第13話 彼の告白
「テラスティーネ様。カミュスヤーナ様がいらしていますが。」
「今、まいります。」
私は鏡で自分の様子を見直しました。
あの頃はやせていた頬もふっくらとし、体形も年相応に戻っています。
9歳になった私は、少しはカミュスヤーナ様に並び立てるような容姿になれているのでしょうか。
カミュスヤーナ様をお迎えするために、部屋を出ます。
「カミュスヤーナ様は、本当に毎日のようにテラスティーネ様の様子を伺いにいらっしゃいますね。」
「ありがたいことです。」
侍女の言葉に、私は笑みを浮かべて答えます。
初めてお会いした時の私のやつれ具合が、カミュスヤーナ様の御心を痛めたそうで、私の様子を毎日のように見に来てくださり、そのまま食事やお茶をご一緒することが多いのです。もう、あれから3年もたっているのですから、その気遣いに恐れ多くなります。
院でのお勉強など、お忙しい身でございましょうに。
アルスカイン様は一つ違いということもあって、院でお話をする機会が多く、帰宅してからも顔を合わせることはありますが、カミュスヤーナ様ほど自宅で一緒にお時間を過ごすことはありません。
「テラスティーネ。」
部屋に入ってきた私を見て、カミュスヤーナ様のお顔がほころびました。
いつもじっと見つめてしまうほど、カミュスヤーナ様の顔(かんばせ)は美しいのです。ぶしつけかもしれませんが。
「ああ、今日も体調はいいようだね。」
カミュスヤーナ様は私より背が高いので、隣に立つと、私が仰ぎ見る形になってしまいます。
そのため、カミュスヤーナ様は私に話しかけるときは、私の首が疲れてしまわないよう、私の前に片膝をついてくださいます。
「あの・・。カミュスヤーナ様。毎日私の様子を見に来て下さるのは大変なのではないですか。私は大丈夫ですから、こんなに頻繁でなくてもいいのですよ。」
「私がテラスティーネに会いたいから来ているのだ。そんな気を使わなくていい。」
柔らかい笑みを浮かべられて、カミュスヤーナ様は私の頬を撫でました。
カミュスヤーナ様のお顔が近くて、私は撫でられている頬が赤くなるのを感じます。
「今日は草花の図鑑を持ってきた。時間があるときに読むといい。」
「いつもありがとうございます。」
私のところにいらっしゃる時には、花や本、お菓子などをお持ちくださいます。私はいつもいただく行為にどのようにお返しをすればいいのか・・困ってしまうのです。
「テラスティーネ。次の日曜日は空いているかい?」
「特に用事はございませんが。」
「この近くにフィラネモの丘があるのだ。今が見ごろだという。久しぶりに外に出ないか?」
「いいのですか?」
フィラネモは青い小花をたくさん咲かせる花で、春に丘全体を覆うように咲きます。遠くから見ると青一色の丘になっているのでしょう。
外にはほとんど出ずに過ごしていたので、見るのは初めてです。
「はい。嬉しいです。楽しみにしております。」
カミュスヤーナ様が優しいまなざしで私をご覧になりました。
その日は澄んだ青空でした。
フィラネモはそんな青空に負けじと咲き誇っていました。
フィラネモの丘の一角に大きな木がたっており、その木陰に身を置き、美しい丘を眺めます。
「あの、カミュスヤーナ様。」
「なんだ?」
「本日、アルスカイン様はご一緒されなかったのですね。」
「・・誘ってはみたのだが、二人の逢瀬を邪魔するつもりはないので、遠慮します。と断られた。」
「二人の逢瀬ですか・・?」
カミュスヤーナ様は私に見つめられているのに気づくと、わずかに顔を赤くして視線をそらしてしまわれました。
「アルスカインは聡くてな。」
カミュスヤーナ様は私の水色の髪を優しくなでてくださった後、大きく息を吐いて、私を見つめました。
「テラスティーネ。話がある。」
「はい、なんでしょう?」
私は小首をかしげて、カミュスヤーナ様のお言葉を待ちます。
カミュスヤーナ様は言葉を続けることをためらわれているようでした。自分のこめかみに手を当て、うーんと唸っています。
ようやく決心したように私を見つめられます。その視線の強さに私の鼓動も高まるのを感じました。
「私は、テラスティーネ、君が好きだ。」
「!」
私を見つめるカミュスヤーナ様のお顔が赤くなり、私の顔も合わせて赤く熱を持つのを感じました。のどの渇きを覚えます。
「ずっと私のそばにいてくれないだろうか。君のことは私が幸せにする。」
「・・・はい。喜んで。」
カミュスヤーナ様は私の言葉にそれは幸せそうに笑って、私の背中に手をまわし、自分の胸元に身体を引き寄せられました。
カミュスヤーナ様の早い鼓動を感じます。きっと私の鼓動も同様に早くなっていることでしょう。
「テラスティーネ。」
カミュスヤーナ様のかすれた声が、私の耳元で響きました。
「はい。」
「そなたに口づけてもいいだろうか?」
「・・・はい。」
恥ずかしくてカミュスヤーナ様の顔が見られません。
目を伏せていると、カミュスヤーナ様の身体がわずかに離れ、私の頬から頤に沿って、彼の手が当てられました。頤を上に向けられてしまい、私はカミュスヤーナ様と目を合わさざるを得なくなりました。
目尻に赤みが差し、赤い瞳には強い光が宿っています。
なんて、きれい。
赤い瞳に視線が吸い寄せられ、緊張から私は身体をこわばらせました。
近づく目が軽く伏せられました。長いまつ毛。鼻先が触れ合うほどに近づいて、私は唇にかさついた柔らかい感触を感じたのです。
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