第12話 レベル上げ

 日曜日はあっという間に過ぎて、月曜日になった。休日は時間の流れが平日とは全然違う気がする。


 教室に入った俺は、どのタイミングで根室に新太のことを伝えようか悩んでいた。


 教室では既に藤塚と根室、その他女子がいつものように輪を作って楽しそうに談笑している。


 女子が固まっているところに声を掛けに行くのは結構勇気がいる。根室の方から声をかけてくれるのを待つ方がいいかもしれない。


 そう思い、俺は机の中を整理して授業の準備をする。一時間目は現代文なので教科書とノートを机に出しておく。ホームルーム開始まで時間があるのでスマホを取り出した時だった。


「うーつーみーくんっ! おはよっ」

「うぉっ」


 急に頭上から大きな声で挨拶をされ、肩がびくりと跳ね上がる。声の主は根室だった。完全に油断していたため、変な声が出てしまった。


「なにその声、うけるね」


 驚かせやがって、と心の中でつい悪態をついてしまう。声をかけてもらうのを待ってはいたが、もう少し静かにして欲しかった。


「ね、二階堂くんに聞いてくれた?」

「あー……」


 さっそく質問された。俺は何度も心の中で練習した言葉を口にする。


「聞いたよ。いないって」


 どうだ? かなり自然に言えたと思うんだが。根室の顔を伺う。


「ふーん……そっかぁ。いないんだ。……よかったぁ」


 様子を見る限り、信じてくれているようだった。髪をいじりながら体を少し揺らしている。声も顔も安堵しているような、柔らかい印象。


 ずきり、と良心が痛む。嘘をついてしまった。その嘘を、心から喜んでいる人間がいる。


 ごめん、と心の中で謝る。罪悪感が胸を満たすのを、新太との約束なんだ、と言い訳をすることでやり過ごす。


「聞いてくれて、ありがと! うっちー超いい奴じゃん。仕事早いし、髪型変えたらきっとモテるよ!」

「う、うっちー……?」


 突然の渾名らしきものに、困惑する。そんな俺をよそに、根室は無邪気に笑っている。


「内海くんって長いし、うっちーでよくない? なんかゆるキャラっぽくて可愛いし。じゃね!」


 そう言い放ち、根室は藤塚たちのグループへと戻っていった。


 感謝されてしまい、ますます罪悪感が募る。


 でも、髪型変えたらモテるよ、ってどういうことだよ。今の髪型、そんな変かな? あと、うっちーって……。リア充というか陽キャの距離のつめ方すげぇ……。そう感心してしまう。


 なんだか、一瞬でどっと疲れてしまったけれど、とりあえずミッションコンプリートだ。


 罪の意識は見ないふりをして。





 昼休み。俺は榎本にバイトが決まったことを伝えた。


「おー、良かったな」


 という、シンプルな反応。実に榎本らしい。


「榎本は本屋とかでバイトする予定とかないの?」

「俺はないな。部活もあるし」

「あー、弓道部だよな。練習きつい?」

「……いや、割とゆるい。でも俺委員会もあるから」


 榎本は図書委員だ。部活に委員会と、俺なんかよりよっぽど忙しい。俺は部活にも入っていないし、委員会も選挙管理委員なので年に二回しか仕事がない。この時期はとくに暇だ。


 バイトすることにして正解だった。俺ももっと汗水をたらして青春するべきだな、と今まで何もしてなかったことを反省する。


「なぁ、ちょっと聞きたいんだけど、俺の髪型ってどう思う?」


 突拍子もない質問に、榎本がぽかんとしている。朝、根室に言われた言葉がずっと引っかかっていたのだ。


「……どうって言われても」

「客観的に見て変かな? 変じゃなくても、気になる点とか、何でもいい。正直に言ってくれ」


 榎本は拳を口元にあてて、考え込んでしまった。


 あれ? この沈黙はやっぱり変なのかな? と不安になっていると、目の前の無表情な友人は思いついたように口を開いた。


「量が多くてモサモサしてる。あと前髪が長い」


 さらりとした返答は思いの外鋭く、俺の胸に突き刺さった。漫画だったらガーン、って効果音がついていただろう。


 たしかに俺は髪の毛の量が多い。今は梅雨だし、湿気が多くモサモサしている自覚はある。美容院にもしばらくというか、長いこと行っていない。


 正直、美容院が苦手なのだ。陰キャあるあるだと思うが、会話が続かない。上手く受け答えできなくて気まずい空気になるのが耐えられないからだ。


 それと前髪は長い方が落ち着くのと、昔姉に切られて超短いパッツン(金太郎みたいだった)にされたトラウマがあるから、つい少し長めにしてしまう。


 でも、そうか。客観的に見て俺の髪型は改善の余地があるのか。気づけて良かった。


 俺は榎本の肩をガシッとつかんだ。


「ありがとう。はっきり言ってくれて」

「ん……おう」


 榎本は俺の真剣な眼差しに少し面食らったようだが、またすぐに手元の本に目を移した。


 さて、俺もスマホで『GFN』を起動させつつ、考える。まずバイトで、精神とか、接客スキルを磨きつつ、お金を稼ぐ大変さを身を持って学ぶ。


 次にその金の使い道だ。


 前だったら、ソシャゲの課金とか、新しいゲームに使っていただろうけど、俺は自分磨きに使いたいと思った。


 俺は今までの人生で、自分の見た目を、あまり気にしないようにしてきた。


 キモイとか、ブサイクとかそういった言葉を直接言われたことはないけど、カッコイイとかイケメンと言われたこともなかった。


 平々凡々、地味な男。それが今までの俺。


 でも、少しでも外見を良くできたら自信がもてる気がする。髪型なら割とすぐに変えられるし。


 レベルを上げるんだ。


 星1のキャラだって、レベルを上げれば星5には届かなくても、星3とか星4に匹敵するくらい強くなれる場合がある。


 それを証明してみたいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る