第23話 ヘタレな彼

「テラスティーネお姉様!」

 名前を呼ばれたテラスティーネは、帰ろうと身支度をしていた手を止めて振り向いた。

 ラベンダー色のふわふわした髪をなびかせた少女が、開いた教室の扉から顔を出している。


「シルフィーユ。私はまだお姉様と呼ばれる身分ではないのだけど。」

「でも近い将来は私のお姉様になるのですもの。少しくらい早くてもいいではありませんか。今からお帰りですか?」

 シルフィーユは、テラスティーネの近くに歩み寄ると、小首をかしげて尋ねる。


「なぜそのことを?ああ、アルスカイン様から聞いたのね。今日アルスカイン様はどうしたの?」

「今日は委員会活動でお帰りが遅いそうです。だからお姉様。一緒に帰りませんか?」

 おいしいスイーツの店を見つけたのですよ。と、テラスティーネの手を取って、扉に向かって歩いていく。


「たまには姉妹でお話ししましょう?」

 シルフィーユが、その紫の瞳でじっとテラスティーネの顔を見つめる。テラスティーネは苦笑して、いいわと答えた。


「アルスカイン様とは仲良くしているの?」

「それはもう。でもアルスカイン様がまもなく卒業で、お忙しくてなかなか遊んでもらえないのですよね。。」

 シルフィーユはシフォンケーキにクリームをつけて頬張った。


「そしてお姉様は来年には結婚されるのですね。私、お姉様の婚姻式には参列できるのかしら?」

「シルフィーユ。気が早いわ。」

「私、婚約時にご挨拶してからお会いできていないのですが、カミュスヤーナ様はご機嫌麗しくていらっしゃいますか?」

「・・シルフィーユはアルスカイン様からどの程度私の婚約について聞いているの?」

 テラスティーネがシルフィーユを見やると、シルフィーユは小首をかしげた。


「テラスティーネお姉様と婚約しているフォルネス様は、エステンダッシュ領の摂政役で、とても有能だけど、いつも主であるカミュスヤーナ様のことしか考えていない。カミュスヤーナ様からの命によって、お姉様と婚約したけれども、それは形だけのことで、実はカミュスヤーナ様とお姉様を婚姻させようと動いている。」

 くらい?と先ほどとは反対側に小首をかしげるシルフィーユを見て、テラスティーネはこめかみに指先をあてて大きく息を吐いた。


「ほとんど話しているじゃない。アルスカイン様ったら。。」

「もちろん、口止めされていますよ。」

「私をお姉様と呼ぶ時点で、暴露しているのでは?」

「大丈夫ですよ。他の人にはお姉様として慕っていると話していますから。どちらかというと、お姉様はアルスカイン様と婚姻するのではと勘違いされています。」


「貴方という婚約者を差し置いて?」

「お姉様の方が優秀ですしね。歳も関係性も近いですし。頻繁に帰り一緒ですし。」

 指を折々、理由を挙げていくシルフィーユを、テラスティーネは戸惑ったように見つめる。


「それは・・ごめんなさい。」

「私はアルスカイン様からもお話伺ってますし、帰りが一緒になる件も、カミュスヤーナ様からのお願いを受けてだと知っているので、いいのです。院外ではとても甘やかしていただいてますから。それより、お姉様は大丈夫ですか?」

「?」

「お姉様はフォルネス様が対外的に婚約者ですし、あまり、カミュスヤーナ様とお過ごしになれていないのではないですか?」

 アルスカイン様も心配されていましたよ?と、シルフィーユはテラスティーネの顔色をうかがう。


「私、カミュスヤーナ様がどう考えていらっしゃるのか、よくわからなくて。」

 テラスティーネの瞳が涙でにじむ。

「実は、婚約の話が出た時に、私、自分の気持ちをカミュスヤーナ様にお伝えしているの。でも、フォルネス様との婚約を命じられてしまって。それからは2人でそのことについて話したこともないし、顔を合わせても事務的なお話ばかりだし。疎んじられてしまっているのではないかしら。」

「私がアルスカイン様からお伺いした限りでは、そんなことはないと思うのですけれど。」

「?」


「カミュスヤーナ様はとてもお姉様のことを大事に思われている。でもカミュスヤーナ様の近くにいると、いつ魔王の手にかかるかがわからないから、わざと遠ざけていると。私は魔王には会ったことはありませんが、既に色を奪われてしまっているのですから、再度魔王がカミュスヤーナ様の前に現れることはないのではと思うのですけど。」

 魔王が再度来るという理由があるのでしょうか?と、シルフィーユは続ける。


「そもそも魔王が人間に興味があるという時点で不思議なのですけど。確かにカミュスヤーナ様は院を最優秀で卒業している秀才で、魔力量も多いし、ご容姿も整っているし、ヘタレなところがちょっとな、とは思いますけど、だからって魔王の興味を引きますかね?」

「ヘタレ・・。」

 シルフィーユの歯に衣着せぬ言い方に、テラスティーネは唖然としたように口を開けている。


「ヘタレはヘタレです。お姉様がお気持ちを伝えているのに、それにはっきりと応えず、お姉様の幸せのためと言って身を引いてしまわれるのですから。それはお姉様もお困りになられますよね。自分の幸せは自分で決めますのに。」

「それ・・私もカミュスヤーナ様に言ったわ。」

 テラスティーネはクスクスと笑った。


「お姉様。一度カミュスヤーナ様と2人でお話ししてみてはいかがですか?多分ヘタレなあの方には直接言って差し上げないと、お分かりにならないと思いますよ。」

「それは・・そうなのかもしれないけど。」

 テラスティーネは、考えてみるわ。とシルフィーユに向かって笑いかけた。

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