第10話 イベント発生

 新太と駅前で別れた俺はとぼとぼと重い足取りで家への道を歩いていた。


 明日が土曜で良かった。


 根室に、新太に好きな人はいないと嘘をつく事になるから、シミュレーションしておく必要がある。俺はどうも考えていることが顔に出やすいみたいだから。


 信号待ちの際に、約束してたフレンド支援(体力回復)を忘れていた事に気づき、スマホを取り出して『GFN』を開いた。


 すると、新着メッセージ一件との表示が目に入った。まさか、と思いつつ指でタップする。


 ブルーム:撮影終わったよ☆今駅の近くにいるんだけど、ノアくんは何してるの?


 ノアくんというのは、ゲーム内の俺の愛称らしい。


 ゲーム内の名称を教えた後、藤塚はノアールくんって長いし呼びにくいし、内海くんっぽくないから、ノアくんって呼ぶね! と言い放ったのだ。ぽくない、ってどういう意味だろう。


 メッセージを見て、じんわりと胸が熱くなる。なんだか藤塚に無性に会いたいような、でも会いたくないような、複雑な気持ちになった。


 顔を上げ、辺りを見回す。新太の姿はもう見えない。彼は自転車だし漕ぐのも速いから、もうすでに駅から大分離れたところにいるだろう。


 そう思い、ささっとスマホを操作する。


 ノアール:俺も駅の近くにいる。銀行の前で信号待ちしてる。


 送ってしまった。抜けがけをするみたいな、少しの罪悪感。


 信号はとっくに青になったが、俺は立ったまま、藤塚の返事を待った。


 話したいな、と思う。声が聞きたい。他愛もないソシャゲの話でもして、藤塚の笑顔が見れたら、俺は十分すぎるくらい幸せだ。


 突然、スマホが震え電話が来たことを悟る。メッセージアプリの通話画面で、相手は藤塚咲良と表示されている。なんで電話? と思いつつも慌てて、応答ボタンを押す。


「もっ、もしもしっ内海です」

「あっもしもーし。藤塚です! メッセと支援ありがとね。あ、それでさ、ノアくん……じゃなかった、内海くん、まだ銀行の前にいる?」


 電話越しの藤塚の声。耳がくすぐったい。


 藤塚と電話するのは、これが初めてだった。すごい。めちゃくちゃドキドキする。でもどうして番号を知ってるんだと思い、そういえばメッセージアプリでクラス全員参加のグループを作ったことを思い出す。それで友達追加してくれていたのだと。俺の方は烏滸がましくてできていなかった。


「……いる、けど」

「よかった〜。私、今そっち向かってるからさ。そこ、動いちゃダメだからねっ! 銀行って赤茶色の建物であってる? コンビニの隣の」

「……うん」


 なんだか、鼻の奥がツンとする。


 今、自惚れかもしれないけど、俺と藤塚は同じ気持ちなんだって思うと胸がいっぱいになる。


「あ、まだ電話切らないでね! そのまま!」

「わかった」


 俺は歩行者の邪魔にならないよう、ガードレールに寄った。信号がまた赤になるのをぼんやり見ていると、


「内海くんっ! 横断歩道の方見て!」


 と指示された。目線をずらし、目の前の横断歩道を見る。


「あっ」


 横断歩道を挟んで藤塚が立っている。左手をぶんぶん振っているのが確かに見えた。スマホを耳に当てながら、俺はその姿を目に焼き付ける。


 藤塚の姿だけが、スポットライトを浴びているかのように、一際輝いて見えるのだ。


 車が通り過ぎるたびに、その姿が見えなくなってもどかしい。


「えへへ。内海くんみっけ」


 電話越しの、走ってきたのか少し呼吸の乱れた、嬉しそうな声に胸が締め付けられる。


「……」


 何か言おうと口を開いた時、信号が青に変わった。


 待っていた人たちが一斉に前へ進み始める。俺は完全に出遅れてしまった。目の前の彼女から、目が離せなかったから。


 小走りで子犬のように駆け寄ってくる藤塚に、俺の目は釘付けだった。


「すごい偶然っ! まさか内海くんも駅前にいるなんてね」

「そ、そうだな」


 改めて見つめ過ぎてしまったと思い、少し目線をずらす。藤塚は疲れたー、と伸びをした後歩き出したので、その後をついていく。


「急に電話しちゃって、びっくりした?」

「え、まぁ……ちょっと。初めてだったし」

「ごめんね。でも、ゲームのメッセだと、間に合わなかったらやだなーって思って。ほら、文章打つのも時間かかるでしょ? せっかく近くにいたのに、すれ違っちゃって、会えないのって寂しいじゃん」

「……ああ」


 嬉しい。自惚れでなく、藤塚も俺に会いたいって思ってくれていたと確信できて。


「内海くんは?」

「え?」


 突然聞き返され、何のことか困惑する。俺のほんの一歩先を歩いていた彼女が、振り返った。


「私と話せないと寂しい、って思ってくれてる?」


 藤塚の大きく澄んだ双眸に、吸い込まれそうになる。時が止まったみたいだ。


「そ、そんなの……」


 当たり前だ。


 本当は学校でだって、人目を気にしないで、話したい。


 どこまでならセーフなんだろう。


 うっかりと口を滑らせて、好意を示すような余計なことを言ったら、それって友達としてだよね? もしかして、好きとかじゃないよね? と疑われたりしないだろうか。


 怖い。俺って、こんなに女々しい奴だったのか。


 首筋を汗が伝う。道端で立ち止まっては迷惑だとわかっているけど、動けない。幸い、道幅が広いので邪魔にはなってない様子だが。


 俺はやっとのことで口を開く。


「……そりゃ、友達だし。話せるなら、話したい、よ」


 考え抜いて、絞り出した答え。それに対して彼女は、


「そっか。……うん、安心した!」


 そう言って、前を向き直った。髪が広がって、影を作り彼女の顔がよく見えなかったけど、きっとこの返答で正解だったはず。


 俺たちはこの後すぐ駅の改札で別れた。俺はもと来た道を戻る。


 偶然に会えるなんて、ちょっとした奇跡──イベントだと思う。でも、なんだったんだろう、あの間は。


 藤塚のそっか、の後、少しだが間があった。時間が経つにつれ気になってしまう。表情も見えなかったから余計に。


 会えて話せて嬉しいのに、なんだかひどく不安になってしまう。恋って、こんなに厄介なものなのか。


 藤塚に、みっけ、と言われた時に俺は見つかった、というより、捕まったと感じた。


 心を鷲掴みにされた。


 この恋に、俺はもう完全に囚われている気がする。

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