第17話 夢現・薬

夢現ゆめうつつ


 私はうっすらと目を開けた。

 身体はだるいが、熱のせいだろう。自分の首筋に手を当ててみたが、思ったより熱くはない。

 頭のぼんやりとした痛みも取れているようだ。


 ノックの音がする。

「どうぞ。」

 扉の方に声をかけると、アンダンテが入ってきて、寝台の脇に跪いた。

「昨日はうなされていらっしゃいましたが、ご様子はいかがですか?」

「今日は問題ないわ。熱も下がったみたい。」

 アンダンテは私の額と首筋に手を当てる。


「本当ですね。カミュスヤーナ様にお願いしてよかったです。」

「え?カミュスヤーナ様がいらっしゃったの?」

 私が小首をかしげて尋ねると、アンダンテは少し慌てた様子で答えた。


「申し訳ございません。テラスティーネ様が昨夜あまりにうなされていらっしゃいましたので、カミュスヤーナ様に診察をお願いしたのです。薬を処方したと不寝番におっしゃられて帰られたので、その薬が効いたのですね。」

「私、寝ていて気づかなかったのね。でも、カミュスヤーナ様もお忙しいのだから、あまり無理を申してはいけませんよ。」

「テラスティーネ様のことが心配で。。本当に申し訳ございませんでした。」

「後ほど、お礼に伺わなくてはなりませんね。」


 カミュスヤーナ様は領内で流行っている疫病で、養父母である領主夫妻を亡くし、急遽領主の座を引き継がれた。疫病に罹らないよう外出するのは控えていたが、まさか私が疫病に罹るとは。。カミュスヤーナ様のお手を煩わせてしまい、申し訳ない思いだ。


「朝食をお持ちします。カミュスヤーナ様からは体調が回復するまでは、無理に動かないようにとお話しがありましたので。」

「そう・・。」

 アンダンテが一礼して、朝食の準備のために部屋を出て行った。


 昨夜・・カミュスヤーナ様の顔を間近で見たような気もする。夢でも見たのかしら。

 私は無意識に唇に触れながら、考えに耽った。


【薬】


 机に向かっている主の顔を見て、私は顔をゆがめた。

 主の顔色が恐ろしく悪い。

 主は私が顔をゆがめたのを見て、苦笑する。

「何か言いたそうだな。フォルネス。」

「昨夜はまたろくに寝ていないのではないですか?」

「しかたがない。昨夜はこれを作っていたのだ。」

 主は机の上にあった紙と緑色の液体の入った小瓶を指した。小瓶は3つ。


「とうとう薬ができたのですか。」

「そうだ。これがそのレシピだ。手に入りやすいもので作っているので、領内の薬師でも作れると思う。」

「テラスティーネ様に処方されたものと同じものですか?」


「・・テラスティーネに処方したものとは少し変わっている。その時に処方したものは、素材に希少なものを使ってしまったので、そのままでは一般の薬師では作成できない。だから、素材を変えて作り直した。他の疫病患者に処方してみてほしい。効果は同じなので、問題ないだろうとは思うが念のために。改善することの確認が取れたら、レシピを薬師に渡してくれ。」


「かしこまりました。」

「あと、その薬は予防薬にもなる。私が服用したところ問題はなかったので、アルスカインとそなたは前もって飲んでおいてくれ。ただ、申し訳ないが、私はこの疫病にはかかりにくい体質のようなので、症状が改善するかの確証は得られなかった。」

「いえ、十分でございます。」

 私は、主に向かって一礼した。主の顔が安堵したようにほころぶ。


「では、カミュスヤーナ様。本日は特に急ぎのご予定はございませんので、お休みいただけますでしょうか?」

「え・・いや、他にもすることが。。」

 顔を上げた私の顔を見て、主の口元が引きつっている。

 私はとても社交的な笑みを浮かべて、主の顔を見つめる。主であれば、私の笑顔の後ろにある怒りが分かるはずだ。


「一日遅らせたところで問題ございません。摂政役の私が申しているのです。今日は一日お休みください。」

「いや・・しかし。」

「それ以上おっしゃるようでしたら、テラスティーネ様にお声がけいたしますが。」


 カミュスヤーナ様がお呼びなので、こちらに来て下さるようにと。私の言葉を聞いて、主の顔がひくりと動いた。やがて、あきらめたように息を吐くと、主は椅子から立ち上がった。


「ミシェルを呼んでくれ。」

「かしこまりました。」

 本当に主はテラスティーネ様に弱い。それをわかっていて私は彼女の名を出したのだから、まぁ、よいのだが。

 ミシェルとともに寝室に向かう主を一礼して見送った。

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