第24話 卒業

 薄桃色の花びらが舞っている。

 窓の外で舞う花びらを見つめながら、私は机に突っ伏した。

 見ていて飽きない。そして儚い。


「テラスティーネ。」

 私の背中側から声がかけられる。私は身を起こして、扉の方を見やった。

 紺色の髪に金色の瞳。普段は着ていないマントを身にまとい、角帽をかぶったアルスカインが立っている。その隣にいるのは、ラベンダー色の髪に紫の瞳のシルフィーユだ。


「アルスカイン様。」

「休んでいるところ申し訳ないが、そろそろ帰らないか。」

「休んでいたわけではありません。」

 席をたつ。黒いスカートの先を払うと、通学かばんを持って2人の方に歩み寄った。


「もうご用事はお済みですか?」

「ああ。もう終わったよ。・・すまない。テラスティーネ。」

 謝りの言葉をかけられて、私は小首をかしげる。

「兄上は先生に連れていかれてしまったよ。少しでも会わせてあげようと思ったのだけど。」

「アルスカイン様が気にされることではございません。」


 なんとなく予想はしていた。院を最優秀で卒業した彼が、弟の卒業式に保護者として出席したのだ。4年ぶりくらいの訪問だから、教えを請うた先生と積もり積もる話があるのだろう。


 カミュスヤーナ様とは面と向かってお話しができていない。

 アンダンテを通じて、カミュスヤーナ様と面会したい旨を伝えていたのだが、よりよい返答がいただけなかった。しばらくして、私が面会希望を出してもアンダンテとフォルネス様の間で止められていることがわかり、私は2人に強く抗議した。


 フォルネス様がおっしゃるには、私の婚姻の準備をカミュスヤーナ様本人には内緒で進めていることもあって、2人で会うことは控えてほしいとのことだった。私がカミュスヤーナ様にうっかり話してしまうことを危惧しているのだ。

 まぁ、その危惧は正しいので(私もカミュスヤーナ様に会ったら、何を口走るかわからないので)、それ以上は何も言えなかった。


 カミュスヤーナ様からも、私の婚約が決まってからはお呼びがかかることがない。

 一緒に食事を取ったりすることはあるが、すぐに執務室に戻ってしまうので、お話はできないし、執務室に直撃するのはフォルネス様に止められる。

 アルスカイン様の卒業式では、話す機会が取れるかと思ったのだが。


「お姉様!」

 シルフィーユの声に、はっとなって顔を上げる。

 数歩先を歩いていたアルスカインとシルフィーユが私を心配そうに見つめている。

「ちょっと休んでいかないか?」

 アルスカインが遠くに見える公園の四阿を指さした。

「お姉様、行きますよ。」

 シルフィーユが私の手を取って歩き出す。


「兄上と話したい?」

 アルスカインは私たちに飲み物を手渡しながら、目の前の椅子に腰を下ろした。

「あと半年もせずに、君は16歳になって、兄上と婚姻できるよ。」

「でも、カミュスヤーナ様に内緒で婚姻という大切なことを進めていますし。それにカミュスヤーナ様本人は私のことをどう思われているのか聞いていませんし。」


「そうだね。以前は好きでも、今はその心は変わっているかもしれない。と思うのだね。」

「えっと、以前は好きというのはどこから・・?」

「兄上から告白されているだろう?君が・・たしか9歳くらいの時?」

「カミュスヤーナ様がお話になったのですか?」

「まさか、外出から帰ってきた2人の様子を見ればなんとなくわかるよ。」


『アルスカインは聡くてな。』

 あの時のカミュスヤーナ様の言葉が分かった気がします。


「でも、兄上の心変わりは心配しなくていいよ。」

 アルスカインは口の端をあげた。

「君は知らないだろうけど、私やフォルネスは、院や休みの日の君のことを逐一報告しているのだよ。兄上に。」

「は?」


「保護者だからって言い訳つけてたけど。フォルネスには休みを与えて、君と過ごすように仕向けて、その様子を報告させるのだもの。自分こそ働きすぎなのだから、休みをとって一緒に過ごせばいいのにって、フォルネスが言ってたよ。」

「やっぱり、ヘタレ。」

 ぼそっとシルフィーユがつぶやく。


「確かにテラスティーネへの愛情表現はちょっとおかしいかもね。他は優秀で非の打ち所がないのにな。」

 アルスカインがくすくすと笑う。私の顔に熱が集まってくるのを感じる。

 何かとんでもないことを聞かされていると思うのは、気のせいだろうか?

「兄上はテラスティーネの側にいたいのは確かだよ。さすがに君の婚姻が近くなったらわかるのではないかな。他の人と婚姻してしまったら、側にいられなくなるのだから。」


 だから、心配せずに待っていなよ。とアルスカインは語った。

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