第19話 告白

「カミュスヤーナ様、お久しぶりでございます。」

 目の前で跪いた少女は、あいさつの後、カミュスヤーナを見上げた。

 ハーフアップにした長い水色の髪が、彼女の背中を覆い、深い青い瞳がカミュスヤーナに向けられた後、彼女は顔を痛々しそうにゆがませる。


「私のことはわかりますか?」

「魔力感知を視力の代わりにしているので、ちゃんと見えるさ。ただ、瞼を開くとまぶしいので、念のためにね。」

 カミュスヤーナは自分の両眼を覆っている布に手をやった。


「先日は私のことも助けていただきましてありがとうございました。申し訳ありません。熟睡していたのか、カミュスヤーナ様の訪れにも全く気付かなくて。」

「そなたは病気だったのだから、無理もない。薬が効いたようでよかった。体調はもういいのか。」

「はい、滞りなく。」

「今日はゆっくり話ができるのだろう。隣の部屋で話そう。」

 カミュスヤーナは立ち上がり、少女の前に歩み寄ると、立つように促し、彼女をエスコートして隣の部屋に入る。


 隣の部屋には既にお茶の準備がされていた。

 カミュスヤーナの従者であるミシェルが、カミュスヤーナと少女の前にお茶をつぎ、部屋を出て行った。


「カミュスヤーナ様、この度は。」

「テラ。ここでの話は他の者には聞かれないから、昔のようにカミュスと呼んでくれないか。」

 カミュスヤーナが少女に笑みを向けると、少女-テラスティーネ-の顔がほんのりと赤くなる。


「はい。カミュス。この度は養父様と養母様を亡くされて、お悔やみ申し上げます。そして、領主就任おめでとうございます。」

「私としては領主にはなりたくなかったのだが。まだアルスカインが成人になっていないので、仕方がない。アルスカインとは、院で一緒であろう?仲良くしておるのか。」

「学んでいる内容は異なりますが、ご一緒することもございます。ええ。仲良くしておりますよ。」


「私ももう少し院で学んでおきたかった。」

「あら、優秀なカミュスが院にいらっしゃいますと、私やアルスカインが比べられて肩身が狭いのですけれど。」

「何をいう。毎年優秀を取っていると聞き及んでおる。私としても従兄妹として誇りに思う。今後も励むがよい。」

「ありがとうございます。」

 テラスティーネはカミュスヤーナの言葉に嬉しそうにほほ笑んだ。


 カミュスヤーナはその笑みを見て、動きを止めたが、軽く頭を振った後、言葉を発した。

「今回はそなたの婚約の件で話があるのだ。」


 ぴくっとテラスティーネの身体が跳ねる。その様子をカミュスヤーナはじっと見つめている。

「婚約ですか?」

「そなたの両親も私の養父母も亡くなってしまったので、現在は私がそなたの保護者代わりだ。そなたの優秀さと魔力量の豊富さから婚約の申し出が相次いでいる。実際の婚姻はそなたが16になってからだが、早めに婚約を結んでしまった方が、そなたにとっても良いであろうと判断した。」

 カミュスヤーナの言葉にテラスティーネは浮かない顔をする。


「はぁ。。」

「気が進まないか?」

「できれば、私他領に出たくはないのです。」

「なぜ?」

「カミュスを含め、領主様ご夫妻にはよくしていただきました。私はエステンダッシュ領のために力を使いたいのです。」

「・・領主一族の人数も少ないので、そなたを他領に嫁入りさせるつもりはない。」

 カミュスヤーナは大きく息をついた。


「アルスカインと婚約するのはどうだ?」

 テラスティーネは身体をこわばらせ、涙で潤んだ瞳でカミュスヤーナを見る。カミュスヤーナはぎょっとしたように顔をこわばらせ慌てだした。

「どうした。泣くほど嫌だったのか。」

「いいえ、そうではなくて。カミュス。あなたの口から聞きたくなかったのです。」

「テラ。」

「私は幼いころの約束が叶うのをずっと待っていたのです。カミュス。あなたはお忘れになったのですか。」


 カミュスヤーナは椅子から立ち上がり、テラスティーネの元に歩み寄り、その前に片膝をつく。

「しかし、あの時は私が置かれた状況もわかっていなかった。私は養子だし、今領主でいるのも仮でしかない。アルスカインと一緒になる方がそなたにとって幸せだと思う。」

「私が幸せかどうかは、私が決めるのです。」

「テラ。どうか泣かないでくれないか。」


 カミュスヤーナは困ったようにテラスティーネの頭に手を当てて、髪に沿って撫でた。

 テラスティーネは涙をこらえるように口元を引き結びながら、カミュスヤーナの顔を見つめ、その目元に手を当てた。

「テラ?」

 カミュスヤーナはテラスティーネの手を外から押さえて呼びかけた。


「・・養父母様を失われた後に、まさか色を奪われるなんて、なぜ世界はカミュスに理不尽なことを押し付けるのでしょう。」

 テラスティーネはカミュスヤーナの首に手をまわし、自分の胸に彼の頭を引き寄せた。


 カミュスヤーナの身体が固まる。

 カミュスヤーナの首筋に温かい雫が流れ、頬には水色の髪が触れる。

「カミュスばかりつらい思いをしなくていいのです。私がお助けいたします。私がお慕いしているのはあなたです。カミュスヤーナ。」

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