第9話 Now Loading

「え……っと」


 新太の申し出に対し、俺は言葉に詰まってしまった。新太の好きな人を知りたいのは根室であって、俺ではないし、そんなに知りたい訳じゃない。


 ……本当に?


 そう、頭の中で声がした。


 知りたいんじゃないのか? 知らない女子の名前を、いいやの名前を、新太が口にするのを期待していないか? そうして安心したいんじゃないのか? 


 なぁ、どうなんだ? 


 己の問いかけに、頭がぐらぐらする。車に酔った時みたいな気分だ。思考がまとまらない。


「なーんてなっ、急に変なこと聞くから揶揄って……「……教えてくれ」


 新太の言葉を遮って、俺はそう告げていた。ぐわんぐわんと定まらない思考とは裏腹に、口からは冷静な声が出た。そのことに自分自身驚いてしまう。


「誰にも言わない。クラスの、頼んできた女子には、いないって伝えるよ。……だから教えてくれないか?」


 そう言い切ると、俺は手と手を合わせ、ぎゅっと握った。ひどく緊張しているのが、手汗の量でわかる。


 新太は小さく深呼吸をしてから、口を開いた。


「……気になる、のは」


 ごくり、と唾を飲み込み、その先の言葉を待つ。


「藤塚、藤塚咲良だよ」


 新太の口にした名前を聞き、目を見開く。開いた口が塞がらない。心臓がどくんどくんと音を立てる。


 衝撃を受ける一方で、心のどこかで、やっぱりな、と思った。藤塚は綺麗で、すごく可愛い。それは多分、全校生徒ほぼ全員が思っていることだろう。


 新太も例外ではなかったということだ。


 聞かなきゃよかった、と思ってしまった。そのことを恥じる。それと同時に、何か言わなければとも思う。


 頼んで教えてもらったくせに、勝手にショックを受けて後悔するのはおかしいだろう。せっかく俺を信用して教えてくれた新太に対して失礼だ、と言い聞かせる。


「へ、へぇ……新太が、藤塚を……ね」


 やっとのことで絞り出した言葉はよれよれで、我ながら情けなさすぎて涙が出てきそうだ。俺は震える手を誤魔化そうと、ジュースに手を伸ばし掴んだ。


 しかし、飲む気になれない。


「なんっつーか、こう、藤塚はさ。他の女子とは全然違うんだよな。歩く姿も絵になるっていうか。堂々としてて、かっけーんだよ。……うわ、こんなこと初めて言ったから、くそ照れる」


 話す新太の顔が赤い。その顔を隠すように、両手で目を覆った。こんな姿、付き合いは長いが初めて見た。


 本気なんだな、と思い、俺は体温がすーっと急速に下がっていくような感覚を覚える。


 藤塚と自分が釣り合うなんて、思ってない。おこがましいことこの上ない。そんなの、わかりきっていた。


 だけど、身近にこんな強敵がいたなんて。


 流石に無理ゲーだ。


 藤塚は今は誰とも付き合っていない、というのは噂で知っていた。でも、いずれ誰かと恋に落ち、付き合うだろう。その相手が自分のよく知る人物なのは、結構、いやかなりキツイ。


 藤塚と同じモデルとか俳優とかアイドルとか、そういった芸能人みたいな雲の上の人だったら諦めがつくのに。


 ああ、でも新太はいずれプロ野球選手になるんだろうから、やっぱり二人はお似合いじゃないか、と思い直しさらに落ち込んでしまう。


 ふと、今このタイミングで自分も藤塚が好きだと打ち明けてみるか? といった考えが一瞬頭をよぎった。


 というのも今されて一番困るのは、新太に藤塚との恋を協力してくれ、とか仲をとりもって欲しい、といったお願いをされることだからだ。


 俺も同じく好意を抱いていると知れば新太は身を引いてくれるかもしれない……いや、駄目だろ。俺はぶんぶん頭を横に振る。


 藤塚と俺は友達。だから、今日だってメッセージを送ることができた。返事がもらえた。この繋がりがなくなったら、俺には本当に何にもなくなってしまう。


 冷静になれ。藤塚が好き、なんて言葉は俺にとって禁句なんだから。


 協力を依頼されたとて断る理由は他にいくらでもある。俺は藤塚となんの関わりもない、仲良くないから無理だ、恋愛に疎い俺では役に立たない、あたりが妥当だろう。きっと納得してくれる。


「なぁ、晃太」


 きた、と思いぐっと目を瞑り身構える。


「聞いてくれて、ありがとうな」

「……う、ん?」


 拍子抜けしてしまい間抜けな声がでてしまった。恥ずかしい。


 新太はジュースをごくりと飲み干すと、ポツリポツリと語り始めた。


「俺、今部活一筋で、周りの奴らもみんなそうで。なんていうか、恋愛なんかにうつつを抜かしている場合じゃねー、本気で甲子園目指すぞって環境にいんだよ」

「え、でも……新太ってすごいモテるだろ? 告白とかされてるんじゃ……」

「まぁ、なくはない……けど。でも、俺は野球に真剣でいたい。だからずっと断ってた。でも、つい最近になって、藤塚が気になるっつーか、目で追っちまうようになって」


 新太の頬がまた熱を持った。


「そう、か」

「誰にも相談できねーし。恥ずいし。それこそ、何浮かれてんだ、って感じだし。だから、晃太に話聞いてもらえて嬉しかった。ありがとな」


 そう言って、新太は目尻を細めた。


 ふと、似ていると思った。新太と藤塚が。


 昨日の、カフェでの藤塚の言葉と表情を思い出す。


 ほら、私こういうゲームの話、面と向かって誰かとするの、内海くんが初めてだからさ。


 あの時の藤塚も、今の新太と同じように柔らかく嬉しそうに笑ったんだ。


「……俺、絶対誰にも言わないから。約束する」


 心から、そう告げた。自分を守ることばかり考えていたことを恥じる。せっかく俺を信頼して話してくれたんだ。それなら誠意を持ってこたえなきゃだろう。


 俺の言葉に、新太はまたはにかむような笑顔を見せてくれた。

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