第2話 第一夜の2

「何も覚えていないだと?」

 私の話を聞いた彼は、そうつぶやいて、大きく息を吐いた。こめかみに指先を当て、うなった後、私を見やった。


「君の名前はテラスティーネ。普段はテラと呼ばれている。確か、齢は15だったか。今の君はどう見ても3歳くらいだが。」

「テラスティーネ。」

 まったく聞き覚えがない。

「ここはどこですか?そしてあなたは誰?」

「ここは私の夢の中。私はカミュスだ。」


 彼が手を払うと、何もなかった空間に大きな姿見が現れた。

 姿見にはカミュスと、水色の髪を足首くらいまで長く伸ばした3歳くらいの幼女が写っていた。

「これが私・・。」

 姿見の前に進むと、自分の顔をしげしげと眺めてみる。

 白い肌に青い大きな瞳。長いまつ毛。お人形さんみたい。血色が悪いせいかより人形めいて見える。


 横に立ったカミュスを振り仰ぐ。

「あなたはその状態で目が見えるの?」

 ああ、と答え、カミュスは口の端をあげた。

「ここは夢だから、これは必要なかったな。」

 カミュスは両目を覆っていた布を外した。布を外すときに両目を片手で覆い、ゆっくりとその片手も外す。閉じられた両目が開かれると、赤い虹彩がこちらに向けられた。


 彼は赤い瞳を凝らすように細めた。

「君は身体を奪われたのか?それは実体ではないようだ。」

「は?」


 カミュスはかがんで、私の頬に手を伸ばす。近づけられた手は私の頬に触れそうになって、そのまますり抜けた。

 カミュスの顔が不服そうにゆがむ。私はその様子を見て、首を傾げる。

 私は先ほど自分の頬に触れている。そのふっくらした様子も手に感じた。

 自分では触れるのに、他の人には触れないらしい。


「せっかくやわらかそうな頬なのに。」

 ボソッとカミュスは呟くと、仕方ないとばかりに私の前に片足をつき、私の頬に手をかざした。

 うっすら掌が光って、かざされた頬が温かく感じる。

 掌の光が消えると、カミュスはそのまま私の頬をつまんだ。


「いひゃい。」

「やはりやわらかい。つかみごこちがいい。」

 手はすり抜けず、私の頬をぐにぐにとつまんでいる。私の目尻にうっすらと涙がにじんできたのを見て、カミュスは手を離した。

「なかなかない手触りに夢中になってしまった。すまぬ。」

 カミュスはにやりと笑んで、先ほどまでつまんでいた頬にそっと口づけた。

 柔らかい感触がじんじんとした肌にあたる。


「!」

 カミュスの顔が離れたので、私は頬を抑えて、彼から距離をとる。

 口づけされた?なんで?


 口をハクハクさせていると、カミュスは頬をつまんでいた方の手をひらひらとふる。

「身体とともに魔力も奪われたようだな。だから身体が小さくなっているのだろう。」

 いくら私の夢の中とはいえ、身体を元に戻すことはできぬようだ。とカミュスは言う。


「目を離したすきにこれだから・・。まったく厄介だ。」

 カミュスは手を払って、ソファーとテーブル、その上に紅茶とお菓子を出現させる。

「話も長くなりそうだし、そこに腰を下ろせ。」

 顔が赤くなっている私を無視し、カミュスはソファーを視線で指し示した。

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