第11話 第一歩

 土曜日。特段予定がなく暇な俺は昼近くに起きて朝ご飯兼昼ご飯(藤塚だったらおしゃれにブランチと言うんだろうか)を適当に食べた。


 ノアールにも餌をやる。ノアールはいつも母さんが朝ご飯をあげているから規則正しい昼ごはんだ。


 母さんは買い物に出かけていると書き置きがありいなかった。ノアールがソファーに座っていた俺の膝の上に乗っかってきたので撫でながらソシャゲをする。


 今回の『GFN』のイベントはそんなに走る予定ではないので、のんびりまったりプレイだ。


 クエスト周回はスマホをタップするだけなので、良く言えば楽チン、悪く言えば退屈。もうすでに俺の中の最強パーティと攻撃方法はルーティン化されているからだ。


 ブルームこと藤塚は、今回のイベントのランキング上位にいた。


 いくら課金してんだろうなーとぼんやりと思う。10連ガチャだと星4が1枚確定だから、基本みんな10連ガチャをする。最低保証がある分、単発で引くより損をしにくい。その10連がだいたい2,500円でできる。


 有償召喚石は、沢山買えば買うほどオマケがつくように設定されているからまとめ買いしたほうがお得だ。でもその分一度に大金が必要になるわけで……。


 まぁガチャだけでなく、体力の回復とか、パーティーが全滅した時の復活にも召喚石を使うし、それを考えたら何円使っているのか想像がつかない。


 お金のことはデリケートな話題なので本人にはしたくないしな。


 俺もバイトをしよう、と決めたもののバイト先の目星すらつけられていない。それに昨日の根室と新太のことを思い出すと、そっちの方が重大でいてもたってもいられなくなる。二人とも本気で恋をしているとは思わなかった。


 ふいに、ノアールが俺の膝から降りた。そして俺をちらりと振り返ると、リビングから出て行った。その姿を見ながら、なんとなく外に出てみようかな、と思った。


 昨日は曇りだったが、今日は雨だ。幸い小雨なので、カッパとか長靴みたいな重装備の必要はなさそうだ。傘を掴み、外に出る。


 行先は特に決めずに、ただ歩く。歩きながら考える。


 根室には、聞いたけどいないってさ、と言えばいい。さらりと自然に。


 でも、嘘だってバレたらどうしよう。


 いや、根室は新太に本気で惚れてる感じだし、望んだ通りの回答を聞かされて喜ぶだろう。きっと浮かれて俺の演技には気づかないはず。大丈夫だろう。


 考えごとをしながら、水たまりは跨いだり横に動いたりして避ける。スニーカーに水が染みて靴下が濡れるのは気持ち悪いから。


 根室より、新太のほうが厄介だ。


 聞いてしまった以上、俺は藤塚と顔を合わせるたびに新太の顔を思い出すだろう。勿論、俺と藤塚の関係は知られたら困るから絶対秘密だし、協力だってできない。したくない。


 俺も藤塚を恋愛的な意味で好きだからだ。


 じゃあ、俺は藤塚とどうなりたいんだろうな。


 付き合いたい、のかな。身の程知らずだとしても、相手が高嶺の花だとしても。叶うのなら、両思いになりたいんだろうか。


 それとも、友達ってだけで満足できるんだろうか。


 頭の中が、自分への疑問でいっぱいになる。


 わっかんねぇよ。


 そう、吐き捨てる。


 初めて人を好きになった。だからまだ全然気持ちの整理がつかない。


 闇雲に歩いていたつもりだったが、ふと周りを見回すとアトリエ兼カフェ『La toile』のすぐ近くだった。


 引き寄せられるように店の前へと歩いていく。藤塚に言っていないが、俺はここで昔、絵を習っていたことがある。だいぶ昔、小学生の頃だ。その頃はまだ絵画教室とアトリエだけで、カフェはなかった。


 懐かしい思い出の場所。そして今となっては、藤塚との逢瀬の場所だ。


 俺はせっかくだし、コーヒーでも飲んで休んで帰ろうと傘をたたみ、傘立てに立てる。ふと、入り口の貼り紙が目にはいった。


『カフェアルバイト募集 高校生、大学生等学生さん歓迎です』


 俺は貼り紙の内容をよくよく見る。接客。時間、シフトは要相談。土日のみでもOK、とのこと。時給も悪くない。


 ここ、いいんじゃないか?


 俺は急いで店員さんに、外の貼り紙のことなんですけど、と声をかける。


 幸運なことにとんとん拍子で俺のバイト先が決まった。


 店長は俺の顔見知りだった。元絵画教室の先生。すっかり好好爺という言葉が似合うおじいさんになっていたけど、優しげな印象はそのままだった。


 学生なので土日メインで、さっそく7月から働くことに決まった。帰り際、


「もう、絵は描いてないのかな?」


 と聞かれて、はい、と答える。小学生の頃、姉が習っていた影響で通っていたけど、俺には才能がなかった。姉は才能があって、今は現役美大生だ。


「描きたくなったら、バイト終わりにここで描いていいからね。私は、君の絵、特にくじらの絵が好きだったよ」


 そう微笑まれ、なんだか胸が熱くなった。くじらの絵は、俺がここをやめる前に最後に描いた絵だ。


 覚えていてくれたことが単純に嬉しい。それにあの絵は、俺にとっても一番上手く描けた絵だった。


「ありがとうございます。俺、精一杯、働きます。これからよろしくお願いします!」


 そう、頭を下げ、店を後にする。雨は上がっていた。幸先が良さそうだ。


 いい職場に巡り合えたことに感謝。精一杯働いて稼ぐぞ、と意気込む。


 俺はまだ藤塚とどうなりたいのかわからない。


 でも、俺が今よりもっと成長して、見た目だけでなく内面も格好良くなれたら、もっと自信が持てたら、はっきりするような気がする。


 そんな確信があった。


 まず、自分の力で稼ぐ、それが俺の第一歩だ。

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