ぎ込んだ。

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