第16話 思っていた以上に懐かれていた
その日の夜、『GFN』のイベントクエストをやろうとアプリを開くとメッセージが入っていた。ブルーム──藤塚からだ。急いでタップしてトーク画面を開く。
ブルーム:さっそくだけど明日の放課後とかどうかな? 明日はフリーなんだ
早い返信に驚きつつも嬉しくて顔がにやける。明日の放課後、もちろん大丈夫だ、と返す。まさかこんなに早く二人で話せるなんて思ってなかった。嬉しい。
続けてつい、楽しみだ、と打ってしまい慌てて消した。ちょっと浮かれすぎだ。あまり好意をあからさまにしては気づかれてしまうかも知れない。
★
「内海くん、あのさ……ちょっと聞きたいことがあるんだけど。いいかな?」
絵画教室アトリエ兼カフェ『La toile』にはいった俺たちは窓際の席に案内され、向かい合って座った。腰掛けて開口一番、藤塚は目を少し泳がせながらそう尋ねてきた。
「ああ、俺も。藤塚に聞いてほしいことがあるんだ」
バイトが決まったんだってことと、そのバイト先がここのカフェだってこと。びっくりするかな。
あともし聞くタイミングがあったらあだ名のこと。あーでも……これは少し聞くのが怖いな。
「えっ! あ……そうなんだ。わかった。じゃあ、先に私からでもいいかな?」
「ああ、どうぞ」
急ぐ内容ではないので先を譲る。藤塚は頷き俺の目を真っ直ぐに見つめた。……かと思ったらさっと目線を逸らした。俯きがちになり前髪が綺麗な顔に影を落としている。
言いにくいことなのだろうか。
藤塚の頬は微かに赤く染まっているようだった。手を胸に当て、ふうと息を吐いてからおずおずと口を開いた。
「……単刀直入に聞くね? あのさ……美優と……いつのまに仲良くなったの?」
美優とは根室のことだ。
なるほど。
昨日の朝、今までほとんど接点がなく仲も良くない俺と根室がどうして会話をしていたのか疑問なんだろう。確かに珍しい組み合わせではあったと思う。
でも、別に仲良いってほどの関係ではない。
単なる依頼者と、依頼を実行し感謝されている者、ビジネス的な関係だ。ただし俺は根室に嘘をついていて、本当は感謝される資格なんてない。
簡単になら一応説明はできる。
とある人物の好きな人を根室のかわりに聞いてあげたから感謝されている、と言えばいい。でも根室の友達である藤塚は、とある人物=二階堂新太だとすぐに察するだろう。
新太は本当は藤塚が好きなのだ。でも根室は俺のせいで新太に好きな人はいない、と思っている。藤塚は根室と友達。これは所謂三角関係ってやつじゃないか。ややこしいことにはなってほしくない。
「……えっと、な、なんか成り行きで、なんとなく?」
とりあえず誤魔化すことにした。
俺の回答を聞いた藤塚は見るからに不満そうに腕を組んだ。眉間にしわがよってしまっている。
「なんとなく、って……何?」
なんで彼女はそんなに俺と根室が気になるのだろう、と考えて一つの結論に至る。
藤塚がソシャゲをしていることを、俺が根室に話していないか不安なんだ!
俺と根室と仲良くなったのは、自分の話題がきっかけなんじゃないかと気になったわけか。
なるほど。それなら納得だ。でも、ちょっとは信用したもらいたい。これでも口は硬い方だと自負している。
「安心してくれ。俺は根室にソシャゲのことは言っていない。本当だ」
しっかりと目を見て答える。
これで藤塚の顔も元に戻るだろうと踏んだが、さらに表情は険しくなった。なんで?
「なっ! ちょっと、違う! 内海くんのことを疑ってるんじゃないよ! 私、内海くんのこと信頼してるし。そうじゃなくって……」
必死さを感じる否定の後、藤塚は言葉を詰まらせて俯いた。
そして、絞り出すようにして、
「……うっちー」
と根室がつけたあだ名を口にした。
「え?」
なんでここで俺のあだ名がでてくるんだ? と不思議に思っていると、藤塚はキッと俺を睨んだ。
睨んだ顔も可愛いな、と口にしたら怒られそうな台詞が頭に浮かぶ。
「……うっちーとか、あだ名で呼ぶなんてずるいっ。私の方が! 美優よりずっと内海くんと仲良しなのにっ」
そう言うと藤塚はぷいっとそっぽを向いてしまった。耳が赤い。俺の顔もつられてかぁーっと熱くなる。
「そのあだ名は、根室が勝手に……」
「……でも内海くん、なんか嬉しそうだった」
俺の弁明に、藤塚はなお頬を膨らませ納得いかないという意思表示をしている。
「それは、髪型を褒められたからで……」
なんか、この会話……。そして藤塚のこの反応……。もしかしてだけど、焼きもちってやつじゃないか? まずい。自惚れてしまいそうになる。
「えっ、じゃあ今日髪が前よりモサモサしてないのって美優のアドバイスなの!?」
「う、うん」
榎本のアドバイスでもあるけど、きっかけは根室なので頷く。藤塚も皆と同様に俺の髪がモサモサしてる、って思ってたことに少しショックを受けた。
「何それ! 前髪だってちょっと切ったよね? それも?」
藤塚の声のボリュームが大きくなっていく。
「ああ、根室と……あと榎本が指摘してくれたんだ。だけど、前髪切ったのを気づいてくれたのは藤塚だけだよ」
ちょっとしか切らなかったけど。それでも俺の小さな変化に気付いてくれていたんだ、と嬉しくなった。
俺の言葉を聞いた藤塚は、口をぽかんと開けた後ふふん、と得意げになった。その頬は赤みを増しているようだった。
「……ま、まぁね! それくらい気づいて当然だよっ! 私の方が内海くんと仲良いから……そうだよね?」
最後のそうだよね? だけが少し自信なさげに聞こえた。
なんなんだよ、この藤塚の反応は!
正直、思っていた以上に俺は藤塚に懐かれていたみたいだ。友達として、だけど。
「そ、そうだよ。女子で一番仲良いのは藤塚だよ」
照れ臭いけど本当のことを伝える。二番、三番なんていないけど。
「そ、そうだよねぇ。……えへへ」
藤塚は、安心したらしく身を乗り出していた体を椅子に委ねた。
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