第13話 デバフ
藤塚は学校では一切ソシャゲをやらない。彼女はそれを徹底している。
休み時間は必ずといっていいほど誰かしらに囲まれているし、そんな暇はないのだろう。
でも俺に秘密にしてほしい、と頼むくらいだし、仲の良い根室とか他の女子にもソシャゲユーザーだということは知られていないと思う。
だからこその課金なんだろう。
ホームルーム前や休み時間に、ちょこちょこイベントをこなせる俺と違って、藤塚は学校以外の時間で追い上げをする必要がある。といってもゲーム内の体力はすぐに回復しない。
課金すればすぐMAXにできるが。
藤塚は撮影やレッスンで多忙の身だと聞く。他のユーザーに追いつくためにも、ゲームを楽しむのにも課金するのが手っ取り早いんだろう。
でも、どうしてソシャゲに──特に『GFN』にはまっているのか。その理由が、正直なところかなり気になる。いつか教えてくれるのだろうか。
帰りのホームルームが終わり、放課後になった。
「ね、これからみんなでカラオケ行こうよ!」
根室の掛け声に、周りの女子のいいね! 歌うぞー、とはしゃぎだした。
きゃっきゃと騒いでいる女子の集まりに、明るい髪色のお調子もの男子、
「咲良も行くよね?」
根室の問いかけが耳に入る。藤塚も当然、カラオケで盛り上がってる集団の中にいた。横目でちらりと見やる。
「……ごめん。行けないや。今日はジムに行かなきゃなんだ。みんなで楽しんできてよ」
「えー、残念」
「ジムとか意識高ー」
藤塚の行けないという回答に、テンションが下がった根室達に反して、俺はホッとしてしまった。
嫌だった。
藤塚が他の男子とカラオケに行くことが、不快だった。たとえ他の女子が一緒でも。
彼氏でもないのに、そんな風に思ってしまうなんて。
「せっかく誘ってくれたのにごめんね。じゃ、また明日」
藤塚は根室達に申し訳なさそうに手を合わせて謝ってから教室をパタパタと出て行った。
俺も帰ることにする。榎本はホームルームが終わってすぐに、部活に行ってしまったし。
廊下側の席はドアが近い。昼休み、購買にダッシュするにはもってこいの席だ。まぁ、俺は基本弁当なのであまりこの席の利便性を有効活用できていないのだが。
開いたままになっているドアを通る、その時だった。
「うっちー、ばいばい」
背後から、根室の声がした。ちらりと振り返ると、こちらに向かって笑顔で手を振っているのが見えた。
「……おう」
とりあえず手をあげて答えておく。そして、ダッシュした。なんだか、無性に照れくさかった。
走っているうちに頭の中が根室への申し訳ないという気持ちで埋め尽くされていく。謝罪の言葉がどんどん湧いてくる。
根室美優は派手で声が大きくて、態度が大きくテンションも高くて、名前も間違えるし、なんとなく苦手な存在だった。
だから、嘘をついてもそこまで良心は傷まないと思った。
でも、違った。
根室は俺の嘘を信じ込んでいる。俺のことを、頼み事を聞いてくれた親切なクラスメイトだと思い込んでいる。だからこそ、あの好意的な態度。そして振る舞い。
根室美優は、恋をしている。
その恋心を、俺は踏み躙っている。
新太に誰にも言わないと約束したから不可抗力とはいえ、他人の真剣な気持ちを弄んでいるのだ。
最低だ。俺。
★
重い足を引き摺るようにして、やっとのことで家に帰り自室のベッドに倒れ込む。もうこのまま寝てしまいたい。罪悪感はまるでデバフだ。心を蝕んでいく。
まぶたを閉じた瞬間に、スマホが振動した。電話だ。
画面を見ると、姉と表示されていた。出たくない、だけど出ないと着信音は止まない。切ったところでまたすぐかかってくるだろう。
応答ボタンを渋々押す。
「あー、やっと出た。おっひさー! 晃ちゃん、もう家に着いた頃かなーって思って電話しちゃった! お姉ちゃんがいなくて寂しくない?」
ハツラツとした陽気な声。三歳年上の姉、
「なんか用?」
さっさと用件を終わらせて寝たい。長電話に付き合わされるのはごめんだった。姉は俺と違って電話好きなのだ。
俺と姉はちっとも似ていない。
姉は明るく人付き合いがうまくて愛嬌がある。髪質も俺と違ってサラサラだし、人目を引く。クラスメイトにお前の姉ちゃん美人だな、と言われたこともある。
一言で言うと、姉はモテる。その上、美術的センスが高く成績も良い。
「えー、つれなーい。二人だけの姉弟なのに。あっ、ノアのお世話、ちゃんとしてる?」
「してるよ」
ノアこと猫のノアールはちょうど俺の部屋にいる。帰ってすぐ餌と水の減りを確認し、ちゃんと食べていた。今だって足元で構ってくれと甘えている。
「晃ちゃん、バイトはじめるんだってね。聞いたよ〜。初給料でたら、お姉ちゃんになんかご馳走してねっ」
「なんで知ってんだよ。てか、もう使い道決めてるし」
くそ。バイトのこと、母さんが言ったに違いない。
「へー何に使うの?」
「なんでもいいだろ」
「あやしー」
この姉は妙に察しがいい。それに言葉巧みに相手から情報を聞き出す。誘導がうまいのだ。いろいろ根掘り葉掘り聞かれるのは避けたい。これ以上の会話は危険な気がした。
「もう切るから」
「あー待って待って。……ねぇ、晃太。あんたなんか元気ないけど、大丈夫なの? 悩み、あるんじゃないの」
「……」
姉が俺を晃ちゃんではなく、晃太と呼ぶ時は真剣モードの時だ。本当に察しがいい。怖いくらいだ。第六感的な力でもあるんじゃないだろうか。
「その無言は肯定として受け取るわよ。お姉ちゃんに話してみなさい」
真剣モードの姉は俺を茶化したりしない。本気で心配している時だ。それは昔からずっと変わらない。
現に、根室と新太のことで結構悩んでいる。ここは先人の知恵を借りるべきか。
「……クラスの女子に頼まれて、モテる俺の友達に、好きな人がいるかいないか聞いたんだ。そしたら誰にも口外しないなら、教えるって言われて」
「それで、教えてもらったのね」
「ああ、答えはいる、だった。でも、頼んできた相手には嘘をついて、いないって答えたんだ」
「そう」
「そしたら、その女子すごく喜んで……」
スマホを持つ手が少し震える。電話越しの姉は冷静だ。なるほど、と小さく呟かれた。
「罪悪感に押しつぶされそうなのね。でも、仕方ないんじゃない? 友達との約束は破れない。そうでしょう?」
「……でも」
「あんたねぇ、もっと器用になりなさい」
幼い子供を嗜めるような、そんな声だった。
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